【赤僕】こいつらこれでも付き合ってないんだぜ(綾見様)
授業開始のチャイムと共に、担当教師が賑やかないつものクラスの教室より広めの――特別学習室へ入ってきた。
「適当に席着けー。いつもと違うからって浮き足立つなよー」
「拓也とこーやって机並べるなんて、小学生以来だなー」
「そうだねー」
授業が始まる中、違うクラスの拓也と後藤が肩を並べて着席しているその後ろには、広瀬と藤井が肩を並べていた。
何故このような現象が起こっているかというと、教育委員会からの何ちゃらの「研究授業」の一環とかで、2クラス合同授業が実施されているからだった。
教科は社会科。課題は郷土の歴史を研究するとかで、地元の歴史を学ぶ授業のようだが。
(そーいや、中学入ってから俺榎木と同じクラスになったことなかったから……制服で授業受けてる榎木って初めてだな……)
爽やかな春の風はだいぶ暖かく、時間と共に気温も上昇すると厚手の学ランは暑く、お昼間近な3限目ともなるとそれを脱ぎ、下のシャツになっている男子生徒は少なくない。
例に漏れず、藤井も広瀬も前に座る後藤もカッターシャツになっており、それは拓也も同じだった。
無意識に眺めるは薄い白いシャツ越しに見える背中の輪郭。
(やっぱ……華奢だよなー、肩とか……)
華奢だけど、体育では抜群の運動神経を見せる。
走ればトップクラスのタイムを出し、バスケをやればキレイなフォームで跳ぶ。水泳だってそうだ。
(体力というより、運動「神経」の名の通りセンスがいいんだな、きっと)
その証拠に、他のスポーツに比べ長距離は少し苦手。短距離はあんなに速いのに。……そんなところが可愛いんだけど。
そんなことを考えながら、藤井はだいぶ筋肉がついてがっしりしてきた自分の腕を袖の上から掴む。
(腕も…俺より随分細っこいよな)
「……ふじーくん!」
「はっ!?」
気がついたら、拓也と後藤が後ろを振り向いていた。
「どうしたの?上の空で……気分悪い?」
拓也は心配そうに言うが。
「あー…多分榎木は気にしなくていいぞ」
「そうそう、どーせ拓也の背中見ながら色々考えてたんだ――…」
広瀬の言葉に続いて言う後藤の言葉を遮るように、藤井のペンケースが後藤の頭にヒットした。
「ご、ゴンちゃん!!」
「いてーふじーヒデェ!」
頭を押さえて訴える後藤に「大丈夫?」と拓也が後藤の頭を撫でていると、教師から声がかかった。
「おーい、そこはグループまとまったのか?」
「はいっ!!」
慌てて拓也が返事をする。
「グループ?」
教師のところにメンバーの名前を書いたプリントを持って行く拓也を見ながら藤井が憮然と「何のことだ?」と訊くと、呆れた顔をして広瀬が答えた。
「お前、本当に何も聞いてなかったんだな。グループ研究。俺と後藤と榎木とお前。最初それでいいか?って聞こうとしてたの!」
「あぁ、そういうこと」
そこに丁度戻ってきた拓也がにっこり笑って言った。
「そういうわけで、よろしくね藤井君」
その笑顔と言葉に、藤井の目の前がキラキラしたことは言うまでも、ない。
グループが決まったら、何について調べるかを各班で決める。
「どうしよっか」
「熊ノ井の歴史とか文化の歩みとかだろー郷土博物館で資料集めとか?」
「図書館でもいいかな」
「でもそれだと、他の班とカブリまくりそうだよな」
「あー…そうなると評価ハードル高くなりそうだな」
「名産品食べ比べとか♪」
