さんごの色
【第十話】
校舎の中、広めの玄関に四方に伸びた廊下、ここに来るのはもう二度目になる。
研かれた廊下は業者さんの手によるものだろう。チリ一つ落ちていなかった。
靴を滑らせて草原せんぱいに教えてもらった職員室に入る。
「失礼します」中にいた先生がぼくを見るなり、「おはよう」と声をかけてくれた。
先生は若い。グレーのスーツを身に纏い、ネクタイは深紅のストライプだ。
先生なのだけど、たたずまいはカメラの前でポーズを取るようにキザっぽかった。
「おはようございます、あの間口先生はどちらに?」
「間口は私です。と、するときみが小沢真信くんですね」
「そうです」
薄い唇が平らになると間口先生が笑っているのだと気付いた。
「あの、どうして笑ってるんですか?」
「いや、失礼。かわいいなと思ってね」
「かわ、いい?」
ぞわっと全身の毛が逆立ったのは気のせいじゃないだろう。
「最近ではそういう新鮮な顔を見せてくれる子はいなかったからね。みんな中等部から上がっているからこの世界に慣れているんだ。私が話しかけるとみんな顔を赤く染めるんだよ、本当につまらない」
「あの」そんなことを聞きたいんじゃないのに困っていると、
「なんて言うのは冗談で」
とおどけるのでため息がこぼれる。
「少しは緊張ほぐれたかな?」
「え?」
「顔が緊張しているようだったからね。まだ始業まで時間があるから話でもしようか」
間口先生は思ったより「先生」だった。
「緊張した顔」ってどんな顔だったんだろう。緊張して強ばっていたのかもしれない。
自分で顔をなでていると、先生はくすっと笑う。
「こっちにおいで」
職員室のすみにあるソファに座らせてもらい、先生と話すことにした。
「きみは外部生だから、いろいろ大変だろうね。ここの仲間意識はまあ、すごいから。親衛隊の話は?」
「聞きました」
「それなら話は早い。生徒会には近づかないほうがいいよ。彼らには親衛隊がついていて、何といえばいいか、外部生を見下す傾向にある」
それが正解なのかもしれない。草原せんぱいがぼくにちょっぴり冷たくなるのは。
でも、それとこれとは違うんじゃないかと思った。生徒会も同じ生徒なはずだし、アメリカではそういう隔たりは少なかったから。
納得いかないでだまっていると、
「きみもそのうちわかると思うよ。どういう人間と関わっていけば何事もなく平和に過ごせるかね」
一気に間口先生を苦手になった。言葉には出さなかったけど、大人らしい世間のわたり方だなと気分が沈む。
「時に、同室者の生徒とはうまく行っている?」
この学校にいる人はその話題が好きらしい。
まだ一度しか会っていませんと言うと「そうか」のあとに「何かあったら相談に乗るよ」と間口先生はほほえんだ。
うれしいけどちょっと相談したくない。それほど短い間で苦手に感じてしまった。
やがて、職員室もにぎやかになってきた。「行こうか」の先生の声で立ち上がることにした。