さんごの色

【第五話】


服を着終えると「邪魔をしてすまない」と言い残し、青士せんぱいは帰ってしまった。

そうなれば必然と、同室者の関さんと二人きりになる。自分から動きだせなくて気まずい雰囲気がただよった。

アメリカでは少しよくなってきたと思われたけど、やっぱりひっこみじあんは治ってないみたい。

「座れ」と言われてようやく奥の方のソファに腰を落ち着かせることができた。

向かい合わせに座ると、関さんはもろに出していたものをスウェットのなかにしまう。

顔を歪めたくなる青臭い匂いにはできるだけ気付かないように、壁にかかった時計を眺めるふりをした。
時間だけが過ぎていく。

革の擦れる音がして関さんが座り直したんだろう。
また沈黙がやってきたとき、「名前は?」と関さんが聞いてきた。
身構えていたのにすごくふつうだ。
同室者として当たり前の質問で肩の荷を降ろす。

「あ、どうも、小沢真信です」頭も深く下げた。

「マノブ?」

「はい、そうです。真実の真に、信じるの信で」相手は最後まで聞かない。

「マノか」

草原せんぱいも「マノ」。関さんも「マノ」。やっぱり確定ってことかな。向こうでもそう呼ばれたから違和感はないけど。

「マノ」

「はい」

「とりあえずだ、言っておく。ここでのルールは三つだ。一つはすべての家事はマノが担当すること。もう一つはお互い干渉しないこと。最後の三つ目は……」

途中、つっこみいれたいところが何ヶ所かあったけど、頭に刻むように復唱した。残すところあと一つ。

「青士に惚れないこと」

「え?」

「青士は俺の大事なダチだ。手を出しやがったら、二度とこの部屋に入れないと思え」

「手を出すなんて、ぼくしません!」

確かに青士せんぱいは魅力的で、男のぼくもドキッとした。

でもぼくには大切な初恋の人がいる。さんごのおまもりがある。
今だってポケットの外から撫でれば「忘れるな」と言ってくれるのだ。
ほら、他の人を想うなんてできっこない。

「それならいいんだがな」

関さんは信じていないらしく、あまり納得していない感じの言い方をした。
ちょっとだけ打ち解けた気がして、踏みこんでみた。

「あの、青士せんぱいとはお友達なんですか?」

さっきひっかかったのはここなのだ。友達なのにあんなことできるのか? ほら、キスとか。恋人ならうなずけるんだけど。

「ああ、ダチだ。どう転んでも、俺と青士はダチ」

会ってまだ何分しか経っていないけど、関さんの瞳はさみしそうだった。
それも気のせいかと思うくらい一瞬だけ。もしかしたらぼくの見間違いだったのかな?

「そこで、ルールを追加する。その話は二度とすんな。平和に暮らしたかったらな」

関さんは不適に唇を歪ませる。背中がぞっとするほどの笑みは、ぼくをきっと殺すという暗示だ。
さっきの淋しそうな顔はたぶんじゃない、絶対に見間違いだ。
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