「それはゴンちゃんが食べたいだけでしょ」
あーだこーだと意見を出し合いながら、うーんと考える。
「――あっ!なんか隣町に記念館なかったっけ?」
「あー何かあったな。確かすっげマイナーな歌人だっけ?」
「よく知らんけど、記念館はあるのは分かる」
「ゴメン俺さっぱりだわ」
拓也の提案に各々反応を示す。
因みにさっぱり野郎は後藤である。
「熊ノ井に縁(ゆかり)のある歴史上の人物ならそれ一本でテーマになるし、記念館なら、一通り資料になるパンフとかプリントとかありそうだし、まとめやすいんじゃないかな」
「そうだな」
「じゃ、今週土曜日にでもみんなで行くか」
「じゃー、11時頃バス停で待ち合わせっちゅーことで」
「おー」
サクサクと決まり、まだ若干授業終了までに時間が残った。
まだ他の班がワイワイと話し合いがされている中、残り時間は着席の状態とはいえ自由である。
(流石榎木、采配力も抜群)
小学校の頃から室長やらクラス委員を任されてきただけのことはある。
小6の時、「自分は不器用だ」と言っていた時もあったが、それでもきっちりと役目を熟し、経験として自分の糧にできている。
藤井が拓也の代わりに担任に言われてプリントを集めた際、あっさり全員分集まってしまったことに、自分の不甲斐なさを(珍しく)逆ギレして訴えられたことがあったが、それだってたまたま全員が提出物を持ってきていたというだけだし、そもそも拓也が悪いわけではない。
そういうところも責任を感じてしまうところが真面目すぎて、それでがんじがらめになる時もあるが、だからこそ、つい手を差し伸べてしまいたくなるし、実際差し伸べたこともあった。
中学になってから運悪く同じクラスになれなくて、すぐに助けてやれない距離にいるのがもどかしい時があるが、多分きっと、小6の頃よりずっと上手く立ち振る舞うことが出来ているんだろうな、と藤井は思った。
「まーた藤井君寝てるー。一応まだ授業中だよー」
後藤と広瀬と会話を繰り広げていたと思ったら、不意に話しかけられた。
「……寝てねーよ」
お前のこと考えてたんだよ、とは胸の中だけで呟き。
(鈍感)
そんなところも可愛いんだけど。
約束の週末。
4人は予定通り隣町の記念館に来ていた。
マイナーすぎるとされるその歌人の記念館は、数人の職員以外の人は殆どおらず、閑散としていた。
「中学生4人」
「珍しいですね、中学生のしかも男の子ばかり」
受け付けの男性に入場チケットの半券を渡されながら言われ、「学校の郷土研究で、こちらをテーマにしようと思って……あ、写真も撮って大丈夫ですか?」と拓也が訊ねると「どうぞどうぞ。へー研究かぁ。あ、パンフレットもどうぞ」と人数分薄い冊子を渡された。
「所々にあるプリントや配布用資料も持ってっていいから。研究頑張って」
「有難うございます」
愛想のいい初老に差し掛かったであろう感じのその人に見送られ、4人は建物の中に入っていった。
館内に足を進めると、ガラス展示ケースの中に、歌が書かれた掛け軸や、実際に使われていたとされる筆、書物などが並べられていた。
無言で眺めるそれに、後藤がまず第一声を上げる。
「やっぱ面白いモンでもねーな」
「まあ…それを言っちゃぁ…」
苦笑気味に応える拓也。
「こういうのはさ、興味出てきた年齢に来ると面白いんだよ。小中学校の修学旅行の京都・奈良で、仏閣巡りするのと同じ。ああいうの、大人は楽しいみたいだけど、子供には良さ分かんなくてつまんねーもん」
