ゆずりあい
1 【ゆずりあい】
おれには好きな子がいる。
黒髪でストレート。
スポーツは万能で陸上部に入っている。
完璧という奇跡に近い女子の怜奈ちゃん。
それに対して、おれは帰宅部で早々に帰る準備をする。
帰り道に陸上部の練習でも見ようかなと思いながら、もてないオーラを出して教室を後にした。
放課後の第二グラウンド。やっかいな男に出会った。
「また、来たな」
「う、うるさい」
「早く告っちゃえばいいのに」
「お、お前とは違う」
「せっかく順番をゆずってやってんのに」
こいつは陸上部である。
しかも、怜奈ちゃんを狙っているらしい。
身体も大きくてまあまあ顔も整っているのが憎らしいが、軽いのが運の尽き。
怜奈ちゃんは軽いのが嫌いだというのだ。
その辺りをつっついてやると、こいつはあからさまに顔をしかめた。
「でも、重いのもどうかと思うけど」
「お、おれは重くない」
「そうか? まあ、おれもまだあきらめてないし、告るなら今のうちだな」
いつものようににやにやと笑うでもなく、真面目な顔はムカつくほど男前だ。
しかし、同時に、軽い男が怜奈ちゃんを本気で想っているのかと感心する。
それならおれに勝ち目なんてない。
「順番はお前にゆずるよ、おれ、根性ないし。お前なら(外見は)お似合いだし。性格は軽いけど、それだけ本気なら」
「いや、おれは」
「遠慮するなよ、がんばれ!」
「何話してんだ?」
おれの声が大きかったのか、陸上部の部員が話に割りこむ。
立ち尽くすおれに、その部員は企むように目を細めた。
「あ、そういえば、知ってる? こいつさあ、いつも陸上部の練習を見にくる子が好きなんだって」
こいつに好きな子がいる。怜奈ちゃんではない。
それだけがおれの思考を止めたわけではなかった。
陸上部の練習を見にくる女子をほとんど見かけたことはない。
ましておれは毎日のようにこいつと話していて、周りに気を配る余裕もなかった。
「どういうことだ?」
真っ赤な顔に問い掛けると、力なく「うるせ」と言う。
「だから、ゆずるって言ったろ。怜奈ちゃんに言わないなら、おれがお前に言う」
「何を言うんだよ?」
申し訳ないが場違いな部員の声は無視して、おれは悲鳴を上げた。
おれが怜奈ちゃんに言いたいのは「好き」ということ。つまりは。
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