さんごの色

【第六話】


こんなに会話が疲れるのははじめてかもしれない。
関さんのように全身から話し掛けるな、余計なことをするなって人はあんまりいなかったから。
周りに甘やかされていた自覚はある。

それに、草原せんぱいみたいによくわからない人ともいまだかつて遭遇したことがなかった。
どちらが本当なんだろう。今にしてもわからない。

青士せんぱいのような寡黙な人は農場にいたかも。でも何かと手を貸してくれるやさしいおじさんだった。

沈黙を打ち消すように「出かける」という関さんを引き止めることなく、ぼくはソファに首を預けた。

久しぶりに一人きりになれてようやく肩を下ろせる。
思えば空港からずっと人がいたものだから、全身で緊張しっぱなしだったのだ。

「本当に日本に帰ってきたんだ」

夢じゃない。今、実感している。
ぼくが足をつけているのは日本で、初恋の人がいる、この場所に降り立っているのだ。

彼への手がかりはいくつかある。
同じ学校、つまりこの学校の初等科で一つ上だったということ。今は高等部に上がっているはずだ。
名前は覚えてないけど、さんごのお守りさえ手放さなければ、いつかきっと会える。そう信じている。

気合いを入れて立ち上がり、案内は特にされていない部屋を見てみようと思った。
かなり暇だし、他にやることも思いつかない。ルールにも入っていないし、怒られはしないだろう。

リビングを挟んで二つの扉がある。
手始めに左から開けてみると、本棚や机、ベッド、ダークなグレーの色調でまとまっている。
意外とは悪いけどきれいに整頓されている。

机の上には四角い箱があって、そのとなりにはフレグランスのボトルが立っていた。
たぶん関さんの部屋なのだろう。

今度は反対側の部屋だ。
まだ家具だけの質素な空間に、無造作に積まれた段ボールがちょっと変な感じ。やるかと意気ごんで、ガムテープで作られた封を切った。

夕方になると、段ボールの中身はだいぶ部屋に収まってきて、自分の部屋という雰囲気になった。

ベッドには日常に使っていた枕。これがないと眠れないのだ。机には教科書とルーズリーフ。筆記用具も忘れない。

お守りのさんごをポケットから出して、敷いたミニタオルの上に置く。
身につけることはほとんどなくて、いつもここに置いていた。

それでも力がほしいときに触れると、指先から元気がわいてくるから不思議だ。

片付けに疲れたからベッドに腰を落とした。枕に頭を預けると、瞼が勝手に下がっていく。
ちょっと眠ろう。少ししたら関さんも帰ってくるだろうし、起きたら夕飯を食べて、そうしたら……。
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