「確かに景色がキレーとか、八つ橋おいしーとか、そういうのしか覚えてないなー」
納得のいく広瀬の理屈に応えながら拓也はふと、紅南小学校の修学旅行のことを思い出した。
(ああ、そして、女子が何かモメてたっけ……)
思いがけずそのモメ事に巻き込まれた拓也は、正直あの場は槍溝に助けられたと思っている。
そもそも男子と女子とでは、起こる争いのその原因も内容も全く異なるのだから、経験を積んだ大人ならともかく、まだ子供で同い年の異性に助けを求められたって困る。
「俺は、拓也と藤井の所帯染みた会話が印象的だぞ」
「は?何それ?」
「そんな会話してたっけ?」「してたしてたー育児ノイローゼがどうとかって」と後藤と拓也が話していると、先を歩いていた藤井が声をかけた。
「こっち、生い立ちとか書いてある。早く回っちまって昼飯食い行こうぜ」
それもそうだとガラスケースの展示品の写真を撮りつつ、生い立ちから生涯までまとめられた資料や歌の解説、熊ノ井との関連性と功績、その時の時代背景などの書かれたプリントなど、一通り研究資料を集めていった。
館内の最終地点から矢印通りに進むと、屋外に出た。
そこはこじんまりとした庭園になっていた。
「あ、外に出るんなら、俺、先にちょっとトイレ行ってくるわ」
「俺も」
後藤と広瀬が館内に戻って行くのを「いってらっしゃーい」と見送る。
出入り口の案内板に、歌人のゆかりある植物で庭園を彩られている旨が記されていた。
「…先、二人で行ってるか?」
「あ、うん!」
歩く石畳の脇を彩る小さな花や樹木には、それに因んで詠われた歌と解説が設置されたボードに書かれてある。
「うっかり見落とすとこだったね。みんな植物とか興味なさそうだから、スルーしそうだもん」
「そうだな」
一つ一つの草花を観察しながら、ゆっくりと歩みを進める。
綺麗に咲き誇る花は藤井がデジカメに収めて、拓也がその歌をノートに書き留めていく。
「これはまだ蕾なんだね。花がまだついていないのは、植物名と歌だけでいっか……とと」
握り直そうとした拓也の手からシャーペンが転がり落ちた。
そんなに距離が空いていない二人の間の足元に落ちたそれを拾おうと、二人同時にかがみ込む。
「わっと、ゴメン、藤井く――…」
「あ……」
二人同時に上げた顔は思いのほか、至近距離で……。
「ゴ、ゴメン!」
「いや、こっちこそっ」
ぱっと距離を離し、拓也は咄嗟に藤井に背中を向けた。
(近い近い近い近い――――ぃ)
ドキドキと速る心臓に戸惑う拓也の後ろで藤井は、拾い損ねたシャーペンを拾った。
「榎木、シャーペン」
「あ、ありがと……」
受け取りながらも、顔を上げることができない。
二人の間に流れる沈黙は、何を意味するのか相手は何を思っているのか――――。
「……あ、あっち!あっちの方に、また別の花が咲いてるよ藤井君!」
沈黙を破るように、咄嗟に反対側を指差し駆けていく拓也。
「榎木!」
藤井も慌てて拓也を追う。
「今いちばんいい季節だから、ホント綺麗……」
「ああ、そうだな」
愛でるように微笑み花を眺める拓也の横顔を、藤井は花を撮るフリをしてこっそりシャッターを切った。
「――なあ、アレはどうすればいい?」
「どうするも何も、今行ったら俺たち超KY野郎だよな」
トイレから出て二人を追った後藤と広瀬だが、傍から見たら、何とも言い難い雰囲気の同級生二人が数メートル先にいた。
