さんごの色

【第一話】


むかし、ある人がぼくにお守りをくれた。砂浜で拾ったそれを手のひらに乗せ、「やるよ」と差し出してくれた。

ぼくはよろこんで受け取り、指にはさんださんごの死骸を眺めた。死骸といっても穴がぶつぶつに開いていて、死んでいるのに表面は白かった。

「これがあったらこの日を忘れないよな? おれのことも忘れないよな?」

すがるような目に「うん」とうなずいた。お礼を言うと大事にティッシュ包んでポケットに入れた。
ポケットのなかに収めても触れていたくて、指でなぞるとざらついた感触があった。

「また会おうな」

遠ざかるあの人の背中を見送りながら、このさんごに気持ちをこめてぼくはさんごを宝物にした。一生忘れない。ぼくのひとめぼれの初恋を。

あの日のさんごの記憶から十年。ぼくはすぐに父の仕事の関係でアメリカに移住した。

アメリカの住居は快適だった。日本とは違い、連日陽気なパーティを開く。
おかげでぼくの引っこみ思案は少し治ったみたい。日本では難しかったけどもアメリカでは友達ができた。

友達のビルが帰ると、母さんと一緒にパーティの後片付けをはじめる。
ポテトサラダのお皿をキッチンに移したとき、「あ、真信」と母さんが顔を向けた。

いつもは「マノちゃん」と呼ぶのに「真信」と呼ぶときは何か真面目な話なんだろう。

「なに?」

「そろそろね、お父さんの仕事が一段落するんですって。だから、今度日本に戻ることになったの」

「え?」

「お父さんとお母さんはまだアメリカを離れられないけど、一足お先に真信だけでも日本に戻ることになったから。ほら、学校もあるし、慣れるなら早いほうがいいでしょ。それにその学校って全寮制なんですって。でね……」

母さんはずっと話していたけど、ぼくはまるでついていけないでいた。
だって、日本に戻るってことはビルや友達とは別れることになる。
だけど、もしかしたら、あの人に会えるかもしれない。
淡い期待がまた鼓動を打った。

さんごをくれた初恋のあの人は年上の男の子。
砂浜にたまたま遊びにきて出会っただけの関係だ。
六歳くらいじゃ、あこがれただけだろうって思うけど、確かに胸は高鳴った。

大きくなるにつれ、同性を好きになるには覚悟が必要だと知った。
ぼくが好きでも相手はどうだかわからない。
忘れているかもしれない。
だけど、会えるなら会いたい。
さんごに賭けてももう一度、あの人に会いたい。

「聞いてるの、マノちゃん?」

「え、うん、聞いてるよ」

「せっかくアメリカに慣れたのに嫌かもしれないけど……」

「嫌じゃないよ!」

母さんは目を丸くしていた。
ちょっと大声を出しすぎたかな。
でも、本当に嫌じゃなかった。

「そう。それならいいんだけど」

こうしてぼくはアメリカを離れ、十年ぶりに日本へ渡ることになった。
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