スパーク

【落ちこぼれの章】


 僕は魔法使いだ。暗がりを照らす光の魔法は5歳で覚えたし、人の傷を癒す力を自覚したのは10歳の頃だった。

 友達の傷を跡形もなく治したときには、すごく感謝された。こっちの気持ちのほうが満たされるくらい「ありがとう」は嬉しかった。自分の力が誇らしくて、ヒーローになった気分に浸った。

 それなのに魔法学校入学とともに現実は容赦なく襲ってきた。人は攻撃的な魔法を格好いいと思うらしい。ただ人を癒すだけの魔法は主役にはなれないのだ。

 攻撃的な魔法を覚えられない僕はどうがんばっても1番にはなれなかった。癒す魔法はなければ困るけれど、1番ではない2番目3番目の存在。

 癒す魔法以外は平均点以下の試験結果に落ちこみながら、あてもなく庭を歩いた。

 庭の中央には聖木が埋まっている。ここに来ると、不思議と力がわいてきて元気になるのだ。聖なる力と結び付きがあるからだろうか。

 巨大な傘の下には影ができていた。日差しをさえぎった暗い箇所は涼しそうだ。そこに人が横たわっていた。

 先客は器用に長い足を組み、頭の裏に腕を回して、目をつむっている。端正な顔立ちにたくわえられた長い睫毛が風に震えた。

「何でいるんだよ」

 眠る男はシリルだ。攻撃的な魔法が得意で闇の力を意のままに扱う天才だ。僕とは真逆の存在で魔法学校の誰もがシリルを知っている。彼はいつも寝ていた。闇の力は消耗が激しいらしいからどこでも眠るそうだ。

「ん……」

 にらんでいることに気づいたのか、シリルは目を開こうとする。たちまち腕の皮膚がぴりっと痛みだすのは何度も繰り返したこと。僕の体がシリルの魔力を拒絶しているのだ。

「ウルゼルか……」

「んだよ。シリル、起きないでよ。痛くなる」

「悪かったな」

 シリルは金色の前髪に指を差し入れて、後ろに流す。青い瞳を僕に移すけれども、すぐに目線を落とした。何だよ、僕がガキっぽいからあきれているのかと思った。ムカつく態度だ。

「早くどっかに行って。お前がいると痛くてしょうがない」

「そうかよ」

 シリルは僕なんか相手にしない。ゆっくり立ち上がって、まだ眠そうな顔を隠さないまま、聖木の下から出ていく。僕はひとり残された。

「本当にせいせいする」

 シリルなんて嫌いだ。肌がぴりぴりするのもあるけれど、僕を相手にしないシリルの態度が1番嫌いだった。

 明くる日。教室よりも何倍も大きい図書館は、生徒の姿がたくさんある。試験から解放された子たちは談笑だけれど、僕は追試の勉強中だ。

「なあ、ウルゼル」

 そんなとき、火の使い手が僕を呼んだ。彼はいつでも好奇心旺盛で、危ない場所に行くときは、かならす僕を誘う。傷を癒すのは得意分野だから全然いいのだけれど。

「また、訓練所に行くの?」

 訓練所は魔法学校の敷地にあるダンジョンのことだ。生徒の試験や日頃の訓練に使われる。

「ああ、今回は闇夜の森だ」

「あの森はかなり危険だって話だけど」

 闇夜の森は上級者でも突破は難しいという噂だ。

「だからだろ。危険だから行くんだ」

「そうだけど」

 火の使い手が僕の背中に手を回す。ちょっと熱い手だけれど、シリルのような痛みは感じない。やはり、あいつだけが特別なのだ。火の使い手は僕の耳元に唇を寄せた。

「少しでも強くなれば、力を制御できて、シリルと一緒にいられるんじゃねえの」

「ばっ! 何言ってんだよ!」

「まあ、どうでもいいけど。行くのか、行かないのか?」

 火の使い手の言う通りにするのはしゃくだけれど、強さは必要だと思う。シリルを倒せるぐらいの力があったら、あんな痺れもなくなるはずだ。それは魅力的な誘いに変わった。

「行く!」

 火の使い手はにやにやしながら待ち合わせを取り付けると、僕から離れていった。別にシリルと一緒にいたいなんて思っていないし、ただ力を制御できるようになりたい。でも、もし……と考えてしまう自分が嫌だった。

 その夜、僕は闇夜の森にいた。森はかなり手がこんでいて、恐ろしいほど広かった。僕の手のひらにのせた光の球体が、小さく照らす。火の使い手も自分の指に炎を灯して明かりの代わりにした。