状況としては、藤井が拓也にシャーペンを渡している、ただそれだけ。
でも醸し出す雰囲気は、今二人に近寄ったら馬に蹴られるかもね、な空気。
「アイツら、付き合ってんの?」
広瀬が後藤に訊く。
「いんや、まだのハズ」
後藤も戸惑いを隠せない。
「恐らく、拓也自身自分の状態に気づいてないだろうし……」
「え、マジで!?あんだけオーラ出してて!?」
「甘いな。拓也は自分のことと恋愛のことは超絶鈍感だぜ。即ち、ニブニブカテゴリィのダブルコンボ」
だから俺がいつでも恋愛アドバイザーとして拓也からの相談を待ってるというのに、ちっともなんだぜーと、クネクネダンスを踊りだす。
「アイツ、周りのことには敏感に反応して気ィ遣いーなのに、何でだ。そしてお前は言ってることとやってることにツッコミ所満載だな」
呆れ顔で後藤を冷ややかに睨みつけると、広瀬は踵を返し、もう一度館内の方に戻って行く。
「お前のその顔で睨まれると怖ぇな。って、拓也たちンとこ行かねえの?」
「アレじゃ行かねえ方がいいだろ。どうせ榎木のことだから、俺らいなくても一通り見て帰ってくるだろうし」
出入り口脇に設置された簡素な長ソファーにドカッと腰を下ろす。
「資料として必要だと思ったら、しっかりメモも録ってくるだろ」
「まあ、拓也だからな」
というわけで、堂々とサボリを決め込む二人だった。
それから広瀬の言う通り、しっかり庭園を一回りし、きっちりメモを録って戻ってきた拓也に、こっぴどくお小言を言われた後藤。
「え、何で俺だけ!?」
「日頃の行いだろ」
「お前、館内でも大したことしてなかっただろ」
「じゃ、資料まとめはゴンちゃんにやってもらおうかな」
「ヒデェ!拓也ぁ…」
ムリですごめんなさいと、縋り付く後藤にクスリと笑い「ウソウソ。さ、遅くなっちゃったけど、ここ出てお昼食べ行こっか」と提案する。
「あ、藤井君、僕 写真プリントしに行こうか?」
バスに乗り込んで、拓也がデータ預かるよと申し出るが。
「あぁ、ついでがあるし、俺やっとくからいいよ」
「そ?じゃ、ちゃんとプリント代教えてね。4人で割るから」
「ん。わかった」
(こっそり撮った榎木の写真、バレるわけにはいかねぇもんな)
ポケットの中でカメラから抜き取ったSDカードを藤井はギュッと握り締めた。
次の合同授業の日。
集めた資料を元に、要点をまとめて発表に使うポスターを作成する。
「ねえ、藤井君。ここのところさ……」
「それよりこっちの方がよくねえか?……」
「おい後藤、お前字ぃヘッタクソだな」
「へ?そうか?」
完全グループ作業になっているこの授業、グループ内でも各々の役割は自然と出来、後藤と広瀬はポスターのレイアウト担当、藤井と拓也は仲良く話しながらレポートをまとめている。
「おい、榎木。後藤よりお前ポスターの方がよくねーか?」と広瀬が拓也に声をかけるが、
「え?でも僕レイアウトとか苦手だし…ゴンちゃんの方がセンスいいよ。それに、広瀬君のセンスがいいもの。そっちは二人に任せたいな」
「それだし、後藤より榎木の方が文章まとめるの上手いから、後藤こっちによこされても俺が困る」
ニッコリ笑顔の拓也と飄々とした態度でトレードを拒否する二人。
「拓也はともかく、藤井、俺に対してそれ失礼じゃねーか?間違っちゃいないけど」
「間違ってないなら、別にいいじゃねーか」
(お前らお互いがお互いに一緒に作業したいだけじゃねぇの!?)
