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敵が引いた。
それだけで身体中に回っていたであろうアドレナリンが引いて痛みが徐々にくる。呼吸の苦しさも、少し咳き込んだだけで出てきた血も、身体の中が思ったより傷付いてる証拠。
緑谷はオールマイトの方へ行ったらしい。背後からオールマイトの弱々しい声と緑谷の声が聞こえる。貧血なのか、すぐ近くなはずの声もどこか遠く。
とにかく、終わった。
その気持ちが強すぎて、立つ力を抜いて仰向けに倒れた。すぐに後悔。折れた骨に響く。
「治田さん!?」
「すぐ行くから待ってろ!!」
「ちょっ…!切島少年ストップ!」
緑谷と切島、それにオールマイトの声が聞こえた気がした。
ああ、疲れた。
ーーーーー
鼻に残るツンとした匂いに目を開ける。
清潔な白いベッドに、隣と仕切られてる白いカーテン。この匂いは病院特有の匂いか。なんて懐かしい。いつぶりだ。
そんなバカなことを考えながらナースコールを押した。
少ししてやってきたいくつかの足音。
カーテンが開けられて医者と看護師が治療器具をワゴンに乗せてやってきた。
意識がハッキリしてるかなどいくつかの質問を受け答えする。医者の話だと思ってたより酷かったらしい。
折れた肋骨が肺と腎臓に刺さり、右下腿両骨骨折。左下腿にヒビ、後頭部にもヒビ。
「雄英にはリカバリーガールがいたから、手術が終わった後すぐに骨折まで治してくれたんだよ。それにしても女の子なのに体力すごいあるんだね。いやぁさすがヒーロー科だ」
はははは、と笑いながら私の腕に刺さる点滴に追加でなにかの薬を入れる医者。
リカバリーガールの個性は治癒。だが治癒の代償に体力が減る。ありったけの体力を失ったはずなのに敵が来てから1日も寝てないことに医者も笑いながら驚いていた。
自分の手を握って、開いて。
どこにも異常を感じないことに、目覚めてから無意識に息を長く吐き出す。安堵のため息。
絶対安静と言われたが、身体の痛みもかなりマシ。オマケに眠くもない。病室を抜け出して、先生のことを思い出した。あの怪我だ。先生も病院にいるかもしれない。
「あ、いた」
「…その声、治田か」
相澤消太、と書かれた名札。躊躇なく病室に入って唯一閉められたカーテンを覗いて声をかけた所、本人だった。
全身包帯で巻かれてんじゃないかってほど風貌がミイラ。先生だと分かるのは髪型と声だけ。
「かなりボロボロですね」
「……お前、怪我は?」
「ほとんどリカバリーガールが治してくれたって医者が言ってましたよ。まだ完全に一致骨がくっついてないのか、痛みますけど」
「いや来るな。安静にしてろ」
「暇なんで抜け出しました」
先生が深いため息を吐いた。呆れた様子だが、息を吐くだけで傷が痛んだらしい。呻き声をもらして動きがピタリと止まった。
「コンビニ寄ってくんですけど何飲みます?」
「だから、安静にしてろ」
「お腹空いちゃ治るもんも治んないんで。じゃあ水とゼリーでも買ってきますわ」
「待て、おい治田!」
その声を無視して自分がいた病室に戻る。
自分が抜け出したベッドに、お見舞いの果物セット。手紙が果物ナイフに突き刺さってそのまま布団にもナイフが貫通。
ヒヨっ子が生意気に怪我するな。クソガキ。
それだけで差出人がハッキリする。この悪態の中に隠れた心配している影。クソジジイである。
少ない着替えと必需品が入ったバッグもある。
パーカーだけ着て、財布と携帯をポケットに入れていざ出発。
もちろん外出許可は貰った。やたらと驚かれたけど返事は貰ってない。連れ戻されそうだし。
「ああ…コンビニ近い。近すぎる。運動どころじゃない。おじいちゃんの散歩じゃん」
カゴを持って、先生でも食べれそうなフルーツゼリー、野菜ジュース、トロピカルジュース、そして全く好ましくないが以前飲んでたゼリー飲料も。次々とカゴに入れてデザートコーナーで足が止まった。コスパが心配になるほど良質なデザートが日本のコンビニには多い。悩んでアップルパイとチョコプリンを追加して会計。
ギリ足りた。危ない危ない。
