歪曲恋愛
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目が覚めた時は見知らぬ部屋だった。
やけに広く、眺めのいい部屋。
柔らかなソファに転がされていたらしい。
身体をさすってみても痛みはなくて、乱暴された様子もない。臓器も取られてはないだろう。
「あぁ、起きた?」
「奈倉、さん」
声の先には先程の爽やかな表情とは打って変わって、胡散臭い笑みを浮かべた奈倉さんの姿。彼はまるで何も気にしてない素振りでキャスターのついた椅子に腰かける。
どうして、という言葉はすぐに飲み込んだ。自分が悪いのだ。迂闊にもネットだけのやりとりで信用してここまで来てしまった。彼の狙いがわからないうちは大人しくした方が身のためなのだろう。
「……へぇ?」
じっと奈倉さんを見据えれば、彼は愉快そうに笑う。
「意外だね。君は泣くか怒るかすると思ったんだけど」
「どうして私を誘拐したんですか。
私の家族はあなたがご存知の通り、
ほぼ絶縁状態にあるので身代金なら用意しないと思いますよ」
ある程度家族のことも話していた。
それなりに裕福だということも知られているはず。だとしたら彼の目的は身代金なのだろうか。
「まさか。金には困ってないよ。この部屋を見てわかると思うけど」
改めて部屋を見回す。実家にいた頃と同じような部屋の大きさ。都会でこの規模と考えると家賃は相当高いだろう。
「それに、ここの他にも部屋を借りれるぐらいには
困ってないんだよね」
ここは住居ではないということなのだろうか。
ミニマリストといえばそうかもしれないが、物が無さすぎて生活感のない部屋。手の内を全て晒してしまった自分に対し、奈倉さんはなにも晒してない、ということなのか。
「でも、女にも困ってないだろうし…」
彼は顔が整っている方だと思う。そんな人がわざわざ田舎娘を捕まえる趣味はないだろう。考え込んでいると、奈倉さんは目の前までやってくる。
「さて、君をここに連れてきたのはなんででしょう」
ぎ、と音を立ててソファーが沈んだ。顔を覗き込まれて息が詰まる。男性慣れなどしていない。
「離れてください」
やんわりと肩を押すと、奈倉さんはすっと離れていく。
「正解はね、君の絶望する顔が見たかったから」
「え……」
「もう気付いてるんだろ?
俺は君と同じ境遇だと嘘をついてたこと」
身体の中を冷たい何かが通り過ぎていく。
奈倉さんは自分が家族の歪さに気付いてからずっと、自分の話を親身になって聞いてくれた。そして、自分も同じ境遇なのだと言った。自分だけじゃない、それだけでどれほど自分が救われていたのか。
「それは、」
気絶させられた時、騙されたのだとはっきりわかった。でもやっぱり心のどこかで信じたい気持ちはあったから、彼が決定的なことを言って、また悲しみが込み上げてくる。でも、それ以上に自分を支配しているのは虚無感だ。
「君は泣かないんだね」
「泣いたってどうしようもないでしょう。
それで、私をどうするつもりなんですか」
「別にどうもしないよ」
「奈倉さんが何をしたいのか、私にはわかりません」
彼の口元は笑っているのに、目は笑っていない。
額に嫌な汗が滲む。男女の力の差なんてわかりきっている。逃げられる確率は低い。どれだけ絶望しても私はまだ生きていたいんだと嫌でも思い知る。
「単純に興味だよ。君みたいなお花畑でぬくぬくと育ってきた女の子が絶望し、同じ境遇の人間と出会った時の反応と――その人間に騙されていたことを知って絶望した時の反応と。
まぁ、つまらない反応だったけど、俺の予想通りではなかったから少しは楽しめたかな」
「……はぁ、」
予想外の言葉に自分でも驚くほど間抜けな声が出た。
何、その理由。なにか意味があるの?この人、おかしいのかもしれない。
「えぇっと、とりあえず帰っていいってことであってます?」
「君、本当に状況理解できてる?怒るところじゃないの?」
「それは、あなたの行動が意味不明すぎて理解できなくて困惑してますけど。でもきっとあなたがいなかったら私は今もあの家で知らないふりを続けてた。」
彼が私を騙してたとかそういうのは一旦抜きにして考えれば、自分にプラスになることもあった。
あの時、ひとりじゃ抱えきれない思いを受け止めてくれたのは他でもない彼だ。欲しい言葉もくれた。
「私が家を出るきっかけをくれたのは間違いないのでそこは感謝してます」
「……ふーん」
つまらなそうに彼は私を見ている。
今後奈倉さんに相談事をすることも、関わることもないだろう。友人のように思っていたから、それは少し寂しいけれど。
「じゃあ、ありがとうございました」
ソファーから立ち上がってぺこりと頭を下げる。
奈倉さんはヒラヒラと手を振った。彼の中で用済みになったのだろう。完全に興味を失ったようだった。
おそらく玄関がある方へと歩き出して、ドアに手をかけたところで私は動きを止める。
「……あ」
そこで困ったことをひとつ思い出す。
「あの、最後に1個お願いしたいんですけど」
「ん?」
「ここ、新宿ですか?