「拓也ー藤井がひどいー」「ゴンちゃん…」とわぁわぁと騒いでいる三人を軽く睨み溜め息を吐く広瀬。
「おい、とっとと続きやるぞ後藤」
「おう」
そしてもう一度チラリと二人を盗み見て、もう一度溜め息。
「こいつらこれでも付き合ってないんだぜー」状態を合同授業の期間が終了するまで見せ付けられるというのか。
「お前も大変な位置にいるもんだな」
「は?」
ここに私立中学に進学したヤツの親友・森口がいたら、また違ったのだろうか……と、一瞬よぎったが。
(後藤より藤井の扱い上手そうだしな)
まあ、どちらにせよ、早くこの授業終わってくれないかと思う広瀬だった。
「適当に席着けー。いつもと違うからって浮き足立つなよー」
「拓也とこーやって机並べるなんて、小学生以来だなー」
「そうだねー」
授業が始まる中、違うクラスの拓也と後藤が肩を並べて着席しているその後ろには、広瀬と藤井が肩を並べていた。
何故このような現象が起こっているかというと、教育委員会からの何ちゃらの「研究授業」の一環とかで、2クラス合同授業が実施されているからだった。
教科は社会科。課題は郷土の歴史を研究するとかで、地元の歴史を学ぶ授業のようだが。
(そーいや、中学入ってから俺榎木と同じクラスになったことなかったから……制服で授業受けてる榎木って初めてだな……)
爽やかな春の風はだいぶ暖かく、時間と共に気温も上昇すると厚手の学ランは暑く、お昼間近な3限目ともなるとそれを脱ぎ、下のシャツになっている男子生徒は少なくない。
例に漏れず、藤井も広瀬も前に座る後藤もカッターシャツになっており、それは拓也も同じだった。
無意識に眺めるは薄い白いシャツ越しに見える背中の輪郭。
(やっぱ……華奢だよなー、肩とか……)
華奢だけど、体育では抜群の運動神経を見せる。
走ればトップクラスのタイムを出し、バスケをやればキレイなフォームで跳ぶ。水泳だってそうだ。
(体力というより、運動「神経」の名の通りセンスがいいんだな、きっと)
その証拠に、他のスポーツに比べ長距離は少し苦手。短距離はあんなに速いのに。……そんなところが可愛いんだけど。
そんなことを考えながら、藤井はだいぶ筋肉がついてがっしりしてきた自分の腕を袖の上から掴む。
(腕も…俺より随分細っこいよな)
「……ふじーくん!」
「はっ!?」
気がついたら、拓也と後藤が後ろを振り向いていた。
「どうしたの?上の空で……気分悪い?」
拓也は心配そうに言うが。
「あー…多分榎木は気にしなくていいぞ」
「そうそう、どーせ拓也の背中見ながら色々考えてたんだ――…」
広瀬の言葉に続いて言う後藤の言葉を遮るように、藤井のペンケースが後藤の頭にヒットした。
「ご、ゴンちゃん!!」
「いてーふじーヒデェ!」
頭を押さえて訴える後藤に「大丈夫?」と拓也が後藤の頭を撫でていると、教師から声がかかった。
「おーい、そこはグループまとまったのか?」
「はいっ!!」
慌てて拓也が返事をする。
「グループ?」
教師のところにメンバーの名前を書いたプリントを持って行く拓也を見ながら藤井が憮然と「何のことだ?」と訊くと、呆れた顔をして広瀬が答えた。
「お前、本当に何も聞いてなかったんだな。グループ研究。俺と後藤と榎木とお前。最初それでいいか?って聞こうとしてたの!」
「あぁ、そういうこと」
そこに丁度戻ってきた拓也がにっこり笑って言った。
「そういうわけで、よろしくね藤井君」
その笑顔と言葉に、藤井の目の前がキラキラしたことは言うまでも、ない。
グループが決まったら、何について調べるかを各班で決める。
「どうしよっか」
「熊ノ井の歴史とか文化の歩みとかだろー郷土博物館で資料集めとか?」
