しんじゅの色
【第五話】
授業はうわの空。担任の間口先生が数式を黒板に書いていようともぼくの手はXで止まったままだ。
頭のなかではどうしよう。どうしたらいいのかわからない。同じ言葉が渦のように回っていた。
前にいる一安くんと兼定くんに相談することもできないし、決断はすでにした。
決めはしたものの、あれでよかったのか疑問は残る。
だからって、青士せんぱいを恋愛対象には見られない。正しかった……はずだ。
授業はすでに後半まで来ていた。問題を解くため、出席番号順に差される。ちょうどそのときだ。
教室のドアがいきなり廊下側から開けられた。
静けさのなかの場違いなくらい大きい音にみんなが集中する。ぼくもぼーっとした頭でそちらを見た。
懐かしい。アメリカの風景が見えた。
夢なのかなと考えるけど、紛れもなくその人は日本の地に立っていた。
さらさらと横に流れる金髪、青い瞳は人が良さそうに細められる。ぼくが名を呼ぶ前に「マノ!」と叫ぶ。
「び、ビル?」
ビルだ。アメリカにいた頃、よくお互いの家を行き来した。
ぼくより頭一つ分、背が高くて、女の子に人気があった。そのビルが笑みを浮かべてぼくに近づいてくるところだった。
「マノ、久しぶりですー!」
しかも日本語をしゃべっている。
「久しぶりですーじゃないよ! ビル、どうしてここにいるの?」
英語を交えて話すと、「メールしたけど」と返してきた。もしかして「びーる」?
メールといえば、あの一通しかない。
「マノ、会いたかったですー」
ビルはぼくを抱き締めて、アメリカ式あいさつをする。この感じもヒサシブリだ。
お互いの頬をつけたあと、顎を持たれ、むにゅっとやわらかい唇を押し当てられる。もちろん、頬に。
やられたぼくとすれば恒例だったけど、辺りは騒つく。
「ま、マノ。何やってるの?」
一安くんの顔はほんのり赤い。
「そんなことより」兼定くんが言うと、担任の間口先生が「きみたち」と話に割って入ってきた。
「いちゃついているところを悪いが、今授業中だ。授業が終わるまで、その彼氏には我慢してほしいな」
間口先生はぼくたちの仲を勘違いしているみたいだった。
「ち、違いますよ!」
言うけど、ビルは抱きついてくる。ますます誤解されるかもしれない。
案外、強い力のかかった腕を離すのは大変だった。