スパーク
【火の使い手の章】
何でこんなやつを誘ったのか、自分でもよくわからない。能力だけを見ても、あまり目立たない風の使い手だし。ウルゼルのように回復バカではないし、補助も攻撃もできるが、どれも中途半端な力だ。
はじめて顔を合わせたというのに俺が好きだと言いやがった。いつ好かれる要素があったのか、まったくわからない。
ただ、好意を持たれるのは嫌な気はしなかった。陰でこそこそ片想いをこじらせるより、面と向かって想いをぶつけられたほうが良い。言い逃げはムカつくが絶対そっちのほうが良い。
俺自身、好きな相手には想いをぶつけられずにこじらせていた。大体、失恋は確定していて面倒くせえと思っていた。だから、風の使い手を気に入ったのかもしれない。
「涼風の森、好きなんです」
そいつは俺に向かって顔をほころばせながら言った。確かに涼風の森は夜でも陽があって明るいし、魔物さえいなければ、森林浴にもってこいだ。
しかし、涼風の森には風属性の中級魔物たちが待ち構えている。中でも、森の番人と知られるエントは、侵入者を排除しようと目を光らせている。風の使い手みたいなひ弱なやつを連れてきて大丈夫か心配だった。
だが、俺の心配は無用だった。
エントは華麗に無視していくし、警戒心の固まりと噂される羽をつけた白い魔物もなぜか、そいつの周りではおとなしかった。何でだ?
「おい、何で襲ってこねえんだよ。訓練にならねえだろうが」
よっぽど、魔物を刺激して襲われようかと思ったが、視界に入った今にも泣きそうな顔に思いとどまった。
「何でそんな顔をしてやがる」
「ぼ、僕のせいですよね、ごめんなさい」
うぜえ。謝るなと言ったはずだが、口癖のように「ごめんなさい」を使う。ここで「謝んな」と言ったら心のなかでずっと謝ってそうだ。それがわかって「別にいい」と言うだけにした。
戦う気分がすっかりそがれてしまって、木に背中を預けてしゃがみこむ。うさぎみたいな白くて丸っこい魔物が風の使い手のもとから跳び跳ねて、俺の頭に乗った。
「やめろよ」
尻尾の毛がくすぐったくて魔物をどかそうと手を伸ばしたとき、目の前でくすくすと笑う声がした。風の使い手が木漏れ日を背にして、ほほえんでいる。なぜか、体が動かなくなって、力が抜ける。ずっと見ていたいような不思議な気分だ。
「見惚れてんじゃねえ」と言うように白い魔物が頬をひっかくまで、俺の世界は止まって見えた。それは生まれてはじめて経験した静かな時間だった。
おわり