1章「種」
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鼻先をつく清潔で鋭い匂い。暖かく、さらりとした布が肌に触れているのを感じる。
アルコールの匂い……?
かたん、と少し遠くで誰かが動く音がした。
パッと目を開くと木製の天井。少し濃い茶色と、黒いカバーのぶら下げ電燈には明かりが灯っておらず、窓から入ってくる陽射しだけで明るくこの部屋が照らされている。
白いカーテン。上体を起こして見ると、肩までかかっていたらしい白いシーツが落ちる。
ベッドに寝ている……。
うすぼんやりとした記憶を辿ろうと頭を抱えた。
たしか、シャットちゃんとアレクさんと適性検査みたいなのをやってて……魔力の使い過ぎで寝ちゃったんだっけ。そういえばアレクさんが「救護室に」とか言ってたっけ? っていうことはここが救護室……?
駄目だ、寝起きのせいか何かわからないけれど、あんまりうまく考えられない。
小さく息を吐いた。
「あ、起きた?」
シャッとカーテンが勢いよく開けられる。
ふわふわとした、やや跳ね気味の水色髪が覗く。左の目尻に泣きぼくろがある、ニコニコとした人。
誰だろう……?
「オレはコッチ方面に詳しくないんだけど、いま人が出払ってるみたいだから、代わりに聞くね」
そう前置いて水色の彼は、胸元でアクアマリンに付いた紐を揺らしながらバインダーを取り出した。
隊服を肩にかけているから、ここの人だっていうのはわかるけど……。
服の隙間から見える肌には包帯を巻いていたりガーゼが貼ってあったり、ボロボロだ……。
「痛いところとか、どこか体に違和感あるところはある?」
「いえ、大丈夫です」
「じゃあ精神的にどうとかは? 見え方が変とか」
「いえ……それもないです」
「なるほどね」
サラサラと聞き取ったことを書いていく彼に、また問診かぁ、なんてさっきのことを思い出す。
「記憶はどう?」
「え? えーと、大丈夫だと思います……」
「引っかかる言い方するねキミ。どこから覚えてるとかは?」
「えっと……アレクさんと木陰で寝てて、少し話したくらい……」
ぽつぽつと記憶を辿りなおす。
返答の直後に鳴っていたペンの音が今回は聞こえず首を傾げる。
「あの、どうしました?」
ペンを握ったままポカンとした顔で固まっていた彼にそう声をかけると、一瞬にして取り直し「なんでもないよ、気にしないで!」と返ってきた。
「だからかぁ、アレクがさっきまでここにいたの」
「いたんですか? さっきまで?」
思わずオウム返しをすると、「ああ、うん」と少し遠い返事がくる。
「今はどこへ?」
「……多分会議。キミの所属先決める奴だと思うよ」
「そうですか。ありがとうございます」
「別に、お礼言われることはしてないからさ。それはアレクに言ってよ」
ふっと一瞬、その水色とも青ともつかない瞳に翳りを見せて、かと思えばそれをすぐに消し去って彼は明るく笑う。
「多分すぐここに戻ってくるよ、アレクも、ここの担当してる人たちも」
「……でもここにいていいんでしょうか?」
「なんで? キミここの新人でしょ? ならいいんじゃない? ベッド整えたらこっちのソファにでもいれば」
とん、とベッドの向かいにある茶色い革張りのソファを手でたたき、彼はきょとんとした顔をする。
それもそうか……。
ベッドの上に座りなおしてシーツを整える。
あ、私が履いていたブーツを脱がして、丁寧にベッドの下で揃えてくれている。流石に救護室のベッドだし……いや普通のベッドにでも土足はダメだけど。
律儀だなぁ……という思いと共に少しの羞恥が込み上げてきた。
「若干顔赤いけど、起きて大丈夫なの」
「あッはいっ! だ、大丈夫です!」
慌ててブーツを履く。かっちりした編み上げじゃなくて、短めのやつだから紐はあるけど割と簡単に履けるんだ。あとは紐を締めればオッケー。
それにしても、さっきから彼の視線が少し怖い。いや、チラチラとだから自意識過剰と言われればそれまでなんだけど……。
……気になる!
「……あの、なにか?」
思わず聞くと、「え?」と彼はきょとんとした顔を見せた。
やばい、やっちゃったかも。
「あ、えと、すみません……」
無難に濁して謝っておくと、余計に相手は困ったように笑う。
だよねぇ……そりゃあ、私だってこんなこといきなり知らない人にやられたら困惑する。
「いや、謝んなくていいよ。よく考えたらそうだよね、知らない男とこんな密室で二人っきりとか……ごめんね、オレの配慮不足だ」
そう言って彼は曖昧に笑う。違う、そういう意味で言ったんじゃ……!
