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名探偵コナン×銀魂






あの約束を忘れるほど長い日が経った頃にバカルディは来た。今日もどこか特別な場所に行く訳でもないのに真っ赤なチャイナドレス。
普通に浮く。
一般市民向けの普通の喫茶店に髪も赤毛なドレス着た人が来てみろ。注目の的だ。組織の幹部という自覚はあるのか。

「いらっしゃいませ」

「安西、来たよ」

「……安室です。こちらへ」

彼女は席に着いた途端にサンドイッチを注文。
何人前かと聞けば、1人前と返された返事にバカルディの顔を凝視する。時間が経つにつれて食が細くなってる。いやコレがまともなんだが。

「医者に過剰暴食やめろって、前からドクターストップかかってる」

考えていることを読まれた。いや、今のは分かりやすく反応してしまった僕の失態。それにしてもドクターストップ。まずそんなものかかっていたとも知らなかった。

「それはいいことです。お飲み物は?」

「コーヒー。ブラックで」

「かしこまりました」

サンドイッチを作って、コーヒーを入れている間に彼女の様子を何度も確認する。ずっと携帯で何かを見ている。それだけしかわからない。
誰かが近付くだけで彼女は携帯の画面を下にして置いた。それが何度か続くと、どこか遠くを見つめていた。

「何を考えているんですか」

ぼんやりと持ってきたサンドイッチを見て、安室の顔に焦点を合わせた。

「私の名前」

「いつも人の名前は忘れてますが、自分の名前は覚えてるんですか?」

「いや、忘れた」

その返答が冗談だと思った。
彼女は組織に身を置いてるとは考えられないほど柔らかく笑うのだ。まるで子供でも相手にして、仕方ないと言うように。
だから、冗談で言ってみた言葉が本当に当たってるかもしれないとは、思ってもみなかった。
咄嗟に嘘の名前でも言ってくれればいいのに。
いつもと違う笑顔が、虚ろな目が、本当のことだと訴えてるようで気分が落ち着かない。

「適当に呼んでくれ。いつも君達が呼んでるやつでもいい。ああ…それだと今困るのか」

「…ええ。では外では紅と呼びます。安直ですがあなたは赤がよく似合ってるので」

「くれない…うん。ありがとう。外ではそう名乗ることにするよ安藤」

「安室です」

いつも通り、間違ってくれた名前。それにどこか安心してる自分に気づいた時、驚いたが表面には出さない。彼女も目の前のサンドイッチを食べ始めていて気づいた様子はない。

「美味しいよ、このあむサンド」

「…ハム、ですよ」

「?…ああ。名前と混ざったのか」

僕の名前を覚えてるような物言いじゃないか。
それでも、いつもバリエーション豊かに忘れられているのはわざととは思えない。やはり人の名前を覚えるのが壊滅的なだけなのか。
そんなことを考えながら彼女が飲み終えたカップを持ってカウンターに戻る。ブラックコーヒーを入れたところで、カランコロンと新しいお客を告げるベルが鳴る。

「こんにちは安室さん」

「…いらっしゃいコナン君。今日は1人かな」

「蘭姉ちゃんがすぐ来るよ。先に行っててって」

「こんにちは安室さん!」

「こんにちは蘭さん。空いてる席に座って下さい。出し終えたら直ぐに行きますので」

小学校が終わるにはまだ早い時間帯のはず。
事件と聞けば首を突っ込むこの小学生は、今日だけでも大人しくしてくれるだろうか。
店内を見渡した彼は、バカルディの存在を目を止めてとりあえず何事もないように2人でカウンターに座った。

「毛利先生はお仕事ですか」

「ヨーコちゃんの録画番組を観てるんです。終わったらお父さんもポアロに来るって言ってたんで先にお邪魔したんです」

水を出して、注文も聞き終えるとバカルディがまっすぐ綺麗に手を挙げていた。小学校でもそんな高々とあげないかもな。
厨房にいる梓さんに注文表を渡して彼女の元へ向かう。

「はい。どうされましたか」

「カフェオレ」

空のカップと何も乗ってない皿があった。
だが、飲み物だけで三杯目だ。この短時間でちょっと飲みすぎなんじゃないか。

「…ずいぶん飲むペースが早いですね。喉が乾いているんですか?」

「お前が入れてくれるから美味しいんだよ」

「なっ、にを」

完全なる不意打ち。
この女、たまにこういう風に人を誑しこむことを突然言ってくるのだ。しかも本人は無自覚で特に他意もなく。しかも本心で言っているようだからなにも言えずにいる。そして不意打ちが来る。
これはもう予測のしようがない。
僕の驚く様子を見て少し首を傾げる女。
何でそんな反応をしているとでも言いたいんだろう。

「なんでもないですよ。気に入って頂けたようでよかったです。用意しますので少々お待ちください」

こんなに真っ直ぐにものを言う人間は少ない。
それは裏でも表でも。
全てに疑いをかけなければならない日常。
いつの間にか心が疲弊する中、裏にいるはずのこの女の存在が何よりの救いだったことに気付いたのは最近だった。
彼女が演技していることも疑った。
しかし長く観察をして、そうじゃないことがわかった。
だから彼女は生きるか死ぬかの組織で厄介なヤツらに好かれているんだろう。自分も含めて。
何も偽らずありのままの自分でいるから。

「安室さんあの人とどんな関係?」

小さな子供は、子供らしくない鋭い目で貫く。
だがそれを教える義理もない。
この子に死への道を勧めるだけだ。

「探偵の依頼人だよ」

「へぇ」

コナンの視線は再び彼女へ移った。
しかし彼女はその視線を感じて席を立つ。
その手には伝票があった。
入れたてのカフェオレをレジへ置く。
出されたお金をレジ打ちしている間にカフェオレを一気飲みする姿に、思わずクスリと笑う。

「なに?」

「いえ、貴方らしい、と思っただけですよ」

「…そう」

お釣りを彼女へ渡すとカップを代わりに手渡される。
ドアのベルを鳴らして出ていった姿を見送って片付けを始める。
少年の視線を感じながら。




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