祈りと喧嘩
【祈りと喧嘩】R15
腐れ縁というやつは恐ろしいものだ。初等部から一緒のイノリという男がいる。
幼い頃は顔を合わせれば大喧嘩。手は出るわ、足は出るわ。俺もまだ若かったのだろう。
喧嘩が終わると、どちらも顔に青あざを作った。そのたびに互いの母親からこっぴどく叱られ、「兄弟みたいね」と言われたものだ。
中等部は勉強とスポーツとで競い合った。プラス女性経験もあったかもしれない。イノリはとりわけスポーツが得意だったが、勉強では俺のほうができていたと思う。
周囲の視線の奪い合いを重ねて、三年間を対決にそそいだ。
現在は高等部。エスカレーター式なのはわかってはいたが、いまだにイノリと顔を合わせる機会がある。
クラスは違うものの、俺は生徒会会長として、イノリは副会長として。
「会長、サインをくれよ」
「改善だ。この予算はもっと削減できるだろ。次」
イノリの横には補佐が並んでいて、次の書類を受け取った。会議の予定が頭に入りはじめても、イノリは机から去らなかった。
「話は終わったはずだが」
「終わってない。いつもならこれでサインをくれただろ。今日は変だよ、会長」
「わかっていたというわけか」
イノリの鈍い頭では気付かないと思っていた。生徒会室にて同性との性交渉も簡単に行う男だ。
俺が邪魔しても一向にことを終わらせようとはしなかった。ますます口を使い、男に嬌声を上げさせた。「こんなところで……やめろ」という発言に対し、口を離して「いいよ、燃えるし」とふざけたことをぬかしたのだ。
イノリは俺の机の上に男を寝かせた。シャツの前を広げると、へそから胸の間にかけて舌を這わせた。あとは中心を握り、達するまで離そうとはしなかった。
俺は記憶している、克明に。擦りつけ、同時に達したときのイノリの瞳。まだこれくらいでは逃がさない、というような野性じみた目だった。
補佐は消え、生徒会室にはすでに人の気配はなかった。立ち上がり、机の縁に手をやると、イノリは俺の後ろに立った。
「昨日のこと、思い出した?」
わざと触れないで、耳元で擦れた声を出す。
机の上に押しつけられた男は俺だ。ことが終わった後、「好きだ」と言われた。
「喧嘩すらできなくなった今が、苦しいんだけど」
とも言われた。額にはりついた前髪を払いながらイノリが言ったのだ。
高等部に上がってから喧嘩は格段に減った。それは競い合う楽しみがなくなったことと、イノリと離れることを望んだためだ。
いつしか俺は付き合う女性とイノリを比較するようになっていた。比較しようがないのに、あの喧嘩相手がとなりにいたらとふと思ったりした。もちろん、キスの相手としても。
今まさに想像と同じ状況にある。抵抗しようと手で邪魔をしたものの、逆に手首を掴み取られた。そのまま唇が勝手に触れて、離れていく。
「昨日のこと怒ってる?」
「もう終わったことだ。怒ってない」
「そう終わったことか。好きの答えは?」
「断固、拒否する」
「何でダメなんだ?」
「理由はいくらでもある。俺たちは兄弟みたいで、ライバルだっただろう」
「それは周りが決めただけだろ。俺はずっと好きで、悩んでた」
まっすぐな目は、少しも茶化していない。伝えたい真剣な気持ちが胸に届いてくる。だから困るのだ。こちらは自分の気持ちを閉ざそうとしているのに。
何を言えるでもなく押し黙っていると、静けさを埋めるようにイノリは話した。
「何かとあんたにつっかかってたのはこの気持ちがわからなくて、無性にイライラしてたからだ。どうしようもなくて。でも今はちゃんと、理解してるから」
最後に「付き合おう」と言った。「付き合いたい」という願いでもなく、「付き合え」との命令でもなかった。
俺次第だと言うように選択の余地を与えてくれた。そこまでしてもらったら、答えるしかないだろう。
「お前が嫌がるまで付き合ってやる」
「やる、ね。昨日はすごく乱れてくれたのに」
「ふざけるな、あれは生理的な現象というもので」
「へえ、胸まで感じてたのも生理的現象? 気持ち良かった?」
イノリとは久々に殴り合いの喧嘩ができそうだ。
〈おわり〉
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