窓際は失恋の場所

1 【窓際のイケメン】


 ある日の放課後。図書委員の作業中に、不思議なイケメンと出会った。出会ったといっても、おれが一方的に認識しただけだ。

 窓際の棚に腰をかけて、文庫本を手にしたイケメン。背は高いし、足も長い。顔も綺麗に整っていて、にきびや傷なんて1つもない。前髪を横に流しているのも、おしゃれに見える。

 窓から差す光や蛍光灯の下でも眩しく見えるのだから、相当なイケメンだと思う。

 「ちゃんと椅子に座って読めよ」と思いながらも、このイケメンは文庫本なんて読んでいなかった。

 手には文庫本があっても、窓の外を見つめている。まっすぐな目で何を見ているのだろう。不思議だった。

 ここから見下ろせるものといったら、男子陸上部の練習風景ぐらいだ。他に見るべきものはない。文庫本のページはめくられずにいた。

 ある時、イケメンは目を細めた。口元がゆるんで、ふっと小さく笑う。知り合いでもいるのだろうか。その知り合いでも見て、笑っているのかもしれない。

 それが少しの間だったら、おれだって気にもしない。イケメンは2時間以上、窓の外を眺めていた。あまりにも長い時間、同じ位置にいたことになる。

 下校時刻になると、長い足を床に降ろし、文庫本を元の場所に戻して、図書室から去っていった。

 おれはちょうど、そのイケメンがいた位置に立った。イケメンがしていたように窓の外を見下ろすと、男子陸上部が片付けをはじめているところだった。

 やっぱり、知り合いを眺めていたか、それか、よほど陸上が好きか。

 微笑んでいたのは、何でだろう。穏やかな目で誰かを追っていた気がするのは、おれの勘違いだったのだろうか。

 どちらにしても、こんなできごとは二度と起きるはずない。不思議なイケメンに会えるとは考えていなかった。

 結果的に予想は外れた。イケメンは翌日も現れ、定位置で文庫本を読む振りをしていた。長いまつ毛を少し伏せながら窓の外を見下ろしている。

 これだけイケメンなら校内でも目立つだろうし、おれの周りに聞けば、名前もわかるかもしれない。

 そこまで考えて、自分に突っ込みを入れる。名前を知ってどうするのか。話しかけて、「◯◯(イケメンの名前)が何を眺めているのか、気になって仕方ないんだ」とでも聞くつもりか。

 イケメン相手にあほくさい。そういうのはカワイイ女子相手にやればいい。

 おれはイケメンを眺めるのをやめて、カウンター前の椅子に落ち着いた。

 何も考えたくないときは、本の世界に入るのが1番いい。集中もできて、暇も潰せて一石二鳥だ。昨日の読みかけをしおりから読むことにした。

 誰からも邪魔されずに読んでいたところを、「あの」との声で物語から引っ張り出された。もうちょっとだったのに、空気を読んでくれよ、そんな思いだった。

 腹立ちながら顔を上げたとき、そんな気持ちは一瞬で消えた。こちらを見下ろしているのは、窓際のイケメンだった。まだ、帰ってはいなかったらしい。

 カウンター越しではあるが、きちんと対面したのは、はじめてだった。

 時計を見れば、すっかり下校時刻であり、おれには時間が過ぎていたという感覚がない。かなり本に夢中になっていたようだ。

「何か?」

「この本を借りたいんだけど」

 イケメンが差し出したのは、あの文庫本。

 おれは自分の間抜けさに顔が熱くなる。カウンター越しに声をかけてくる用事なんて1つくらいしかない。

 ここは図書室だ。本を借りるのは当然の権利だ。

 おれは落ち着き払って、文庫本を受け取った。

 手続きを終えると、イケメンに文庫本を手渡した。

「返却日は厳守で」

 それっぽく言った。

「どうも」

 大したことない。いつもの貸し出しのやり取り。

 なのに、おれは終始うつむいて作業していた。しかも、貸し出し券から同じ学年だったことを知った。

 イケメンの名前が【永露ながつゆ せい】だったことも、なぜだか記憶に残った。
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