1.始まり
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膝の上で手を組んだ糸織さんがにこりと笑う。
「現在不在の主任に代わって、僕たちが諸々の説明などを担当させていただきます。僕は糸織 澄晴 、階級は警部補。こちらの彼は櫻木 真白 、階級は巡査部長。よろしくおねがいします」
糸織さんに紹介された茶髪の彼……櫻木さんは、小さく頭を下げた。
「櫻木、挨拶」
「……よろしくおねがいしまーす」
変わらず間延びした返事に、糸織さんが小さく息を吐く。当の本人は悪びれる様子もなく湯呑に口をつけていた。
「いきなりこんな姿見せて本当、ごめんなさい」
困ったように眉を八の字下げて資料を手に取る糸織さんに「大丈夫です」と伝える。
ところで、主任が不在? 普通新人の教育や説明のために、来る日に入るものだと思っていたのだが……。
「あの、すみません。主任が不在っていうのは……」
おずおずと聞いてみれば二人は目を合わせる。
櫻木さんは見るからに「あーあ」という顔をして目を閉じ、糸織さんはまた困ったように笑った。
聞いてはいけないことを聞いてしまっただろうか。
少し不安に思って二人を見ていると、櫻木さんが口を開く。
「ま、あ……ここで働くなら嘘ついたり誤魔化したりしちゃあいけないんじゃないですかぁ? ねえ、チーフ」
「今の僕はチーフじゃないよ、櫻木くん。……でも、そうだね。そもそもここに来たからには多少なり事情は知ってるはずだ」
じっと二人の双眸がこちらを見る。
事情。
きっとアレのこと、だろう。
「ざっくり教えておくと、仕事ですね。……ここは警視庁の刑事部に籍が置かれていますが、ほとんど業務は回ってきません。正確には『本来刑事がすべき業務は』、ですが」
少し目を伏せて糸織さんが話す。
「いわゆる特殊な課、ってこと。でぇ、主任は今その普通は回ってこない特殊なお仕事に巻き込まれ中、ってわけ」
のらくらと櫻木さんが付け加える。それにこくりと糸織さんがうなずくと、ファイルから一枚の写真を取り出して机の上に置いた。
「ッ……!」
息が詰まった。
そこには気味の悪い生物が写っていた。
ぱっと見はタコだが、その色は緑。ゴムのような肌、丸い頭部、コウモリのような羽が生えていて、口があろう部分にはうぞうぞとした触手がついている。
思わずすぐに目をそらした。わけのわからない不気味さと、嫌悪感がじわりと心に広がる。
「……夢崎さんは知っていますか、コレを」
糸織さんがそんな言葉を言いながら写真をしまう。
「あのさぁ、いきなりそれかよアンタ……」
「聞いてる『症状』的にはコレかなって。でも確かに、これを確認してる人物は限られてるから、いきなり見せるのはあれだったかもね」
小さく震えた声で二人が会話をしている。ちらりとその表情を見れば、両者とも少し顔色が悪くなったような気がした。
「あの、それは」
何の写真だ、自分の何と関係があるのだ。そう聞きたかったが、口はそこでつぐんでしまった。心臓が痛くて、うるさい。
「アンタが提示したんだからアンタが話せよ」
「わかってるよ、もとよりそのつもりだ」
はあ、とため息を吐いて糸織さんが途切れ途切れに話し出す。
「あれは、……そう、だな、……言うなれば『神』です。今は深海の都市で眠っている、悪い、神様」
「かみ、さま」
ぼんやりと反芻する。
あれが神? だって?
