眩しい笑顔

6 【不機嫌王子】


 あっという間に放課後が来た。

 日中はどこか、不機嫌だった。「帰ろう」と迎えに来てくれたまでは良かったが、今は俺の腰辺りをにらみつけている。

 実は百合本の一件から、日中とどう向き合えばいいかわからなかった。だから、少し緊張している。

 そんな中で、不機嫌そうな日中を前にして、いきなり難易度がマックスまで上がった。何を話せばいいんだろう。会話の始め方がわからない。

 頭のなかでぐるぐる考えている間に、「それ、何?」と日中からたずねられた。

「えっ?」

 指し示された方を見れば、ブレザーのポケットからピンクのハンドタオルがはみ出ている。すっかり忘れていた。俺の鼻水付きハンドタオルだ。

「女物だよね?」

「ああ、これ、百合本から借りたんだ。ちょっと、俺が泣いちゃって」

 鼻水拭いたから返さなくていいって言われたけど。

「泣いた? 小花が?」

「う、うん」

 まずいことまで話してしまった。日中のことだから、絶対に心配するだろう。自分で言うのも恥ずかしいが、俺を大事に思ってくれているみたいだから。

 勢いよく、日中は俺の両肩を掴む。眉間にシワを寄せた日中を見たのは久しぶりだ。口も歪んでいて、怒っているに近い。

「何で、泣いたの? 百合本さんに何か言われた? 嫌なことされたの?」

「百合本は悪くない」首を横に振る。

「じゃあ、何で?」

「それは言えない」

 まだ、日中には黙っておきたかった。自分の気持ちがはっきりしてから、ちゃんと話したい。

 その選択が日中を苦しそうな顔にさせるなんて、思いもよらなかった。

「小花が僕に隠し事をするの、はじめてだ。結構、苦しい」

「ご、ごめん。でも、待っててほしいんだ。日中にも話せる時が来ると思うから」

 だから、今は許してほしい。その気持ちをこめて日中を見つめる。こんなに真剣に日中を見たことがなかったから、心臓がバクバクいっている。日中はどう思ってくれるだろう。

 やっぱり、「ダメ?」。

「ダメじゃない」

 日中の眉間が広がった。目が細められる。口の端っこも上がる。この笑顔に救われたように、肩から力が抜ける。日中が受け入れてくれて本当に良かった。

「小花が言うなら、待つよ」

「ありがとう、日中」

 何度感謝したって足りない気がする。いつだって、日中の優しさが俺を許してくれる。

「その時になったら、教えてね」

 頭を優しく撫でられた。ぬくもりに涙があふれてきた。百合本のハンドタオルを使おうとしたら、日中に奪われてしまった。

「あ、何で」

「もう、いらないでしょ。使うならこっち」

 日中の男物のハンドタオル。こんなのも用意しているなんて、さすがイケメン日中だ。俺は手を洗っても、普通に自然乾燥だけど。

 なぜか、百合本のハンドタオルは日中のブレザーのポケットにおさまった。

 俺は日中のハンドタオルで鼻水も拭いてしまう。また、やってしまった。

「あ、これ、汚いから返さない方がいい?」

「んー、返してほしいな」

「そうか」

 百合本には汚物扱いされたのに、日中はやっぱり優しいな。ちゃんと新しいのを買って、お返ししよう。

「じゃ、帰ろうか」

「うん」

 日中に促されて、ふたりそろって歩く。道のりは一緒なのに、いつもの帰り道と違った。日中の隣は、少しだけ緊張して、胸が苦しかった。
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