甘くない話

【ふつうの雨】


黙って傘を広げると、人影がおれのとなりに降り立った。

「あー、何でおれがこんなことしなきゃなんねえんだ」

声を荒げたのは、我らが生徒会の会長。
髪の毛をかいて、いらだったふうにおれのとなりに立っている。切目を縁取るまつ毛は長くて、男としても悔しいほどに整っていた。

「仕方ないでしょう、会長。おれたちじゃんけんで負けちゃったんですから」

ついさっきの買い出しじゃんけんで負けてしまったおれたちは、生徒会のみんなから注文を受け、学園を出ることになった。

みんなからの注文には、ジュースの類いと、菓子やらつまめるものまで一通りあった。だから、学園の外に出て、買い出しをしなければならない。会長と一緒に。

「おい、書記。てめえ一人で行け」

「嫌です」

「一人でも大丈夫だろうが」

「おれたちは勝負に負けたんですよ。会長とあろうものが、逃げるんですか?」

少しずるかったかもしれない。この人、結構な負けず嫌いだから。逃げるという言葉が一番嫌いなのだ。
単純ともいう。
やっぱり、おれの言葉で火が点いたのか、会長は眉をひそめた。

「仕方ねえ。行くぞ」

と踏み出したはいいものの、おれの背では会長の頭まで傘を上げることは不可能だ。

「何してんだ?」

「あのー、持ってくれませんか?」

「何をだ?」

「これです」

傘を差し出すと、会長は舌打ちをかました。

「くそ」

「嫌ならいいです。会長が濡れるだけですからね」

おれだって嫌だったのだ。男と二人、相合傘なんて。会長が傘を持っていないから、仕方なく妥協したのだから。

「嫌だなんて言ってねえ。いいから貸せよ」

むりやり傘を奪われて手が痛む。会長の頭に手加減なんて言葉はないのだろう。

「早くしろよ」

痛んだおれを素通りしていく会長に怒りがわく。さっきまでぶつぶつ不満をこぼしていたのは、どこのどいつだよ。

「待ってください」

傘の下に逃げこむ。

「何か言うことはないんですか? 痛かったんですけど」

見上げると、会長の顔はしかめっ面だった。目線を雨にやり、さもうっとうしそうにしていたが、

「そんな、つもりじゃなかった」

まるで容疑者がよくする言い訳みたいだ。

「すまん」

あとには、雨のなかに消え入るような力のない声だった。
この人も謝れるのか、不思議と笑えてしまった。

「大丈夫ですから」

と返したときに、会長の唇がわずかに歪んだように見えた。

「見てんじゃねえよ」

「はいはい」

いつだって会長とはこんな調子。季節は梅雨に入っても、おれたちの関係は何にも変わらない。

〈おわり〉
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