しんじゅの色

【第四話】


解放してくれたけど、青士せんぱいはどこか不貞腐れたような表情をする。どうしてそんな顔をするんだろう。

「なぐさめてほしいのはこっちのほうだ」

「え?」

「草原に告白されて、その草原を小沢くんが好きだなんて。僕はずっと前からきみが好きなのに」

また出た。青士せんぱいはぼくをからかっているのだ。
いつものことだ。そう考えていたけど、青士せんぱいの眼鏡ごしの瞳を見た。
目を合わせた途端、さっきよりも強く胸に引き寄せられた。

「きみが覚えていないのはわかっている。きみが草原との思い出を大切にしているのも知っている」

「どうして?」そのことを知っているんですか?

「僕もその場にいたんだよ」

青士せんぱいがその場にいた?

「草原が小沢くんにお守りを渡したときもそばにいた」

思いもよらなかった。やっと、関さんの言葉の意味がわかった。
二人だけの思い出じゃなくて、本当は青士せんぱいもいたんだってこと。だから、さんごのお守りを知っていたのだろう。

でも、青士せんぱいの記憶がなくてどうしたらいいか。まさかぼくも草原せんぱいのように忘れていたなんて想像もつかなかった。

「だから年下の子を見るときみじゃないかと思った。すべての子に近づいて関係を持った。関は怒ったよ。馬鹿なことをするなって。そのうえで僕を受け入れてくれた。だけど、きみが現われてしまった。もう関とは無理だった。関の気持ちを知れば知るほど苦しくて、逃げ出した」

ぼくの存在が二人の関係を壊した。関さんがぼくを恨む気持ちをようやく悟った。

「きみと再会したとき、本当にうれしかったよ。うれしくて、純粋なきみを見たら自分がつくづく嫌になった。こんな僕だから、きみが受け入れてくれなくてもいい。好きだ」

青士せんぱいの指がぼくのうなじを撫でる。やさしく撫でられるたびに、心臓の音をどくどくと耳で感じる。
だけど、心地よさとは違った。青士せんぱいの想いに応えられない。

今度の抵抗は簡単だった。胸を押すと、せんぱいは簡単に離れてくれた。

「ごめんなさい。ぼくにはできません」

「できないって」見下ろされて視界がにじむのがわかった。

「付き合うことも、うやむやにすることも」

何でこうなっちゃうんだろう。
傷つけたくなくても、結果的に傷つけてしまう。

しかし、ここで言わなかったら、もっと深く傷つけてしまう気がした。
青士せんぱいは長いため息のあと、眼鏡をかけ直した。

「わかったよ。でも、しばらくはあきらめきれそうにないな」

淋しそうな目と一緒に発せられた言葉は心に響いてくる。青士せんぱいは背中を見せた。

「親衛隊のことは僕に任せてほしい」

頼もしい言葉を残して青士せんぱいが去っていった。一人になって考える。

――バカなのはぼくだ。
涙がこぼれ落ちそうでたまらなかった。
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