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死柄木弔。
彼の個性は相澤先生の肘を崩した。恐らく触れたものを壊す個性。
その手が蛙吹梅雨の顔に触れようと迫る。緑谷が咄嗟に庇う動きを見せた。だがそれよりも早く、瞬間移動したように現れたレイの蹴りに人形のように地面に転がってく。
「治田、さん?」
「ん。無事?」
「貴方のおかげで何ともないわ」
「そりゃよかった。ありったけの力を込めて蹴ったからね」
サムズアップされた親指と、緑谷と蛙吹と峰田を守ったその背中とても大きなものに見えた。A組で補欠だなんて信じられないほどの頼り甲斐ある姿だ。
「…ってぇ。なんなんだお前。なんの個性だよ訳わかんねぇ」
「いや何だよって…えぇー。こっちが聞きたいんだけど不法侵入者。そっちのは先生から降りろ」
サムズアップを逆にして脳みそ大男に突き付ける。バカ逃げろ、と先生が呻き声をを堪えながら発した言葉には従えない。ここで逃げたら、ヒーローじゃないよね。
3人を巻き込まないようにと警戒しながら一歩一歩踏みしめる。
「あー…さすがヒーローの卵。ムカつくよ……やれ脳無」
「んんッッッ!!!」
それが戦闘開始の合図。
あまりの速さに目の前に急に現れたように見えた脳無というコイツのパワーを上手く利用して避けながら蹴りを入れていくが、まるでダメージ負った様子がない。"衝撃吸収"か?
地面に落とされたパンチで陥没。"力"もかな。にしても、速い!
「なんで当たらないんだ…!!」
主犯格は首をガリガリかいて苛立った様子で脳無へ早く殺せと命令する。1段階早くなったスピードに舌打ちして、全身の力を抜いた。
レイが力を抜いたことが見るからにわかった。満身創痍な先生を敵から遠ざけて、見守ることしかできない4人は彼女に迫る拳に息を呑む。だが次の瞬間、宙で掴めない花びらのように、全ての拳を避けていた。
「す、ごい」
自分の身体の使い方をわかってる戦い方。できることを最大限に引き出す、決して簡単ではなが使いこなせている辺りかなりの努力をしたことが伺える。緑谷は、自分のものに出来ていない個性を想って拳を力強く握った。
「弱点、その剥き出た脳みそ?」
轟音の中でも彼女の声は良く響いた。
身体を捻って拳をよける。脚を上手く使って脳無の軸を崩す。
「イレイザー!!起きてたら"視て"!!」
先生がピクリと動いて髪をゆっくりと浮き上がる。個性発動の合図。レイは両手を地面について勢いよく飛び上がり、両足の蹴りが顎に炸裂する。
衝撃吸収の個性が一時的に消える。
脳にダイレクトに響いた衝撃はさすがに効いた。今まで見せなかったよろける姿。もしかしたら、勝てるかもしれない。そんな希望が緑谷の脳によぎった。
「いけえぇぇレイチェルぶっ飛ばせ!!!」
峰田も全力で応援を声にして届ける。
地面を強く蹴って天高く飛び上がる。
片足を軸に、地面と垂直になるように勢いよく回り始める。威力を強くするためだとすぐに気づく。
「倒れろおぉぉッッ!!!」
振り下ろされた脚が綺麗に入った。
白目を剥いた脳無が、ゆっくりと倒れた。
「イレイザー、無理しない程度でお願いします」
僅かに動いた頭が肯定を意味した。
だが僕の視線は別の方を見た。死柄木の姿がない。どこへ消えた。必死に辺りを見回す。だが次の瞬間、蛙吹さんの舌に胴体を引っ張られた。先生も一緒にその場から移動する。
何事かと、さっきまでいた場所に反射で見ると死柄木の鋭い眼光が髪と手の間から見えた。
間一髪だった。死柄木が地面を着いている手元はジワジワと崩れてチリになる。
「そっち狙ってんじゃねぇよ!!!」
彼女の怒声と共に僕らと死柄木の間に彼女が割って入った。それが合図だったかのように2人はぶつかり合う。治田さんは脚を。死柄木は手で、決定的な攻撃を与えようとする。
しかし治田さんが強いように死柄木も強い。
死柄木に靴を掴まれて塵にされ、掴んだ勢いで彼女を引いて首を掴み、地面へ落とす。
先生が肘を崩された光景がフラッシュバックするが、様子がおかしい。数秒は経過してるのに、彼女は苦しそうに呻くだけ。崩れ落ちることはなかった。
「…なんでだ?なんで死なないんだ。なんで生きてる死ねよクソガキ!!」
「し、ぬかよクソ野郎、が!!」
相澤先生の目は脳無に向いていた。ということは先生が個性を使ってるわけじゃない。
死柄木の足を払って転ばせて死柄木の手から逃れる。彼女は必死に酸素を吸い込んで咳き込む。
治田さんに追い討ちをかけるように彼女の先に見えた、立ち上がる大きな影。消えるように見えるほど素早く移動した先は彼女のすぐそばで、治田さんの息を飲む声が聞こえた気がした。
両腕が振り下ろされたのにはなんとか避けたが、それを追って横に振り払われる腕には当たった。
衝撃で軽く飛んだ彼女を追って脳無が拳を振るう。脚で受け止めようと防御の形をとった姿が、噴水に激突して血だらけになり動かなくなった。
このまま殺されてしまうんじゃないか。
圧倒的な力を前にそんな絶望が再び過ぎった。
しかし入口が大きな音を立てて破られる。
圧倒的存在感。
オールマイトだ。
ネクタイを引きちぎって堂々とする姿に味方には最大の安堵を。敵には強大な脅威を与える。
豪風が立ったと思えば、僕らはさっきまでとは違う場所にいた。あれ、と戸惑う峰田くんはすぐ側にいるオールマイトと、オールマイトに抱えられた治田さんに驚きの声を上げた。
「すまない相澤くん。遅くなってしまった」
「俺よりも、治田は…生きてるんですか」
両腕を折られた先生も充分重症だ。それでも生徒を心配する姿はヒーロー。オールマイトが慎重に下ろした姿は今にも死んでしまいそうなほど血塗れ。
「ぅ……ってぇ…」
「治田さん!え、待ってだめだよ休んで!」
小さく呻いて、すぐにでも立ち上がろうと動く姿に慌てて制止をかける。僕の声に腰を下ろし、ポケットを探り棒付き飴の袋紙を開けて口へ入れる姿はよく教室で見るものだった。
「あばらも、足の骨も、やばいかも…あ、私やられてた間アンタらのとこ敵来なかった?」
「……え、うん!あの後すぐにオールマイトが来たから!」
そっか、と微笑む彼女になんだこの人は、と驚きと戸惑いと、色々な感情がごちゃ混ぜになって湧いてくる。すぐにされた心配に反応が一瞬遅れた。逆じゃないか。先生はともかく、彼女も見るからに重症なんだから心配するべきは自分の身体なのに。
オールマイト、峰田君が呼んだ名前にハッとする。そして轟音が響いたそちらへ意識を向けた。オールマイトが、平和の象徴が生で戦ってる所を見ないなんてありえない。
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