【学園テーマパーク】

【最終話前の話】


 起動に乗ってきたテーマパークに、新しいスタッフが入ってきた。

 スタッフの多くは俳優やアイドル志望の子たちだ。皆、意識が高く、演技も上手い。

 彼らの熱の入った稽古を眺めながら、コウセイはそろそろ自分のかつらを誰かにゆずりたいと思っていた。

 元は俳優志望だったトモヤスと対峙したときに、露骨に力の違いが見える。コウセイがセリフを言っただけでは、観客もわかない。トモヤスの発したセリフに皆ときめくのだ。

 ただセリフを追っているだけの素人には限界だろう。ここはプロ(志望の人)に任せるのがいい。もっと人気が出るかもしれない。

 そしてこの日、自分が裏方に戻ることを、真っ先にトモヤスに伝えたいと思った。



 コウセイの住む部屋にトモヤスが転がり込んできたのは、つい1か月ほど前のことだ。少しずつ私物を増やしてきて、週の大半は寝泊まりするようになった。

 歯ブラシ、枕、スマホの充電器、クローゼットは半々と決まっている。

 はじめは煩わしかったのに、今では帰ってこない方が不安に思うほどだった。

 最近のトモヤスは、後輩と飲んでいることが多い。コウセイが参加しようとすると、絶対に賛成しないくせに、自分は例外なく酒を飲んでいる。

 今夜はちゃんと約束をしていたから、帰ってくるはずだ。話す内容は決まっていたが、どう言い出せばいいかわからない。直接顔を合わせたとき、どんな状態になるのか、想像がつかなかった。

 コウセイはじっとしていられずに、部屋を掃除し始めた。掃除で忙しくして、考えないようにする。問題を先延ばしにしているだけだが、悪い考えをしないで済む。

 もはやコウセイの部屋という認識はないのかもしれない。

「ただいまー」

 トモヤスが帰ってきた。今日は飲んできたようだ。部屋に酒の臭いまで連れてくる。

「おかえり」

 この言葉を返すのも違和感が無くなっている。すぐに腕の中に引き寄せられて、ぎゅっと抱き締められるのにも慣れてきている。

 コウセイはそんな自分を恥ずかしく思いながらも、トモヤスの温もりを手放せなかった。背中に腕を回せば、密着した体から服越しの体温が移ってくる。

「コウセイ、おれがいなくて、さみしかった?」
「閉園のときに別れて以来だろ。寂しくなんかない」

 笑って返せば、「何だよ、おれだけかよー」と不満そうな声が耳をくすぐる。

「ねえ、明日、定休日だから、今日はいっぱいしよー」

 コウセイの腰をトモヤスの手が這い回る。いつ服の隙間を縫って、直接肌を触ってくるかわからない。触られれば、コウセイも男だから、いやらしい気分になってしまうだろう。こうなると明日の昼までベッドで寝ていなければならなくなる。

「待て。話があるって言っただろ?」
「明日でもいいじゃん」
「ダメだ。今日じゃないと。言えるときに言わないと、また言えなくなる」

 切実に伝えると、トモヤスは手を止めて、体を離した。そして、コウセイの顔を確かめるようにじっくり見て、神妙な面持ちで「わかった」とうなずいた。

 正座をして、ふたり向かい合う。音楽もかかっていない部屋は、誰も動こうとしない限り、静かだった。

「で、話っていうのは?」
「実は、ここ最近、ずっと考えていることがあって」
「うん」

 結論は出ているが、問題はトモヤスがどう思うだろうかだった。快く受け入れてくれたら、寂しいが、一番いい結果だと思う。

「おれ、転入生の役を降りようと思っている。他にもスタッフが入ったし、おれよりも適任な人はいるはずだ。何より、おれみたいな素人よりも、ちゃんと演技が上手い人がやったほうがいいと思う。あ、別にここをやめるわけじゃなくて、裏方としてはがんばるつもりだから……」

 ここまで話してきて、ようやくトモヤスの表情を確かめた。表情の消えたトモヤスの顔が怖く見えたのは、コウセイも初めてだった。

 どんなに怒っていても、表情がわかるだけで、安心する。しかし、表情がないと、その人が何を考えているのか、わからなくなって怖くなる。

「わかっていないようだから言うけど、演技が上手いとか、下手とかそういうんじゃない。おれはコウセイのパートナーなんだよ。コウセイがやめるなら、おれもやめる。それにおれはコウセイ以外の人といちゃつくつもりはないよ。だから、おれは俳優なんてやらないの。コウセイとしかこういうことはしたくない」

 話が終わる寸前に、トモヤスはコウセイの腕を掴んで、引き寄せた。強引に寄せたように見えて、重ねた唇は優しくついばむだけだった。毎日、観客の前でしているキスとは違い、体温が通っていた。会長と転入生ではなく、素のトモヤスとコウセイのキスだった。

「ごめん」
「謝らなくていいよ。たぶん、明日はおれが謝ることになるから」

 固い床にコウセイの背中がつく。覆いかぶさるようにしてトモヤスは、コウセイの服をたくし上げていく。スウェットを脱ぎ終える前に、ふたりの体は繋がるだろう。

 そして、トモヤスの予想通り、明日には動けなくなったコウセイに謝り続ける未来が待っていた。

〈おわり〉
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