脳が理解を拒否する。情報がひっかからず滑り、流れ落ちていく感覚。
「はい」
彼はうなずく。それから思案するように口を開けては閉じ、目線を泳がせる。それを見た櫻木さんが咎めるように肘で彼を小突いた。じっと見つめ合ったあと、「わかってる、わかってる」と糸織さんが眉を潜めた。
「業務上必要な情報で、かつ、あなたなら大丈夫だろうという判断の上でのものです。……名前は『クトゥルフ』。クトゥルーとも言われていたりしますが、表記ゆれのようなものです。深海都市『ルルイエ』またはル・リエーに眠っている、地球の元支配者です」
そこまで言い、彼は大きく息を吐き出した。
クトゥルフ、ルルイエ。
頭の中でぼんやりとその声が反響する。
「もしかしたら、目覚めるかもしれない、と」
ポツリとつぶやかれた言葉に脳が揺れた。
「夢崎さん、変な夢を、見ていませんか?」
じっと真っ黒な光のない双眸がこちらを捉えた。
「現在不在の主任に代わって、僕たちが諸々の説明などを担当させていただきます。僕は
糸織さんに紹介された茶髪の彼……櫻木さんは、小さく頭を下げた。
「櫻木、挨拶」
「……よろしくおねがいしまーす」
変わらず間延びした返事に、糸織さんが小さく息を吐く。当の本人は悪びれる様子もなく湯呑に口をつけていた。
「いきなりこんな姿見せて本当、ごめんなさい」
困ったように眉を八の字下げて資料を手に取る糸織さんに「大丈夫です」と伝える。
ところで、主任が不在? 普通新人の教育や説明のために、来る日に入るものだと思っていたのだが……。
「あの、すみません。主任が不在っていうのは……」
おずおずと聞いてみれば二人は目を合わせる。
櫻木さんは見るからに「あーあ」という顔をして目を閉じ、糸織さんはまた困ったように笑った。
聞いてはいけないことを聞いてしまっただろうか。
少し不安に思って二人を見ていると、櫻木さんが口を開く。
「ま、あ……ここで働くなら嘘ついたり誤魔化したりしちゃあいけないんじゃないですかぁ? ねえ、チーフ」
「今の僕はチーフじゃないよ、櫻木くん。……でも、そうだね。そもそもここに来たからには多少なり事情は知ってるはずだ」
じっと二人の双眸がこちらを見る。
事情。
きっとアレのこと、だろう。
「ざっくり教えておくと、仕事ですね。……ここは警視庁の刑事部に籍が置かれていますが、ほとんど業務は回ってきません。正確には『本来刑事がすべき業務は』、ですが」
少し目を伏せて糸織さんが話す。
「いわゆる特殊な課、ってこと。でぇ、主任は今その普通は回ってこない特殊なお仕事に巻き込まれ中、ってわけ」
のらくらと櫻木さんが付け加える。それにこくりと糸織さんがうなずくと、ファイルから一枚の写真を取り出して机の上に置いた。
「ッ……!」
息が詰まった。
そこには気味の悪い生物が写っていた。
ぱっと見はタコだが、その色は緑。ゴムのような肌、丸い頭部、コウモリのような羽が生えていて、口があろう部分にはうぞうぞとした触手がついている。
思わずすぐに目をそらした。わけのわからない不気味さと、嫌悪感がじわりと心に広がる。
「……夢崎さんは知っていますか、コレを」
糸織さんがそんな言葉を言いながら写真をしまう。
「あのさぁ、いきなりそれかよアンタ……」
「聞いてる『症状』的にはコレかなって。でも確かに、これを確認してる人物は限られてるから、いきなり見せるのはあれだったかもね」
小さく震えた声で二人が会話をしている。ちらりとその表情を見れば、両者とも少し顔色が悪くなったような気がした。
「あの、それは」
何の写真だ、自分の何と関係があるのだ。そう聞きたかったが、口はそこでつぐんでしまった。心臓が痛くて、うるさい。
「アンタが提示したんだからアンタが話せよ」
「わかってるよ、もとよりそのつもりだ」
はあ、とため息を吐いて糸織さんが途切れ途切れに話し出す。
「あれは、……そう、だな、……言うなれば『神』です。今は深海の都市で眠っている、悪い、神様」
「かみ、さま」
ぼんやりと反芻する。
あれが神? だって?
脳が理解を拒否する。情報がひっかからず滑り、流れ落ちていく感覚。
「はい」
彼はうなずく。それから思案するように口を開けては閉じ、目線を泳がせる。それを見た櫻木さんが咎めるように肘で彼を小突いた。じっと見つめ合ったあと、「わかってる、わかってる」と糸織さんが眉を潜めた。
「業務上必要な情報で、かつ、あなたなら大丈夫だろうという判断の上でのものです。……名前は『クトゥルフ』。クトゥルーとも言われていたりしますが、表記ゆれのようなものです。深海都市『ルルイエ』またはル・リエーに眠っている、地球の元支配者です」
そこまで言い、彼は大きく息を吐き出した。
クトゥルフ、ルルイエ。
頭の中でぼんやりとその声が反響する。
「もしかしたら、目覚めるかもしれない、と」
ポツリとつぶやかれた言葉に脳が揺れた。
「夢崎さん、変な夢を、見ていませんか?」
じっと真っ黒な光のない双眸がこちらを捉えた。