「図書館でもいいかな」
「でもそれだと、他の班とカブリまくりそうだよな」
「あー…そうなると評価ハードル高くなりそうだな」
「名産品食べ比べとか♪」
「それはゴンちゃんが食べたいだけでしょ」
あーだこーだと意見を出し合いながら、うーんと考える。
「――あっ!なんか隣町に記念館なかったっけ?」
「あー何かあったな。確かすっげマイナーな歌人だっけ?」
「よく知らんけど、記念館はあるのは分かる」
「ゴメン俺さっぱりだわ」
拓也の提案に各々反応を示す。
因みにさっぱり野郎は後藤である。
「熊ノ井に縁(ゆかり)のある歴史上の人物ならそれ一本でテーマになるし、記念館なら、一通り資料になるパンフとかプリントとかありそうだし、まとめやすいんじゃないかな」
「そうだな」
「じゃ、今週土曜日にでもみんなで行くか」
「じゃー、11時頃バス停で待ち合わせっちゅーことで」
「おー」
サクサクと決まり、まだ若干授業終了までに時間が残った。
まだ他の班がワイワイと話し合いがされている中、残り時間は着席の状態とはいえ自由である。
(流石榎木、采配力も抜群)
小学校の頃から室長やらクラス委員を任されてきただけのことはある。
小6の時、「自分は不器用だ」と言っていた時もあったが、それでもきっちりと役目を熟し、経験として自分の糧にできている。
藤井が拓也の代わりに担任に言われてプリントを集めた際、あっさり全員分集まってしまったことに、自分の不甲斐なさを(珍しく)逆ギレして訴えられたことがあったが、それだってたまたま全員が提出物を持ってきていたというだけだし、そもそも拓也が悪いわけではない。
そういうところも責任を感じてしまうところが真面目すぎて、それでがんじがらめになる時もあるが、だからこそ、つい手を差し伸べてしまいたくなるし、実際差し伸べたこともあった。
中学になってから運悪く同じクラスになれなくて、すぐに助けてやれない距離にいるのがもどかしい時があるが、多分きっと、小6の頃よりずっと上手く立ち振る舞うことが出来ているんだろうな、と藤井は思った。
「まーた藤井君寝てるー。一応まだ授業中だよー」
後藤と広瀬と会話を繰り広げていたと思ったら、不意に話しかけられた。
「……寝てねーよ」
お前のこと考えてたんだよ、とは胸の中だけで呟き。
(鈍感)
そんなところも可愛いんだけど。
約束の週末。
4人は予定通り隣町の記念館に来ていた。
マイナーすぎるとされるその歌人の記念館は、数人の職員以外の人は殆どおらず、閑散としていた。
「中学生4人」
「珍しいですね、中学生のしかも男の子ばかり」
受け付けの男性に入場チケットの半券を渡されながら言われ、「学校の郷土研究で、こちらをテーマにしようと思って……あ、写真も撮って大丈夫ですか?」と拓也が訊ねると「どうぞどうぞ。へー研究かぁ。あ、パンフレットもどうぞ」と人数分薄い冊子を渡された。
「所々にあるプリントや配布用資料も持ってっていいから。研究頑張って」
「有難うございます」
愛想のいい初老に差し掛かったであろう感じのその人に見送られ、4人は建物の中に入っていった。
館内に足を進めると、ガラス展示ケースの中に、歌が書かれた掛け軸や、実際に使われていたとされる筆、書物などが並べられていた。
無言で眺めるそれに、後藤がまず第一声を上げる。
「やっぱ面白いモンでもねーな」
「まあ…それを言っちゃぁ…」
苦笑気味に応える拓也。
「こういうのはさ、興味出てきた年齢に来ると面白いんだよ。小中学校の修学旅行の京都・奈良で、仏閣巡りするのと同じ。ああいうの、大人は楽しいみたいだけど、子供には良さ分かんなくてつまんねーもん」
「確かに景色がキレーとか、八つ橋おいしーとか、そういうのしか覚えてないなー」