駅まで送って欲しいんですけど」
「……この状況でそんなこと頼むの?」
訝しげな目でこちらを見られても困る。そもそもこの場所に連れてきたのは奈倉さんなのだから。
「私地図が得意じゃなくて、初めての場所だと確実に迷うんです」
友人を1人失った日
ようやく会えた恩人は意味不明な人で、
心の拠り所にしていた自分には大ダメージだけれど、これを機に友人を作れってことなのかな。
やけに広く、眺めのいい部屋。
柔らかなソファに転がされていたらしい。
身体をさすってみても痛みはなくて、乱暴された様子もない。臓器も取られてはないだろう。
「あぁ、起きた?」
「奈倉、さん」
声の先には先程の爽やかな表情とは打って変わって、胡散臭い笑みを浮かべた奈倉さんの姿。彼はまるで何も気にしてない素振りでキャスターのついた椅子に腰かける。
どうして、という言葉はすぐに飲み込んだ。自分が悪いのだ。迂闊にもネットだけのやりとりで信用してここまで来てしまった。彼の狙いがわからないうちは大人しくした方が身のためなのだろう。
「……へぇ?」
じっと奈倉さんを見据えれば、彼は愉快そうに笑う。
「意外だね。君は泣くか怒るかすると思ったんだけど」
「どうして私を誘拐したんですか。
私の家族はあなたがご存知の通り、
ほぼ絶縁状態にあるので身代金なら用意しないと思いますよ」
ある程度家族のことも話していた。
それなりに裕福だということも知られているはず。だとしたら彼の目的は身代金なのだろうか。
「まさか。金には困ってないよ。この部屋を見てわかると思うけど」
改めて部屋を見回す。実家にいた頃と同じような部屋の大きさ。都会でこの規模と考えると家賃は相当高いだろう。
「それに、ここの他にも部屋を借りれるぐらいには
困ってないんだよね」
ここは住居ではないということなのだろうか。
ミニマリストといえばそうかもしれないが、物が無さすぎて生活感のない部屋。手の内を全て晒してしまった自分に対し、奈倉さんはなにも晒してない、ということなのか。
「でも、女にも困ってないだろうし…」
彼は顔が整っている方だと思う。そんな人がわざわざ田舎娘を捕まえる趣味はないだろう。考え込んでいると、奈倉さんは目の前までやってくる。
「さて、君をここに連れてきたのはなんででしょう」
ぎ、と音を立ててソファーが沈んだ。顔を覗き込まれて息が詰まる。男性慣れなどしていない。
「離れてください」
やんわりと肩を押すと、奈倉さんはすっと離れていく。
「正解はね、君の絶望する顔が見たかったから」
「え……」
「もう気付いてるんだろ?
俺は君と同じ境遇だと嘘をついてたこと」
身体の中を冷たい何かが通り過ぎていく。
奈倉さんは自分が家族の歪さに気付いてからずっと、自分の話を親身になって聞いてくれた。そして、自分も同じ境遇なのだと言った。自分だけじゃない、それだけでどれほど自分が救われていたのか。
「それは、」
気絶させられた時、騙されたのだとはっきりわかった。でもやっぱり心のどこかで信じたい気持ちはあったから、彼が決定的なことを言って、また悲しみが込み上げてくる。でも、それ以上に自分を支配しているのは虚無感だ。
「君は泣かないんだね」
「泣いたってどうしようもないでしょう。
それで、私をどうするつもりなんですか」
「別にどうもしないよ」
「奈倉さんが何をしたいのか、私にはわかりません」
彼の口元は笑っているのに、目は笑っていない。
額に嫌な汗が滲む。男女の力の差なんてわかりきっている。逃げられる確率は低い。どれだけ絶望しても私はまだ生きていたいんだと嫌でも思い知る。
「単純に興味だよ。君みたいなお花畑でぬくぬくと育ってきた女の子が絶望し、同じ境遇の人間と出会った時の反応と――その人間に騙されていたことを知って絶望した時の反応と。
まぁ、つまらない反応だったけど、俺の予想通りではなかったから少しは楽しめたかな」
「……はぁ、」
予想外の言葉に自分でも驚くほど間抜けな声が出た。
何、その理由。なにか意味があるの?この人、おかしいのかもしれない。
「えぇっと、とりあえず帰っていいってことであってます?」
「君、本当に状況理解できてる?怒るところじゃないの?」
「それは、あなたの行動が意味不明すぎて理解できなくて困惑してますけど。でもきっとあなたがいなかったら私は今もあの家で知らないふりを続けてた。」
彼が私を騙してたとかそういうのは一旦抜きにして考えれば、自分にプラスになることもあった。
あの時、ひとりじゃ抱えきれない思いを受け止めてくれたのは他でもない彼だ。欲しい言葉もくれた。
「私が家を出るきっかけをくれたのは間違いないのでそこは感謝してます」
「……ふーん」
つまらなそうに彼は私を見ている。
今後奈倉さんに相談事をすることも、関わることもないだろう。友人のように思っていたから、それは少し寂しいけれど。
「じゃあ、ありがとうございました」
ソファーから立ち上がってぺこりと頭を下げる。
奈倉さんはヒラヒラと手を振った。彼の中で用済みになったのだろう。完全に興味を失ったようだった。
おそらく玄関がある方へと歩き出して、ドアに手をかけたところで私は動きを止める。
「……あ」
そこで困ったことをひとつ思い出す。
「あの、最後に1個お願いしたいんですけど」
「ん?」
「ここ、新宿ですか?
駅まで送って欲しいんですけど」
「……この状況でそんなこと頼むの?」
訝しげな目でこちらを見られても困る。そもそもこの場所に連れてきたのは奈倉さんなのだから。
「私地図が得意じゃなくて、初めての場所だと確実に迷うんです」
友人を1人失った日
ようやく会えた恩人は意味不明な人で、
心の拠り所にしていた自分には大ダメージだけれど、これを機に友人を作れってことなのかな。
