入学
私は1度死んだらしい。
これだけ聞くと頭のおかしなやつに聞こえるかもしれないが私にとっては死活問題なのだ。
何しろここが少年漫画の世界だから。
読む分にはもちろんいい。物語に集中して入り込んで、その世界を頑張れ!だったり、共感したり、お気に入りのキャラのために考えるようになったり…まぁ上げていけばキリがないが。
普通に布団に入って寝たはずなのに目が覚めたら口から出る言葉は全て母音だった乳幼児から始まり、今現在は高校生入学までの10数年…。
よく今まで生きてたよお前。
ホントここまで頑張ったよな。
思い出すだけで目尻に涙が…。
この漫画は読んでなかったから展開は全くわからない。主人公は辛うじてわかる。あの緑の天パだったはず。ただいつからが原作なのか、その周りの登場キャラは誰なのか…全くわからない状態で不本意で始まった2度目の人生を生きている。
絶望はそれだけではない。
なんだこの"個性"中心の社会は。
世界人口の約8割が"個性"持ちでその他2割が無個性"。
いや、それはいいんだ。私自身が"無個性"だったことになんの不満もなかった。前世…?ではそれが当たり前だったんだから。
ただ"無個性"への差別が酷すぎた。
実はつい先日まで、保護者の都合で一緒に世界の旅に出ていた。日本人の保護者のくせに私の学校は全て海外暮らし。頭脳が大人だったから飛び級はありがたかったけど。
まぁそこでのイジメが酷いこと酷いこと。
自己紹介で"無個性"と名乗れば自称"強個性"が取り巻きを連れてやってくる。そして公共の場で使用禁止の"個性"を使って脅し、散々イジメ抜く。
"個性"でしか人を判断できない人間にやられっぱなしは私のしょうに合わない。
だから決めた。
彼らを見返すほど強くなると。
何にでも目標は存在する。私が目指したのは某海賊漫画の戦うコックさんだ。前の人生私も料理人だったこともあって、勝手に親近感が湧いている。
彼は能力者でもないのに関わらずあの強さだ。
三刀流の剣士だってカッコイイが、私が彼の生き様に惚れただけの話しだ。
さて、ここまで思い起こしたのはこれから高校生活が始まるからだ。それもヒーロー科の。
"無個性"でヒーロー科?と誰もが思うだろう。それが狙いだ。
なよなよしい"無個性"を連想させといての圧倒的なパワーを見せてやる。それか"無個性"と隠してなんの"個性"だ!?となったときに実は個性なんて無いんだと驚嘆させるか。
しかし、と自分のヒーロー科での位置を思い出す。
私は補欠要員なのだ。
ヒーロー科に入れるほどの実力はあるが"無個性"という理由だけで補欠。たとえヒーロー科の入試でポイント1位だったとしても。
私をヒーロー科へ入れるのは相当揉めただろう。あの先生方は。"無個性"なのにヒーロー科を目指す"個性"持ちの誰より優秀な成績を取ったのだから。
だがこの補欠の2文字がその揉めた結果だ。
イラついて、食べていた棒付きキャンディの飴をガリッと噛み砕く。
あまりの形相に登校する生徒は目をそらした。
彼女の容姿は目を引きやすい。引き締まった体の曲線に長い手足、そして外国人にしか見えない色素の薄い金髪に彫りの深い顔。
彼女自身は自覚していないが相当な美人だ。
新しい制服に新しい鞄、その鞄の中身も新しく揃えたもので溢れている。まぁそれのほとんどが貰い物。
「まぁ、高校生活頑張ろうか…」
もう色々考えただけで疲れた。
重くなった足取りで校舎内へ入ってく。
―――――
ヒーロー科の倍率が毎年300以上にもなるのはたった2クラスの40人しか入ることが出来ないから。
それが例年通りなら。
私の補欠のおかげで41になったらしいがまぁどうでもいい。
1-Aと書かれたクラスの無駄にデカいドアを開いて教室を見渡す。これから学業を共にするクラスメイトの顔を良く見えるように長い前髪をかきあげて一通り見る。
その仕草だけで既に見惚れている者がいるが、そんなもの関係なしに一番後ろの突出した席へ向かう。
「あっ、ごめん」
通路に伸びる不良のような男の足に躓いてしまった。咄嗟に謝るが、ああ゙?と濁音が着いた返事と睨みが飛んでくる。
「謝るならもっと誠意みせろや」
引っかかってしまったのは悪いが、元はと言えばこの男が通路に足を出さなければいい話なのに。怒りよりは呆れが強い。
「Sorry,freshman」
「は?なんつったんだよ。日本語で話せや」
今度は机の上に足をガタンと乗せてガン飛ばしてくる。Sorryぐらいはわかるだろうけどそのあとのかな、わからないのは。新入生ってことだ。まだ名前がわからないから呼び方に困る。
彼の対応に困ったところでサッと誰かが入ってくれた。
「先程から見ていたが誠意を持って謝るべきなのは君の方じゃないのか!?」
「oh…」
ロボットのような動きでカクカク動く様子に思わず驚きの声が出てしまった。大丈夫か?と訪ねてくる優しい彼に頷く。
「ありがとう。紳士なんだね」
「いや、当然のことをしたまでさ!俺は飯田天哉」
「私はレイチェル・V・治田。レイって呼んで」
いかにも真面目そうな彼に、ハグをして両頬にキスをした。ほんの悪戯心と多大な感謝を込めて。
ハグをした時点で固まったが、両頬のキスで顔から火がでそうなほど真っ赤になって、ロボットのようなカクカクした動きで勢いよく離れた。何この人、おもしろい。
「れれれレイくん!!いくら挨拶でもここは日本だからやめたまえ!!」
「俺の席の前で騒いでんじゃねぇ!!」
「二人ともごめんごめん」
手から火花を散らして威嚇してくる彼にも謝る。全く悪びれない様子に目がつり上がっていく。
そこに教室に入ってきた生徒に飯田が挨拶に行った。その隙をついて自分の席に向かい、やっと荷物を置く。
一息ついて飯田と話す生徒を見て、絶望が襲う。
あの緑の天パはもしや、主人公じゃないか?
これから起こる出来事に主人公が関わっていくのは必須だ。同じクラスになったのが運の尽き。絶望が襲うが、そんな暇はない。今以上に強くなるしかない。
先生の声が教室に響いたのは決意の直後だった。
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