窓際は失恋の場所
11【3人で遊園地】
遊園地といえば、ジェットコースター、お化け屋敷、観覧車など。メリーゴーランドには家族連れがたくさんいた。通りには、カップルやおれたちみたいな友達同士の集まりも見えた。
遊園地の中心にあるジェットコースターは、大きく波打つように宙に道ができている。コースターがスピードを上げて駆け抜けていく音がおそろしい。
申し訳ないけど、おれは絶叫系が苦手だった。肝が浮くような感覚がすごく気持ち悪い。自分の意志と関係なく真上から一気に叩きつけられるのも嫌だ。好きな人には申し訳ないけど、どう見ても無理だった。
そんなことを知らない末久は指を差して「あれ乗ろう」と、言いやがった。永露も「そうだね」と、一緒についていこうとする。
いい機会だ。おれは遠慮させてもらって、ふたりだけでジェットコースターに乗ればいい。非日常体験で距離も近づくだろう。
そう考えて、口を開こうとしたけど、永露の表情を眺めていたら、「あれ?」と思った。
真顔でいつも通りなのに、色が薄い気がする。青ざめているというか。見方を変えると、永露の膝はがくがくしているようだし、手も震えている。もしかしたら、永露はおれと同じで絶叫系が苦手なのかもしれない。
それなのに、永露は末久に告げないでいる。末久はそんな永露の変化に気づかず、ジェットコースターの行列へと腕を引いている。
おい、永露。大人しくされるがまま行っちゃっていいのか。本当に乗ることになっていいのか。
このまま気づかないふりをしてもいいけど、同じく絶叫系がこわいおれには永露の恐怖がわかっていた。本当に世話の焼けるやつだ。
おれは永露の腕を掴んで、こっちに引いた。
「永露、無理すんなよ」
「む、無理なんて」
「絶叫系、苦手なんだろ? 顔青いし」
「そうなのか、永露?」
末久は永露の顔をのぞきこむ。それでも、表情の変化がわからないのか、首を傾げていた。至近距離に耐えきれないのか、永露は焦ったように素早く顔をそらした。
「ご、ごめん。苦手なんだ」
「なんだ、そっか。苦手なら無理すんなって。ほら、ベンチで休んでな」
「うん、そうする」
永露はホッとしたように肩の力を抜いた。おれは永露を守れたことに満足感に浸っていた。
さて、おれもベンチで休もうかなと思ったところで末久が肩を叩いてきた。なぜか、おれの肩を。
「よし、見原、行くぞ」
「は、はあ? ねえ、末久、おれも苦手なんだけど」
なぜか、おれに矛先が向く。
「大丈夫だろ、お前だし。ひとりでジェットコースターなんて淋しいじゃん」
「永露、助けて!」
「はいはい、大丈夫だから」
腕を引っぱって行列に並ばせようとするけど、結局、「冗談だって」と笑ってきやがった。末久はひとりジェットコースターへ向かっていく。
解放された永露とおれは、ふたりでベンチに腰かけた。微妙に空けたひとり分の距離が遠い。末久を乗せたコースターが抜けていくのを眺めながら、思いついたことを適当に並べた。
「いや、マジで嫌なら嫌だって言えよ」
「だけど、末久のあんなキラキラした目で腕を掴まれたら、なんか言えなくなった」
「こんなことで無理したっていいことないだろ」
末久を好きなくせに肝心なことがわかってない。末久にはちゃんと口で言わないと伝わらない。逆をかえせば、口で言えば、素直に伝わるってことだ。
「うん、そうだね」
「本当に、わかってんのか」
「見原、ありがとう」
恥ずかしげもなく永露は伝えてくる。おれは末久とは違うから、素直に受けとれずに「あー、はいはい」とバカにしたように返事する。
「見原って、すぐ照れるよね」
「は?」
「で、耳のところが赤くなってる」
永露の指摘で反射的に自分の耳に手を当てると、確かに熱い気がした。
「な?」
そう小さく問いかけて、永露は笑ってくる。末久に向けたのじゃなく、おれだけに向けた笑顔だ。
目を細めて、口の端を上げるだけでこんなに印象が変わるものなのか。眉間が開いて目尻が落ちるだけで、こんなに無邪気に見える。
炎天下だからとか、猛暑日を記録しているからとか、理由をいちいちつけるけど、この体の熱さはおかしかった。そわそわする。永露を見ていたいような、見ていたくないような複雑な心境だ。
「さあ、自分じゃ見えないしわからない」
目をそらすしかできないのが悔しい。汗ばんだ手を丸める。ジェットコースターがとっとと終わってほしい。末久に帰って来てもらって、こんな空気をぶっこわしてほしい。ぜんぶ他力本願だけど。
「そっか」
うなずいてもまだ、永露は笑っている。
「笑うなよ」
「や、笑っていないし」
「笑ってんだよ」
怒っているふりをして、どうにか気を紛らわしたかった。背の高い永露。おれみたいに行儀悪く背もたれに体を預けたりしない。育ちの良さが出ている。
見ないようにしているのに、右肩は気配を感じている。小さな息づかいまで、耳をそばだてている。
どうしたんだろう、おれは。
ジェットコースターから降りた末久は、すっきりした顔でおれたちの前に現れた。ベンチに座っていただけなのに、おれの方がよっぽど疲れている。
「お待たせ」
「そんなに待ってないよ」
ベンチから腰を上げた永露は、末久しか見ていない。おれに向けた笑顔は抜け落ちていて、真顔に戻っている。それもがんばって真顔にしているのだろう。口元は相変わらずふやけているし。
いつもの光景を横目にしているだけだ。それなのに、何でこんなに苦しいんだろう。ここにいたくないと思ってしまうんだろう。