納得のいく広瀬の理屈に応えながら拓也はふと、紅南小学校の修学旅行のことを思い出した。
(ああ、そして、女子が何かモメてたっけ……)
思いがけずそのモメ事に巻き込まれた拓也は、正直あの場は槍溝に助けられたと思っている。
そもそも男子と女子とでは、起こる争いのその原因も内容も全く異なるのだから、経験を積んだ大人ならともかく、まだ子供で同い年の異性に助けを求められたって困る。
「俺は、拓也と藤井の所帯染みた会話が印象的だぞ」
「は?何それ?」
「そんな会話してたっけ?」「してたしてたー育児ノイローゼがどうとかって」と後藤と拓也が話していると、先を歩いていた藤井が声をかけた。
「こっち、生い立ちとか書いてある。早く回っちまって昼飯食い行こうぜ」
それもそうだとガラスケースの展示品の写真を撮りつつ、生い立ちから生涯までまとめられた資料や歌の解説、熊ノ井との関連性と功績、その時の時代背景などの書かれたプリントなど、一通り研究資料を集めていった。
館内の最終地点から矢印通りに進むと、屋外に出た。
そこはこじんまりとした庭園になっていた。
「あ、外に出るんなら、俺、先にちょっとトイレ行ってくるわ」
「俺も」
後藤と広瀬が館内に戻って行くのを「いってらっしゃーい」と見送る。
出入り口の案内板に、歌人のゆかりある植物で庭園を彩られている旨が記されていた。
「…先、二人で行ってるか?」
「あ、うん!」
歩く石畳の脇を彩る小さな花や樹木には、それに因んで詠われた歌と解説が設置されたボードに書かれてある。
「うっかり見落とすとこだったね。みんな植物とか興味なさそうだから、スルーしそうだもん」
「そうだな」
一つ一つの草花を観察しながら、ゆっくりと歩みを進める。
綺麗に咲き誇る花は藤井がデジカメに収めて、拓也がその歌をノートに書き留めていく。
「これはまだ蕾なんだね。花がまだついていないのは、植物名と歌だけでいっか……とと」
握り直そうとした拓也の手からシャーペンが転がり落ちた。
そんなに距離が空いていない二人の間の足元に落ちたそれを拾おうと、二人同時にかがみ込む。
「わっと、ゴメン、藤井く――…」
「あ……」
二人同時に上げた顔は思いのほか、至近距離で……。
「ゴ、ゴメン!」
「いや、こっちこそっ」
ぱっと距離を離し、拓也は咄嗟に藤井に背中を向けた。
(近い近い近い近い――――ぃ)
ドキドキと速る心臓に戸惑う拓也の後ろで藤井は、拾い損ねたシャーペンを拾った。
「榎木、シャーペン」
「あ、ありがと……」
受け取りながらも、顔を上げることができない。
二人の間に流れる沈黙は、何を意味するのか相手は何を思っているのか――――。
「……あ、あっち!あっちの方に、また別の花が咲いてるよ藤井君!」
沈黙を破るように、咄嗟に反対側を指差し駆けていく拓也。
「榎木!」
藤井も慌てて拓也を追う。
「今いちばんいい季節だから、ホント綺麗……」
「ああ、そうだな」
愛でるように微笑み花を眺める拓也の横顔を、藤井は花を撮るフリをしてこっそりシャッターを切った。
「――なあ、アレはどうすればいい?」
「どうするも何も、今行ったら俺たち超KY野郎だよな」
トイレから出て二人を追った後藤と広瀬だが、傍から見たら、何とも言い難い雰囲気の同級生二人が数メートル先にいた。
状況としては、藤井が拓也にシャーペンを渡している、ただそれだけ。
でも醸し出す雰囲気は、今二人に近寄ったら馬に蹴られるかもね、な空気。
「アイツら、付き合ってんの?」
広瀬が後藤に訊く。
「いんや、まだのハズ」
後藤も戸惑いを隠せない。
「恐らく、拓也自身自分の状態に気づいてないだろうし……」
