さんごの色
【第九話】
寮を出ると、ブタのさんぼがケージのなかでくりくりした目をこちらに向けていた。
今日はじめて出会ったのがブタで苦笑したくなるけど、「さんぼさん、おはよう」と笑いかけてみた。呼び捨てが嫌だから何となく「さんぼさん」と付けたした。
「ブタに話し掛けてんじゃねえよ、わかるわけねえだろ」
前からの声に肩が反応する。草原せんぱいは息を弾ませていた。
制服姿ではなくて、スポーツウェアに走りやすそうなハーフパンツ。それでも髪型は乱れていないのだからすごいなあと感心する。
「おはようございます」
「……おっす」
「何してるんですか?」
「見たらわかるだろうが、走ってきたんだよ」
そんなに忌々しげに言われたら、少し傷つく。別に敵同士というわけでもないのにぼくに対しては攻撃的だ。
もしかしたら草原せんぱいは青士せんぱい以外には厳しいんだろうか。
でも、理事長(おじさん)と寮長のさんぼさんには普通だったような。何でだろう。考えてもわからなくて何にも答えは出ないまま、会話を続けた。
「こんな朝早くですか」
「ああ、そうだよ。毎日走らねえと、……んだよ」
「えっ?」
「太るんだよ!」
「太る?」
草原せんぱいは太るとは無縁の体付きをしていた。
服の上からだけど、細身でなよっちくもなければ、軍人のような筋肉隆々でもなかった。
程よく筋肉はついているようだ。背も高いし、顔つきも整っていてかっこいい。
恵まれた容姿だった。それなのに、そう思っていたのに、体の維持のため努力しているだなんて。
「努力家なんですね」
「はあ? ちげえよ。当たり前だろ。ただでさえ相手にされねえのに、これで太ったりしたら、青ちゃんに嫌われる!」
また「青ちゃん」か。
「青ちゃんには言うなよ!」
そう捨て台詞のように吐いて、せんぱいは駆け足で警備員に守られた中央の寮に帰っていった。
「言いませんって」
草原せんぱいって、見た目はすごく軽い印象があるんだけど、青士せんぱいの話をする草原せんぱいは、確かに真剣で(熱すぎるけど)きらきら輝いていた。うらやましいくらいに。
ぼくもがんばってみようかな。がんばるって恋愛じゃないけど。
「いってきます」
さんぼさんにあいさつをして、背伸びをピンと正したら、道の段差を飛び越えるように元気よく歩きだした。