こはくの色

【第六話】


目をつむった。固く固く、軽い拍子では、ぜったいに瞼が開かないように。

あと何秒もかからないで、手加減なんて知らない拳が来るに違いないのだ。
鼻をかすめる風は固い拳が立てているんだろう。
また耳の後ろで悲鳴を聞いた。

鈍い音が一発。頬骨だけじゃなく、全身の骨が痛みに震える。

目を開けた。今度は薄く。
ちゃんと開きたいけど頬が腫れてきたみたいで痛い。
ぼくの体は床の上に倒れている。相手の靴が見えた。

「弱いくせに楯突いてんじゃねえよ」

言うことも許さないで、目の前の靴は、ぼくの頭まで上がる。
踏み潰されちゃうのかな。きっとすごく痛い思いをする。
逃げなきゃって腕を伸ばすけど、あいにく救ってくれる人はいない。

もう一回、目をつむると、ぼくの意志に反して笑い声が聞こえる。
本当に人を痛み付けて楽しむ人がいるのだ。最低だな。
どうせ痛みつけられるなら抵抗をしよう。頭だけを起こし、唇を歪めてやった。

「気味がわりいんだよ!」

落とされる気配がした。

「うげ!」かえるが潰されたような声が上がる。無意識にぼくが出したのかなと一瞬疑うけど、喉元をさすってもぼくじゃなかった。

しかも重そうなものが落ちる音。

「て、テメエ」

「口の聞き方を知らねえらしいな、“テメエ”んとこのトップは躾がなってねえってわけか」

「クソ。ふざけてんじゃねえぞ!」

どうやらぼくらの他に別の人が現われたらしい。
目を開いて、重い体を支えながら見上げると、拳を握った状態の男の人が一人いた。
身なりはホストみたいなスーツを纏い、大きく襟元を開け、じゃらじゃらとシルバーを首や腕、指にまで身につけている。

でも顔は見知っている人そのもので、少しの間、絶句してしまった。

「関、あんまりひどくするなよ。小沢くんが怯えたら困る」

「わかってる、ちょっと遊ぶだけだ」

関さんの後ろからひょっこり顔を現わしたのは、メイクばっちりのきれいな女の子。
頭の上にはたっぷりと髪の毛が盛られ、きらきらした蝶をちりばめている。
だけど、声は、声だけは、青士せんぱいなのだ。
腰にフィットしたブルーのドレスにはスリットが入れられ、生足が出ている。
しゃがみこんだときに見える白い足も青士せんぱいのものだった。

「小沢くん、大丈夫? ではないか。関、僕の代わりにもう一発殴っておいて」

「ああ」

「や、やめてください!」

これ以上の暴力は本末転倒というか。関さんに凄まれて不良の人も戦意喪失というか。
青士せんぱいに目で訴えると、わかってくれたのか「そうだな」と言ってくださった。

「関、小沢くんの見えないところで頼む」

青士せんぱいの言葉に関さんはうなずいて、不良の人の奥襟を持って引きずりながら教室から出ていった。
やめてほしいのに。
去ってから少しして、不良の人の悲鳴が聞こえてきたような気がした。
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