「え、マジで!?あんだけオーラ出してて!?」
「甘いな。拓也は自分のことと恋愛のことは超絶鈍感だぜ。即ち、ニブニブカテゴリィのダブルコンボ」
だから俺がいつでも恋愛アドバイザーとして拓也からの相談を待ってるというのに、ちっともなんだぜーと、クネクネダンスを踊りだす。
「アイツ、周りのことには敏感に反応して気ィ遣いーなのに、何でだ。そしてお前は言ってることとやってることにツッコミ所満載だな」
呆れ顔で後藤を冷ややかに睨みつけると、広瀬は踵を返し、もう一度館内の方に戻って行く。
「お前のその顔で睨まれると怖ぇな。って、拓也たちンとこ行かねえの?」
「アレじゃ行かねえ方がいいだろ。どうせ榎木のことだから、俺らいなくても一通り見て帰ってくるだろうし」
出入り口脇に設置された簡素な長ソファーにドカッと腰を下ろす。
「資料として必要だと思ったら、しっかりメモも録ってくるだろ」
「まあ、拓也だからな」
というわけで、堂々とサボリを決め込む二人だった。
それから広瀬の言う通り、しっかり庭園を一回りし、きっちりメモを録って戻ってきた拓也に、こっぴどくお小言を言われた後藤。
「え、何で俺だけ!?」
「日頃の行いだろ」
「お前、館内でも大したことしてなかっただろ」
「じゃ、資料まとめはゴンちゃんにやってもらおうかな」
「ヒデェ!拓也ぁ…」
ムリですごめんなさいと、縋り付く後藤にクスリと笑い「ウソウソ。さ、遅くなっちゃったけど、ここ出てお昼食べ行こっか」と提案する。
「あ、藤井君、僕 写真プリントしに行こうか?」
バスに乗り込んで、拓也がデータ預かるよと申し出るが。
「あぁ、ついでがあるし、俺やっとくからいいよ」
「そ?じゃ、ちゃんとプリント代教えてね。4人で割るから」
「ん。わかった」
(こっそり撮った榎木の写真、バレるわけにはいかねぇもんな)
ポケットの中でカメラから抜き取ったSDカードを藤井はギュッと握り締めた。
次の合同授業の日。
集めた資料を元に、要点をまとめて発表に使うポスターを作成する。
「ねえ、藤井君。ここのところさ……」
「それよりこっちの方がよくねえか?……」
「おい後藤、お前字ぃヘッタクソだな」
「へ?そうか?」
完全グループ作業になっているこの授業、グループ内でも各々の役割は自然と出来、後藤と広瀬はポスターのレイアウト担当、藤井と拓也は仲良く話しながらレポートをまとめている。
「おい、榎木。後藤よりお前ポスターの方がよくねーか?」と広瀬が拓也に声をかけるが、
「え?でも僕レイアウトとか苦手だし…ゴンちゃんの方がセンスいいよ。それに、広瀬君のセンスがいいもの。そっちは二人に任せたいな」
「それだし、後藤より榎木の方が文章まとめるの上手いから、後藤こっちによこされても俺が困る」
ニッコリ笑顔の拓也と飄々とした態度でトレードを拒否する二人。
「拓也はともかく、藤井、俺に対してそれ失礼じゃねーか?間違っちゃいないけど」
「間違ってないなら、別にいいじゃねーか」
(お前らお互いがお互いに一緒に作業したいだけじゃねぇの!?)
「拓也ー藤井がひどいー」「ゴンちゃん…」とわぁわぁと騒いでいる三人を軽く睨み溜め息を吐く広瀬。
「おい、とっとと続きやるぞ後藤」
「おう」
そしてもう一度チラリと二人を盗み見て、もう一度溜め息。
「こいつらこれでも付き合ってないんだぜー」状態を合同授業の期間が終了するまで見せ付けられるというのか。
「お前も大変な位置にいるもんだな」
「は?」
ここに私立中学に進学したヤツの親友・森口がいたら、また違ったのだろうか……と、一瞬よぎったが。
(後藤より藤井の扱い上手そうだしな)
まあ、どちらにせよ、早くこの授業終わってくれないかと思う広瀬だった。