窓際は失恋の場所

10【夏休み前】


 テストの結果は勉強のかいあって、点数も順位も上がっていた。まさに永露さまさまだった。

 放課後の図書室にて、おれは永露の前で両手を擦り合わせた。

「ありがとうな、永露」

 目をつむって、感謝の気持ちを手の摩擦にこめる。お参りのようなしぐさを続けていたら、永露はおれの手を払ってきた。よっぽど気にさわったらしい。

「人の視界の端っこで変なことしないでくれる?」

「あ、気づいた?」

 てっきり無視されると思っていたから、まともにリアクションをとってくるとは予想外だった。「気づくよ、ふつう」とため息を吐いてくる。

「せっかく末久が走るところだったのに」

「じゃあ、おれを気にせず、そっちを見ていろよ」

「そうだけど」

 いつもならさっさと窓の外に視線を戻すのに、今日の永露は目線を泳がせている。おれの顔をチラチラ見て、言うべきかを迷っているらしい。この感じからして、末久関連だとすぐ察しがついた。

 こっちからたずねるのも面倒で、カウンターに向かおうとしたら、肩に手を置かれた。

「あ、の」

「何だよ、永露」

「その」

「はっきりしろよ。おれだって忙しい」

 いつもの濱村さんと永露みたいな会話になっている。おれが永露みたいにため息を吐く立場なのは不思議だけど。

「あれは本気なのか気になって……」

「“あれ”?」

 “あれ”を記憶のなかから探る。“あれ”って何だ。永露が恥ずかしそうに視線を外すようなこと。

 ここまで考えて、ひとつだけ思い当たった。勉強会のとき、軽く話題に上がった“あれ”だ。

「もしかして、末久とのデート?」

「デートじゃない! “3人で”遊園地に行くって話」

 そんな食いぎみに否定しなくても。“3人で”と強調してきた。映画じゃなく、遊園地に行きたかったのか。

 デートを否定したくせにちょっと目を潤ませている永露は、かなり重症だと思った。自分で言って傷ついているんだろう。

 せっかく勇気を振り絞って聞いてきたんだし、意地悪はここまでにしておく。

「冗談だって、そんなに怒るなよ。末久の部活の日程しだいだな。たぶん夏休みに入ってからになると思う」

「な、なつやすみ」

 夏休みの響きが気に入ったらしく、永露は何度も呟く。遠い目をして、夏休みの幻想にでもとりつかれたらしい。永露の姿におれは微笑ましくなりながらひとつ気づいた。

「あ、永露、ともだち登録するからスマホ出して」

 スマホでやり取りするなら、ともだち登録したほうが楽だ。アプリの機能を使って、グループを作った方がいいだろう。

「何で?」

「何でじゃないだろ。グループ作るのに、お前だけ仲間はずれでもいいのか?」

「ああ、そっか」

 頭がいいはずなのに永露はたまに抜けている。末久しか見えないあまり、他に意識が向いていないのだろう。恋の視界の悪さを笑っている間に、永露ははっと口を開けた。

「ちょっと待て。見原は末久とは、すでに“ともだち”なの?」

「まあ、あいつから誘われたから」

「へえ」

 気にさわったのか、永露は一気に冷たい視線を浴びせてくる。おれ相手にいちいち嫉妬するなと言いたい。別にこっちが聞いたわけじゃないし、不可抗力だ。

「まだ、そんなにやりとりはしてない。よろしくって挨拶しただけ」

「ふーん」

 言い訳する必要もないのに、永露の冷たい態度がそうさせる。こじらせたら面倒だし、おれはどうやったら機嫌をとれるか、頭を働かせる。

「まあ、これからグループを作るんだし、いずれはふたりだけでメッセージのやりとりでもすればいいだろ」

「そ、んなこと」

 するつもりはないと言いたいのか。顔はにやけているし、たぶん、妄想はしていると思う。

 まあ、がんばれ。おれが肩を叩けば、「しないから!」と声を張り上げてきた。何も言うな、おれはわかっているから。

 それからしばらく言い訳していたけど、「スマホを貸せ」って言ったら大人しくスマホを取り出してきた。

 無事にともだち登録を済ませ、グループに入れてやると、永露はスマホを握りしめて固まった。

 画面をにらみつけながら、何にも言わなくなる。眉間にシワを寄せて難しい顔をしているけど、これは不機嫌ではなく、たぶん、嬉しさを噛み締めているんだろう。

 この頃、永露の考えていることがわかってきたような気がする。だから、どうってことはないけど。

 夏休みに入ってすぐ末久の部活と永露の都合と照らし合わせて、スケジュールが決まった。暇なおれとは違い、ふたりは部活やら何やらで忙しいらしい。

 『暇すぎ』とおれが送信すると、永露から『課題すれば』と突っこまれた。

 まあその通りだけど、『永露の教えてもらわないとできなそう』なんて甘えれば、『バカ』と怒りスタンプが返ってきた。そんなやりとりでいい暇潰しにはなった。

 遊園地当日。おれは朝からやっぱり行くのをやめようかと考えていた。永露と末久の邪魔をしたくない。だけど、遊園地で遊びたいのは嘘じゃない。

 ぐだぐだ悩んでいたら、通知音がぽろり。

『見原、逃げるな。絶対に来い』

 永露は何かを察知したのか、そんなメッセージを送ってきた。なぜおれの気持ちがわかるのか。むしろ「逃げろ」「来るな」と言っているような気にもなってくる。

 しかも、いつも永露の口調はやわらかめなのに、文面にすると強めだったりする。

『3人で、だから』

『わかったって』

 そこまで念押しされると、『行けなくなった』と言うことも許されず、従うしかなかった。

 遊園地の前にはすでに永露と末久が待っていた。

「見原、遅すぎ」

 永露がぶーぶー文句を言ってくる。

「つうか、お前らが早すぎだろ。まだ5分前」

「永露なんか、10分前に来た俺より早く来てたんだからな」

 末久にバラされ、永露は一気に顔を赤くした。さっきまで普通の顔をしていたんだから、夏の暑さだけではないだろう。

 それにしても、永露、張り切りすぎだろう。いくら末久と遊べるからって、早く来すぎだ。案外、30分前には来ていて、おれたちを待っていたんじゃないだろうか。

「いいから、行こうよ」

 永露は恥ずかしさを隠すように話をぶったぎった。仕切りだす。

「永露、よっぽど遊園地に行くのが楽しみだったんだな」

 末久は能天気に微笑んでいる。永露の気持ちにまったく気づく様子はない。

 おれは適当に笑いながら、ふたりの噛み合わない気持ちを前にして歯がゆかった。
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