スパーク
【強い男の章】
一度助けたからといって、俺がウルゼルに認められることはない。普通なら友達くらいの関係になってもおかしくないが、俺とウルゼルはそうもいかない。
ふたりにしかわからないが、俺たちが近づくと体に宿る魔力が反発しあう。まるで爆発を起こすように体内で音が弾けるのだ。俺には息苦しいくらいでほとんど痛みを感じないのだが、ウルゼルはいつも痛いと言う。
書庫で調べたところによると、未熟な魔力は反対属性をつき合わすと暴走する。ある程度、魔力が成熟しなければ、安定しないというのだ。
しかも、成熟までは個人差があって、魔力の強さによっても変わるらしい。
そのためにも極力、ウルゼルとは距離を置いていたのだが、あの唇が俺に触れた瞬間、どうでもよくなってしまった。男から口をつけられたショックよりも、ウルゼルの優しい感触に酔ってしまった自分がいた。
どこに行っても思い出し、口元を手で覆う。顔がゆるんだところをウルゼルに見られたりしたら、恥ずかしさで爆発する。俺を嫌っているウルゼルが見ているわけがないのに、むなしく辺りを見渡したりした。
バカみたいな1日をどうにか過ごしていた頃、魔法学校の魔法魔術訓練が迫ってきていた。魔法学校の訓練は大体、ふたり一組になって魔物だらけの塔や、仕掛け満載の神殿を制覇するものだ。
どういう場所で行われるかは当日まで未定。どの属性が有利、不利に働くかはわからない。この時期になると、俺の周りはバカみたいに騒がしくなった。人の眠りまでさまたげて誘ってくるやからが集まる。
「シリル、俺と組まないか!」暑苦しいやつは却下。
「シリル様、わたしとどうですか!」どうもこうもない。
「金ならいくらでも出すよ」いらねえよ。
こちらは顔もろくに記憶していない連中が、ニタニタと笑いながらたかってくる。
魔力が高いことは自負している。でも、この魔力はお前らを守るために保っているわけではない。守りたい当人は今日も訓練の相手が決まらずに落ちこんでいるはずだ。いまだに周りはうるさかったが、かまわずその場を後にした。
中庭にぽつりと小さな滴がこぼれていく。思った通り、ウルゼルは聖木を傘にして腰を下ろしていた。雨を見上げる横顔は丸くて昔から変わらない。
「ウルゼル」
名前を呼べば、ウルゼルの弱々しい顔がこちらを向く。肩が少し震えてみえるのは反発が起こっているのだろう。逃げ出したいと思っているのかもしれない。
「シリル」
近づくのが怖くて足を止めた。今から口に出すことを逃げ出さずにちゃんと聞いてほしかった。
「ウルゼル、まだ訓練の相手、決まってないなら……」
「回復係として誘ってくれても、嬉しくないよ。僕だって戦いたいし。それに実は火の使い手に誘われてるから」
刺のような鋭い答えが全身を痛め付ける。確かにウルゼルを誘ってみるつもりだった。毎回断られているがダメもとで勇気を振り絞って言ってみた。それなのに、ウルゼルは回復係になるのが嫌だと首を横に振る。
俺なら火の使い手のくそやろうよりも魔力は強いし、ウルゼルを守ってやれる。自分だけ逃げ出すやつとは覚悟が違うのに、ウルゼルは火の使い手のほうを選んだ。
「そうかよ。お前が戦う? ろくに攻撃魔法を持っていないくせに、どうやって戦うんだ?」
「た、戦うよ。火の使い手も教えてくれるって言うし」
「ふうん」
「ていうか、シリルには関係ないだろ」
「ああ、関係ない。ウルゼルの苦手な闇属性の場所じゃないといいな」
嫌みを吐きたかったわけではない。俺にとってウルゼルとの関係は光と影そのものだ。光がなければ影は生まれない。光が差さなければ、もともとの影は存在しない。
それなのに、俺は怒りに任せてウルゼルを悲しませる。悲しみを植え付けるだけの俺なんて、必要ないのかもしれない。
とりあえずは、火の使い手に釘を刺しておくか。今できるのはそれくらいのことだった。
やる気なんて起きない訓練当日、場所が発表された。漆黒の塔は学校の西に位置していて、闇夜の森よりも難易度はおとるが、攻略には骨が折れそうだ。
闇を苦手とする属性はほとんど不利な状況で、ますます俺に近づくやからが増えた。中でも一番、おとなしくて謙虚そうな風の使い手を選んだ。
塔の前ではふたり一組になった列が続く。入り口は一緒だが、渋滞を防ぐため、入った瞬間には別の場所に移動するのだろう。
列のなかに背の高い赤い頭が目立っていた。ウルゼルの頭は見えなかったが、きっと隣にいる。
火の使い手には最後まで守るようにとかたく誓わせた。この誓いを破ったときには呪いが発動するように仕掛けた。呪いといっても「ウルゼルと口を聞けない」という軽いものだが、火の使い手はひどく恐れていた。たぶん、演技だったと思う。あいつはあれくらいで恐れたりしない。
塔の入り口が開くとともに列は飲みこまれていった。俺と組むことになった風の使い手も塔のなかへと瞬間に移動した。
塔の内部は通路ばかりだ。魔物は少量。風の使い手と組んでみて正解だった。風の魔法は物質を軽くしたり、吹き飛ばしたりと使い勝手がいい。無駄にでかく重いゴーレムには闇の魔法で転がしてやった。
ほとんど目立った傷もなく、塔の頂上まで駆け抜けた。しかし、問題はここからだ。通路もなくなり、だだっ広い部屋には天井がなかった。いまだに俺たちしか辿り着いた者はいないようで、風だけが耳もとでうるさかった。
