番外編【アメリカへ】
【第四話】
ビルの悩みは深刻だった。
日本にひょっこりやってきたときも聞いた話だったけど、ここまで大事だとは思っていなかった。
日本に行きたいビルと大反対のおじさんが大喧嘩になり、家を出てきたという。
この摩擦は一筋縄ではいきそうにないみたいだ。
「だから、ここに、お世話なりますー」
正座をして頭を下げる。
わかったとうなずきそうになったところで、突然だまって聞いていた草原せんぱいが「ダメだ」とはねつけた。
「あんたは日本に行きたいんだろ。だったら逃げてねえで、ちゃんと親父に説明しろよ。行きたい熱意を伝えろ」
草原せんぱいの言い分はもっともだ。ぼくもうなずいて同意した。
「そうだよ、ビル。おじさんもおじさんの考えがあるんだと思う。ちゃんと説明すればわかってもらえるよ」
「ムリですー、おやじ、この町、出たことがないから」
「だったらあきらめるんだな」
せんぱいの言葉にビルはだまりこむ。
「……ダメならマノを連れていけばいい」
「ぼく?」
「あの親父が信頼する日本人といったら、マノとお義母さんしかいないだろ」
草原せんぱいが「お義母さん」というのには引っ掛かったけど、確かに説得できるかもしれない。
「でもな、一番効果があるのは」
草原せんぱいはぼくにも聞こえないようにビルに耳打ちをした。
それを聞いたらしいビルは、膝の上に作った拳を決意するように振り下ろした。
「……わかりました。がんばってみますー!」
元気を取り戻したビルはパワフルだった。さっそく部屋を飛び出して、慌ただしく階段を駆け降りる音が響いた。
開けっ放しのドアを引くと、またせんぱいと二人だけの空間に戻る。
「ビルになんて言ったんですか?」
「内緒だ」
「せんぱいって案外、いい人ですね」
「『案外』か。かなりの間違いだろ。マノが他の男に抱き締められても許してるし、耐えてやってる」
草原せんぱいは瞼を落とし、唇を寄せてくる。
深くキスをすればするほどちょっとずつ押されて、背中にはベッドが迫っていた。
「ま、待って」
「これ以上待てるか」
上体を倒される。草原せんぱいはぼくの腰にまたがって顔の横に手をついた。
また唇をはさみ小さく吸った。
流されてしまおうかと考えたとき、「マノ!」とドアを開く人が現われたんだ。