「本当に真っ暗だ」

「でも、頬がぴりぴりするから魔物は近いよ」

 さっきからむき出しの肌がぴりぴりと痛んでいる。闇の力が強い証拠だろう。やっぱり僕は闇の力をねじふせるほどの力なんてなかった。とたんに自信がなくなって、火の使い手にやめようよと提案したときだった。

 顔を横に向けたとき、木々を吹き飛ばす勢いのある吠える声を聞いた。

 恐る恐る光をかかげてみると、姿を表したのは形が定まらない闇。獣のような牙もあれば、植物のような触手もある。闇の中心に目玉が1つ浮かぶ。

「ダークボールか、やっかいだな。打撃は効かない!」

 火の使い手は自分の腕を炎で染めて、触手を落とす。しかし、触手はまた、闇の力で再生された。

「やべえ。力が違いすぎる」

「逃げようよ!」

 迫ってくる闇の力はたったふたりで手におえる代物ではなかった。しかも、僕にいたっては闇は弱点になる。逃げているはずの足取りが重いのもそのせいだろう。

 火の使い手はどんどん前を走っていってしまう。待ってよと思うのにどんどん離されていく。

 触手は伸びて、僕の首に巻き付いた。悲鳴も出ないほどの激痛。体を切り刻まれているような鋭い痛み。辺りを照らしていた光の魔法は闇に飲みこまれていく。僕の体は闇と同化して、なすすべもなかった。

「ウルゼル!」

 シリルの幻聴が聞こえてきて笑えた。本当の闇の力に比べれば、シリルで感じる痛みなんて大したことなかった。

 でも、胸の痛みはこんな闇の力よりも苦しくてどうにもならない。シリルを想うとずっと苦しかった。なぜだかはわからないけれどシリルが嫌いなのだ。僕自身を見失わせるから。

「ウルゼル!」

 どんどん近くなるシリルの声に目頭が熱くて瞼を閉じた。何だか、最期はしあわせだった。好きな人の笑顔を思い浮かべられたのだ。

 風がそよぐ音がする。ふわふわと気持ちのいい感じは天国を思わせる。少しだけ固い枕なのが嫌だけれど、あとは快適だ。僕は右に寝返りを打った。

「あれ?」

 鼻が何かに当たった。今気づいたけれど、寝息のようなものも聞こえてくる。目を開けると、そこには闇に染まった見覚えのある服がある。見上げていくと、傷ついた顎、半開きの唇、これまた傷つきの高い鼻、長い睫毛……。どう見てもこれはシリルだった。

「シリル?」

 夢の中にいる気がして、普段ではしないのにシリルの右頬を手で包んだ。夜風のせいか冷たい。それに手のひらがぴりぴりする。シリルはちゃんと生きているらしい。おそらく僕も助かったのだ。どうしてと思うけれど、シリルは目を閉ざしたままでいる。

「シリル?」

 よく寝ているようでシリルからの反応はない。

 傷だらけの頬を撫でながら、僕は自分が唇に吸い寄せられるのがわかった。きっとまたぴりぴりするはずなのに、やめればいいのに、下唇に唇を押し当てる。唇に痛みが来るけれど、まだ大丈夫。一度離れて、今度は上唇に押し当てたとき、「ウルゼル」と声を聞いた。起きたのだ。

「シリル!」

 離れようと後ろにひいたのに、シリルの腕がそうさせなかった。後頭部がぴりぴりする。

「ウルゼル。よかった、心配した」

「お、大げさだよ」

 やわらかい顔が急に険しくなる。

「でも、お前も悪いんだからな。弱い男と一緒にあんな森に行くからこんな目に会うんだ」

「弱い男って火の使い手は強いよ」

「だとしても、お前を守れなかった。ひとりで逃げた」

「あれは魔物が強かったからだよ」

「俺は倒したけど」

「倒したの! すげえ」

「すげえって……」

 なぜかシリルの目線が外れる。横顔が何を考えているのか、よくわからない。変なの。

「でも、何でシリルがいたんだ?」

「そ、それは」なぜか言いにくそうなシリルだけれど、

「まあいいや。助かったし。ありがと」

 また目線を外したシリルを見ていて、思い出したことがあった。僕が傷をはじめて癒したのは、シリルだったということだ。

 そのとき、「ありがとう」と言われてヒーロー気分を味わった。でも、ヒーローはシリルだったのだ。僕を助けようとして傷だらけになったのだから。

 あのときのように、また傷を治してあげたい。シリルの頬に手を置いた。なぜだか、シリルの頬はとても熱かった。

[おわり]
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