ばたばた手を交差させるように振って「違います! すみません!」と思わず弁明する。
「私が少し過敏だっただけ、だと思いますし……! 本当にそんなんじゃないです!」
少なくともこれからは仲間、になるんだろうし。
「そう……? でもなんかごめんね」
視線を左右に泳がせてから一息置いて、彼は私を真正面から見つめる。
「……オレはエリアス。ここの八番隊──特攻する人たちの盾になったり、裏方のお手伝いをしたりしてるんだ」
きわめて優しく、こちらを気遣うように彼は自己紹介をしてくれた。しかも下から覗き込むように。
意識してなかったけどこの人顔がいい……!
あまり近くにいるわけじゃないけど、それでもわかる。この人多分あれだ、タラシだ。
引きつった喉を頑張って動かして、返事をしようと笑った。
「丁寧にありがとうございます。私はディアです。エリアスさん知ってましたけど、今日からウルカグアリーのGuardianに所属することになりました、よろしくお願いします!」
ところどころ声が裏返ったし、ちょっと早口になっちゃったけど、エリアスさんは笑わずに最後まで頷いて聞いてくれた。
「こちらこそ、ご丁寧にありがとう。よろしくね」
手を差し出したエリアスさんは、「あっ」というようにすぐに手を引っ込めた。代わりに私が手を差し出す。
その手と私の顔を交互に見て「えと、いいの?」と聞いてくる。
「もちろんです!」
そう言ってさっきのお詫びと言わんばかりに笑えば、ふっと彼も表情を崩した。
「ありがとう」
ぎゅっと手を握る。大きい手……でもアレクさんより硬くないっていうか……お母さんみたいな、しっかりしてる女性の手みたい。
一瞬で心に穴が空いたようにスカスカした感覚が私を襲った。
お母さん、お父さん……お兄ちゃん。
私の家族はGEMと名乗る人たちに殺された。私は大事な家族三人に守られて、家族の命を犠牲にして、生きながらえている。今ここに存在している。
三人の命で私が生きてるなら、私が死んで三人を救えればよかったのに。
そんなこと言っても、もう過去だからどうしようもない。けど、そんな思いは拭えなくて、悔しくて、私はGuardianでGEMの被害に遭った人たちに──そうじゃなくても苦しい想いをしている人たちに寄り添いたいと思った。
それでもまだ「アメシスト」に相応しいとは思えない。愛なんて、私に語る資格はない。愛の石は私には重すぎる。
アルコールの匂い……?
かたん、と少し遠くで誰かが動く音がした。
パッと目を開くと木製の天井。少し濃い茶色と、黒いカバーのぶら下げ電燈には明かりが灯っておらず、窓から入ってくる陽射しだけで明るくこの部屋が照らされている。
白いカーテン。上体を起こして見ると、肩までかかっていたらしい白いシーツが落ちる。
ベッドに寝ている……。
うすぼんやりとした記憶を辿ろうと頭を抱えた。
たしか、シャットちゃんとアレクさんと適性検査みたいなのをやってて……魔力の使い過ぎで寝ちゃったんだっけ。そういえばアレクさんが「救護室に」とか言ってたっけ? っていうことはここが救護室……?
駄目だ、寝起きのせいか何かわからないけれど、あんまりうまく考えられない。
小さく息を吐いた。
「あ、起きた?」
シャッとカーテンが勢いよく開けられる。
ふわふわとした、やや跳ね気味の水色髪が覗く。左の目尻に泣きぼくろがある、ニコニコとした人。
誰だろう……?