「ん?…公園、に女の子1人?」
いくら日本が犯罪発生率低いからって1人はダメだろ。
病院までの道のりを急遽変更して公園に向かう。
「お嬢さん、親が来るまで遊ぼ」
「…だれ?」
「おっ、警戒するのはいいことだよ。名前はレイ。私も公園に一休みしに来たら遊びたくなってね。お姉ちゃんと遊んでくれるかい?」
「…うん、いいよ」
かわいい。天使か。
まだ怯えてるような様子もあるけど、ブランコやって滑り台やって砂場で遊ぶとさすがに警戒心も解けたみたいだ。
それにしてもこの子の親遅い。もう夕方だし子供のお腹だともうそろそろ…。
きゅるきゅるきゅる。
「お腹空いた?」
「…うん。すいた」
恥ずかしそうにお腹を抑えて。かわいい。
少し汚れた服を握って我慢するかのように膝を抱えて丸くなった。
「子供がお腹空くことを我慢しちゃいけないんだよ。じゃなきゃコックの名が廃るわ」
「コック?」
そうか。この歳でも身近にない単語か。
首を小さく傾げたその頭を撫でる。
「料理を作って人を笑顔にさせる人、だけど生憎今はキッチンも材料もない。あるのは出来合いのもの。ま、好きなの選びな。」
コンビニで購入した袋を漁って種類がわかるようにベンチに並べていく。好きなものは何かと問えば即答で『りんご』。目まで輝かせて。かわいい。
「りんごジュースりんごゼリーアップルパイ、りんごが一部入ってるんだとしたら野菜ジューストロピカルジュース…りんご好きならコレだね」
りんごジュースとりんごゼリーを小さな手に持たせる。
「え、と。おねえさんの貰っていいの?」
「もちろん!コレはお腹がすいた人のためにあげるものだからいいんだよ。でもその前に、公園で遊んで手汚いから一緒に洗おうか」
「うん!」
ごめんよ先生。ちょっと減ったけどまだあるから。それで許して。
真剣に手を洗って、私が終わるまで待っててくれてる。お腹空いてるはずなのにいい子だなぁ。
ベンチに座って、ゼリーの蓋を開けて渡す。
「汁たれちゃう!吸って吸って!」
「え、え!」
ちゅー、と飲む。りんごの味に顔が緩んだのを見て袋を破いてスプーンを渡す。怖々とスプーンですくったゼリーを一口、また一口と小さな口に収めていくのを横目で確認しながらトロピカルジュースを飲んだ。時間が経って温くてもその味は変わらず美味しい。
すると何か言いたげに身体をこちらに向けてモジモジし始めた。どうしたの、と聞くとスプーンに乗ったゼリーを持って腕を上げた。
もしかして、
「…くれるの?」
「うん」
かわいい。こんな可愛い子久しぶりすぎてハートがズタボロになるぐらい撃ち抜かれてる。
その手を支えて、ゼリーを食べる。りんごの果汁をふんだんに使ったゼリー。うん。美味しい。
「ありがとう美味しいよ。トロピカルジュース飲む?」
「、飲む」
紙パックを傾けて飲みやすいようにしてやるとパクッと吸い付いた。一口ゴクンと飲んで、味を確かめるようにストローから口を離す。
「…おいしい、甘い!」
「これがトロピカルジュースだよ」
「とろぴかる…!」
トロピカルジュースも気に入ってもらえたらしい。かわいい。幸せそうに食べてる。でもあることに気付いた。この子雰囲気で分かりやすいけど1度も笑ってない。手足の服の隙間から見える包帯が原因ということには気づいていた。
綺麗に食べ終わって、近くのゴミ箱へ一緒に行く。ちゃんと捨てられるなんていい子と、頭に手を置けば身体を震わせて怯える。
ああ…と、この子が受けてる今の境遇が見えてくる。この子に今必要なのは、ヒーローだ。
環境から助け出して、この子を笑顔にしてくれる。
傷が痛くないように、でもこの子を脅かす何かから守れるように、今にも割れる卵を包み込めるように、抱きしめる。
「ひぇッ…!」
「大丈夫。大丈夫だから」
恐怖で震えるこの子は逃げようとしない。
逃げても、抵抗しても無駄だと諦めてしまったのかはわからない。けど助けたい。ヒーローの卵だろうと。この子を救い出してあげたい。
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