1.始まり
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ざわめくロビーを通り抜けエレベーターに乗り込む。
首から下げた通行証には「MPD」。
本来の通勤時間からは外れてしまっている午前十時。エレベーターで同乗する人はいなかった。
……いても困るのだが。
軽い手つきでボタンを押し、降りていくとき特有の浮遊感を味わう。
ぽんぽんと変わっていく階数表示を眺めていると、軽快な音とともにエレベーターが止まった。
本来であれば駐車場でしかないB3フロアの奥へ足を進める。少しわかりにくいところに階段があった。話に聞いていた通りだな。
鞄の持ち手をぎゅうと握りしめ、フードを目深に被りなおした。
そのまま階段を下りていく。
見た目には普通のオフィス内にある階段だが、地下にあるせいなのか大変に薄暗い。
人もいないため足音がいたく反響した。
一階分を下りきると、その先には小さな広間があった。目の間にある自動ドア以外はなにもない。
近づけばそれは生命を認識したのだろう、ウィンと機械音を立てて左右に開いた。
扉の奥には廊下が続く。白い壁に灰色の床。LEDに照らされてはいるものの、人の気配がないせいでどこか不気味な空間だ。
できる限り靴音を立てないように歩く。カーペットのような素材でできている床は少しばかりの音を私の耳に届けた。
ひとつ、ふたつ、みっつめの扉の前で足を止める。すりガラスのついた白い扉。
ポケットからスマホを取り出す。前に送られてきたメールを再度確認するために。
『警視庁 B4F』……『B3Fまでエレベーターを使い、その奥にある階段を使って下りること』『B4Fの三つ目の部屋』
……ここだ。
スマホをポケットにしまい、息を整える。
軽くこぶしを握って扉を三度叩く。
「はい、どうぞ」
返ってきたのは柔らかい男性の声。
「失礼します」
銀色のノブに手を伸ばし、ゆっくりとドアを開けた。
目に飛び込んできたのはいたって普通のオフィスだった。見える範囲では机が四つ。それらが島のように固まって一組になっている。
手前の二つのデスクに男性が二人座っていた。
片方は少し長い黒髪を下でひとくくりにしている長身。
もう片方は後ろを刈り上げた茶髪の細身。
黒髪と視線が交わる。
「あ」
彼がそう言葉をこぼすと、茶髪もこちらを振り向く。そして視線を巡らせると黒髪にひそひそと声をかけた。
「糸織 さん、あの人、誰すか」
「……早乙女 くんからも、僕からもきちんと話したはずだけど。新人さんだよ、今日付でこっち配属なった」
「ふうん……?」
目の前で繰り広げられる私についての会話に少しだけ居心地が悪くなる。というよりも連絡が行っていないのか不安になったが……どうにも茶髪の人が話を聞いていないだけ、なのだろうか。それはそれで心配だ。
警察組織の構成員はこういう感じで大丈夫なのか……?
ぼんやりと入り口に立っていると、黒髪の人がこちらに視線を向ける。穏やかで優しそうな笑みだ。
「初めまして。……そこに立っているのもアレでしょう。ひとまず中へどうぞ。こっちにソファがありますから、そこへ」
促されるままに入れば、室内は意外と広いことに気づく。入り口から見えない位置にもう一組、四対のデスクがあった。その先にソファとローテーブルがある。
ソファに腰かけると、糸織さんと呼ばれた彼が茶髪の人へ指示を出す。デスクにある資料を出しておいてくれ、と。それくらい自分でやればいいのにとぼやく彼に、糸織さんは無表情に対応した。
「じゃあ君がお茶入れるかい?」
「……資料ってこれでいいんですかあ?」
掌を返しクリアファイルを振る茶髪の人に糸織さんがため息を吐く。
「ありがと。ソファのとこに置いておいて」
「はあい」
間延びした声に、やる気がないのだろうかとぼんやり考える。
こうものんびりしていて、ここは大丈夫なのだろうか。警察というものはもう少し厳しいところだと思っていた。
きょろ、と周りを見る。
デスクは八つ。けれど今ここにいるのはこの二人だけだ。
他の人たちは皆どこかへ出払っているのだろうか。
室内を見ているとクリアファイルが目の前のテーブルに、意外と丁寧に置かれる。置いた本人は脚を少し投げ出すようにして私の左前の位置に座った。
そのまま彼はじっとこちらを見つめる。どこか値踏みするような茶色い瞳。ひどい隈と耳元で揺れるリングピアスが印象に残る。
居心地は悪いが、かといって目をそらす理由もない。こちらも見つめ返せば、少しだけ彼の目の色が変わったような気がした。
見つめ合う時間は糸織さんがお茶を持ってきてくれるまで続いた。
「なにしてるんだい、君」
呆れたような彼の声がすると、茶髪の彼が「別に」と目をそらした。
お盆に乗せられているお茶はきれいな緑色。それを全員分丁寧に並べ、糸織さんは私の目の前に座った。
「熱いのでお気をつけて」
いわゆる糸目というものだろう、細い瞳が余計に細められる。
「ありがとうございます」
会釈をしてお茶を口に含む。それを見た茶髪の彼も口をつけるも即座に「熱……っ」と顔をしかめた。
「だから言っただろう」
目を向けることもなく糸織さんはクリアファイルから紙を引き抜き視線を動かす。対する彼は息でお茶を冷まそうとしている。
そんな光景を見ながら、また一口お茶を飲んだ。
「……さて、改めて」
糸織さんが資料から顔を上げ、姿勢を正す。すっとした彼の瞳が私を見据える。