「オレはコッチ方面に詳しくないんだけど、いま人が出払ってるみたいだから、代わりに聞くね」
そう前置いて水色の彼は、胸元でアクアマリンに付いた紐を揺らしながらバインダーを取り出した。
隊服を肩にかけているから、ここの人だっていうのはわかるけど……。
服の隙間から見える肌には包帯を巻いていたりガーゼが貼ってあったり、ボロボロだ……。
「痛いところとか、どこか体に違和感あるところはある?」
「いえ、大丈夫です」
「じゃあ精神的にどうとかは? 見え方が変とか」
「いえ……それもないです」
「なるほどね」
サラサラと聞き取ったことを書いていく彼に、また問診かぁ、なんてさっきのことを思い出す。
「記憶はどう?」
「え? えーと、大丈夫だと思います……」
「引っかかる言い方するねキミ。どこから覚えてるとかは?」
「えっと……アレクさんと木陰で寝てて、少し話したくらい……」
ぽつぽつと記憶を辿りなおす。
返答の直後に鳴っていたペンの音が今回は聞こえず首を傾げる。
「あの、どうしました?」
ペンを握ったままポカンとした顔で固まっていた彼にそう声をかけると、一瞬にして取り直し「なんでもないよ、気にしないで!」と返ってきた。
「だからかぁ、アレクがさっきまでここにいたの」
「いたんですか? さっきまで?」
思わずオウム返しをすると、「ああ、うん」と少し遠い返事がくる。
「今はどこへ?」
「……多分会議。キミの所属先決める奴だと思うよ」
「そうですか。ありがとうございます」
「別に、お礼言われることはしてないからさ。それはアレクに言ってよ」
ふっと一瞬、その水色とも青ともつかない瞳に翳りを見せて、かと思えばそれをすぐに消し去って彼は明るく笑う。
「多分すぐここに戻ってくるよ、アレクも、ここの担当してる人たちも」
「……でもここにいていいんでしょうか?」
「なんで? キミここの新人でしょ? ならいいんじゃない? ベッド整えたらこっちのソファにでもいれば」
とん、とベッドの向かいにある茶色い革張りのソファを手でたたき、彼はきょとんとした顔をする。
それもそうか……。
ベッドの上に座りなおしてシーツを整える。
あ、私が履いていたブーツを脱がして、丁寧にベッドの下で揃えてくれている。流石に救護室のベッドだし……いや普通のベッドにでも土足はダメだけど。
律儀だなぁ……という思いと共に少しの羞恥が込み上げてきた。
「若干顔赤いけど、起きて大丈夫なの」
「あッはいっ! だ、大丈夫です!」
慌ててブーツを履く。かっちりした編み上げじゃなくて、短めのやつだから紐はあるけど割と簡単に履けるんだ。あとは紐を締めればオッケー。
それにしても、さっきから彼の視線が少し怖い。いや、チラチラとだから自意識過剰と言われればそれまでなんだけど……。
……気になる!
「……あの、なにか?」
思わず聞くと、「え?」と彼はきょとんとした顔を見せた。
やばい、やっちゃったかも。
「あ、えと、すみません……」
無難に濁して謝っておくと、余計に相手は困ったように笑う。
だよねぇ……そりゃあ、私だってこんなこといきなり知らない人にやられたら困惑する。
「いや、謝んなくていいよ。よく考えたらそうだよね、知らない男とこんな密室で二人っきりとか……ごめんね、オレの配慮不足だ」
そう言って彼は曖昧に笑う。違う、そういう意味で言ったんじゃ……!
ばたばた手を交差させるように振って「違います! すみません!」と思わず弁明する。
「私が少し過敏だっただけ、だと思いますし……! 本当にそんなんじゃないです!」
少なくともこれからは仲間、になるんだろうし。
「そう……? でもなんかごめんね」
視線を左右に泳がせてから一息置いて、彼は私を真正面から見つめる。
「……オレはエリアス。ここの八番隊──特攻する人たちの盾になったり、裏方のお手伝いをしたりしてるんだ」
きわめて優しく、こちらを気遣うように彼は自己紹介をしてくれた。しかも下から覗き込むように。
意識してなかったけどこの人顔がいい……!
あまり近くにいるわけじゃないけど、それでもわかる。この人多分あれだ、タラシだ。
引きつった喉を頑張って動かして、返事をしようと笑った。
「丁寧にありがとうございます。私はディアです。エリアスさん知ってましたけど、今日からウルカグアリーのGuardianに所属することになりました、よろしくお願いします!」
ところどころ声が裏返ったし、ちょっと早口になっちゃったけど、エリアスさんは笑わずに最後まで頷いて聞いてくれた。
「こちらこそ、ご丁寧にありがとう。よろしくね」
手を差し出したエリアスさんは、「あっ」というようにすぐに手を引っ込めた。代わりに私が手を差し出す。
その手と私の顔を交互に見て「えと、いいの?」と聞いてくる。
「もちろんです!」
そう言ってさっきのお詫びと言わんばかりに笑えば、ふっと彼も表情を崩した。
「ありがとう」
ぎゅっと手を握る。大きい手……でもアレクさんより硬くないっていうか……お母さんみたいな、しっかりしてる女性の手みたい。
一瞬で心に穴が空いたようにスカスカした感覚が私を襲った。
お母さん、お父さん……お兄ちゃん。
私の家族はGEMと名乗る人たちに殺された。私は大事な家族三人に守られて、家族の命を犠牲にして、生きながらえている。今ここに存在している。
三人の命で私が生きてるなら、私が死んで三人を救えればよかったのに。
そんなこと言っても、もう過去だからどうしようもない。けど、そんな思いは拭えなくて、悔しくて、私はGuardianでGEMの被害に遭った人たちに──そうじゃなくても苦しい想いをしている人たちに寄り添いたいと思った。
それでもまだ「アメシスト」に相応しいとは思えない。愛なんて、私に語る資格はない。愛の石は私には重すぎる。