「何もありませんね」
「ああ、でも、来る」
白い影が青空に浮かぶ。それは徐々に近づくにつれて大きくなって、巨大な翼となった。
「白い龍……」
やっかいな相手だった。漆黒の塔のくせに、最後に待ち構えるのは闇を打ち消す白い龍なんて、生徒を殺す気なのだろうか。突風だけでもすさまじい勢いで飛ばされそうになる。
白い龍が地面に体を下ろすと、漆黒の塔が純白の塔に変わっていった。場の属性まで変えられるのか。
効果があるかはわからない。いちかばちか、腹の前で手を組み、闇の力を取り出す。黒い球体をねんどのように引きのばすと、闇の力が勝手に腕にぐるぐると巻きついていく。
髪が逆立つ感じがする。風の使い手が横で悲鳴を上げていた気がするが、どう思おうが知らない。拳を作ると指の間から闇がもれてくる。両手を広げて白い龍に向けると、頭で描いた通りにらせん状の闇が現れる。
白には闇が映えた。尾っぽが素早く降り下ろされる。普通の龍よりも速度が段違いだ。少しでも気を抜けばやられる。久しぶりに本気を出せそうだった。
戦いは続いた。その間にも何人か他のやつらが現れては、白い龍の前に倒れていく。未熟な魔法では回復も満足にできない。俺も肩と足をやられて、いつまで立っていられるか。
「ごめんなさい、シリルくん、もう……」風の使い手は魔力を使いきり、地面に倒れこむ。
渾身の力をこめて放った闇の鎖は、不発に終わる。負けるのか、俺。
「ウ……ルゼル」
これではウルゼルを守れない。1歩も動けない足に「動け」と言ってもダメだ。白い龍の尾っぽが頭高く振り上げられる。食らったら確実に命はない。瞼を伏せ、諦めたとき、声が届いた。
「シリル!」
横から放たれた炎の玉が、龍の尾っぽをそらした。左肩はやられたが、直撃は免れた。必死な形相したウルゼルが駆け寄ってきてくれる。ダメだろ。俺に近づいたら、ウルゼルの体が痛んでしまう。
「シリル!」
ウルゼルの手が俺の体に触れる。目の前の眉間のしわが痛んでいることを表す。「やめろよ」と言ってもウルゼルは離れてくれない。むしろくっついて、冷たい手で血が流れる腕をおさえた。
俺の服が真っ黒だから、白い光がわかりやすく見える。この白い光がウルゼルの力なのだろう。
白い龍の動きを封じているのが火の使い手だった。バカでかい炎の玉をぶつけている。こいつ、結構、強いらしい。
「シリル、これで大丈夫だから。みんなも治すから。もうちょっとがんばって」
「いらない。みんなはいらないから寝かせといてやれ」
きっと、頭をひねったウルゼルには伝わらないだろう。俺が力を最大限に出せるのは、すべてウルゼルがいるからだ。ウルゼルがいてくれるなら、俺は白い龍も怖くない。
「ウルゼルは俺が守る」
たぶん、これを使ったらそっこう寝てしまうだろうが、腕を真っ黒に染めて、頭上に手をかかげた。奥歯を噛みしめて重みに耐える。
「シリル」
肩に手が置かれた。ウルゼルの力なのだろうか。重苦しさがすっかり消えて肩があたたかい。
放て。それを想像したとき、俺の指の先から無数の黒が放たれ、白い龍を包んだ。闇と光が交ざることなどないと思っていた。でも、目の前で起きた現象は事実だ。闇と光がぐるぐると回りながら白い龍にぶつかった。
白い龍が点滅して消えていく。どうやら、偽物だったようだ。それはそうだ。あんなものが学校にあること自体間違っている。
ホッとして力が抜けた。手を下ろしたことは覚えているが、その先の記憶は目の前が真っ白になって途絶えた。
風がそよいでいる。隣には誰もいない。当たり前だが、聖木の下でひとり寝ていたようだ。
白い龍と戦ったはずだが、怪我はないし、ここへ戻ってくる過程の記憶はない。教えてくれる人も辺りにはいないらしい。そう思っていたのに。
「シリル」
「ウルゼル」
夢ではないだろうか。ウルゼルが安心したような笑みを浮かべて近づいて来る。
「シリル。僕、ようやくわかった気がする。僕の力ってやっぱり大したことないけど、使いようによってはまあまあいいかもしれないってさ。強いシリルも救えるって自信になったし」
「あ、ああ」
「だからさ、シリルの強さは、自分のためじゃないんだろ? 何となくわかる。それで強くなれるなら、僕も誰かのために使ってみようかなって」
本当は誰かのためではなくて、俺だけに使ってほしいのだが、何も言わなかった。
「つまりはさ、今度、訓練があったら……」
自分にとっていい予感がする。待てなくてウルゼルを腕のなかに閉じこめる。相変わらず、ウルゼルは「ピリピリするからやめろ」と嫌がるがもう無理だ。
「俺が教えてやる。どうなろうが、絶対に守るから!」
ウルゼルの顎をすくい上げるように唇を押し付ける。拒まれるかもと不安だったが、おとなしくされるがままにしている。目もつむって、受け入れてくれている。期待してしまいそうだ。名残惜しいが顔を離す。
「嫌だ。シリルを守るのは僕だ」
対抗するようにウルゼルから唇を返された。はじめて下唇がぴりっと痛みを感じる。
ウルゼルの魔力が強くなってきている? もしかしたら、俺の力をこえるときが近いうちに来るのかもしれない。そう思ったら嬉しくて、またこちらから唇を奪った。
[おわり]