「まずは、警視庁刑事部特務課へようこそ。夢崎真琴さん」
首から下げた通行証には「MPD」。
本来の通勤時間からは外れてしまっている午前十時。エレベーターで同乗する人はいなかった。
……いても困るのだが。
軽い手つきでボタンを押し、降りていくとき特有の浮遊感を味わう。
ぽんぽんと変わっていく階数表示を眺めていると、軽快な音とともにエレベーターが止まった。
本来であれば駐車場でしかないB3フロアの奥へ足を進める。少しわかりにくいところに階段があった。話に聞いていた通りだな。
鞄の持ち手をぎゅうと握りしめ、フードを目深に被りなおした。
そのまま階段を下りていく。
見た目には普通のオフィス内にある階段だが、地下にあるせいなのか大変に薄暗い。
人もいないため足音がいたく反響した。
一階分を下りきると、その先には小さな広間があった。目の間にある自動ドア以外はなにもない。
近づけばそれは生命を認識したのだろう、ウィンと機械音を立てて左右に開いた。
扉の奥には廊下が続く。白い壁に灰色の床。LEDに照らされてはいるものの、人の気配がないせいでどこか不気味な空間だ。
できる限り靴音を立てないように歩く。カーペットのような素材でできている床は少しばかりの音を私の耳に届けた。
ひとつ、ふたつ、みっつめの扉の前で足を止める。すりガラスのついた白い扉。
ポケットからスマホを取り出す。前に送られてきたメールを再度確認するために。
『警視庁 B4F』……『B3Fまでエレベーターを使い、その奥にある階段を使って下りること』『B4Fの三つ目の部屋』
……ここだ。
スマホをポケットにしまい、息を整える。
軽くこぶしを握って扉を三度叩く。
「はい、どうぞ」
返ってきたのは柔らかい男性の声。
「失礼します」
銀色のノブに手を伸ばし、ゆっくりとドアを開けた。
目に飛び込んできたのはいたって普通のオフィスだった。見える範囲では机が四つ。それらが島のように固まって一組になっている。
手前の二つのデスクに男性が二人座っていた。
片方は少し長い黒髪を下でひとくくりにしている長身。
もう片方は後ろを刈り上げた茶髪の細身。
黒髪と視線が交わる。
「あ」
彼がそう言葉をこぼすと、茶髪もこちらを振り向く。そして視線を巡らせると黒髪にひそひそと声をかけた。
「
「……
「ふうん……?」
目の前で繰り広げられる私についての会話に少しだけ居心地が悪くなる。というよりも連絡が行っていないのか不安になったが……どうにも茶髪の人が話を聞いていないだけ、なのだろうか。それはそれで心配だ。
警察組織の構成員はこういう感じで大丈夫なのか……?
ぼんやりと入り口に立っていると、黒髪の人がこちらに視線を向ける。穏やかで優しそうな笑みだ。
「初めまして。……そこに立っているのもアレでしょう。ひとまず中へどうぞ。こっちにソファがありますから、そこへ」
促されるままに入れば、室内は意外と広いことに気づく。入り口から見えない位置にもう一組、四対のデスクがあった。その先にソファとローテーブルがある。
ソファに腰かけると、糸織さんと呼ばれた彼が茶髪の人へ指示を出す。デスクにある資料を出しておいてくれ、と。それくらい自分でやればいいのにとぼやく彼に、糸織さんは無表情に対応した。
「じゃあ君がお茶入れるかい?」
「……資料ってこれでいいんですかあ?」
掌を返しクリアファイルを振る茶髪の人に糸織さんがため息を吐く。
「ありがと。ソファのとこに置いておいて」
「はあい」
間延びした声に、やる気がないのだろうかとぼんやり考える。
こうものんびりしていて、ここは大丈夫なのだろうか。警察というものはもう少し厳しいところだと思っていた。
きょろ、と周りを見る。
デスクは八つ。けれど今ここにいるのはこの二人だけだ。
他の人たちは皆どこかへ出払っているのだろうか。
室内を見ているとクリアファイルが目の前のテーブルに、意外と丁寧に置かれる。置いた本人は脚を少し投げ出すようにして私の左前の位置に座った。
そのまま彼はじっとこちらを見つめる。どこか値踏みするような茶色い瞳。ひどい隈と耳元で揺れるリングピアスが印象に残る。
居心地は悪いが、かといって目をそらす理由もない。こちらも見つめ返せば、少しだけ彼の目の色が変わったような気がした。
見つめ合う時間は糸織さんがお茶を持ってきてくれるまで続いた。
「なにしてるんだい、君」
呆れたような彼の声がすると、茶髪の彼が「別に」と目をそらした。
お盆に乗せられているお茶はきれいな緑色。それを全員分丁寧に並べ、糸織さんは私の目の前に座った。
「熱いのでお気をつけて」
いわゆる糸目というものだろう、細い瞳が余計に細められる。
「ありがとうございます」
会釈をしてお茶を口に含む。それを見た茶髪の彼も口をつけるも即座に「熱……っ」と顔をしかめた。
「だから言っただろう」
目を向けることもなく糸織さんはクリアファイルから紙を引き抜き視線を動かす。対する彼は息でお茶を冷まそうとしている。
そんな光景を見ながら、また一口お茶を飲んだ。
「……さて、改めて」
糸織さんが資料から顔を上げ、姿勢を正す。すっとした彼の瞳が私を見据える。
「まずは、警視庁刑事部特務課へようこそ。夢崎真琴さん」
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