1章「種」
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よく晴れて澄んだ空に真っ白な雲が泳いでいる。南半球はもう夏が終わるところらしいがまだ半袖でも過ごせるくらいには温かい。
小大陸「ウルカグアリー」の王都に私は今立っている。ただし都の中心にいるわけではなく、南東という実に離れたところにいる。目の前には大きなレンガの建物。お金かかってるんだろうな……ってそんなのが一瞬で分かるような。
日本の明治大正あたりの雰囲気と中世ヨーロッパが混じったような独特な雰囲気に私は気圧されるしかなかった。ぐいと首を逸らして建物を複雑な面持ちで見上げる。
ギュウっと右手で自分の「石」を握りしめた。
「あ! 君が今日から来た新人さんかにゃ?」
ガチャンと扉が開いて中から褐色肌の猫耳少女が顔を出した。ふわふわの髪と獣特有の器官。カカオの皮のような髪は下ろされているが、二本だけ横で三つ編みにしていた。
かわいらしい童顔の少女はてちてちと歩いて私に寄ってきた。
白い中着は首回りが緩めの為か中のさらしが見えているし、そもそもおへそが出ていた。程よくついた筋肉が健康的な引き締まってスレンダーな体を生み出しているのだろう。足首の出た白いズボンに丈の短めな臙脂の隊服。腰に赤と白のストライプの布を巻いているせいか、余計にその身の細さが強調されている。
先ほど発せられた英語には若干の訛りが見えた。ってことは公用語が英語じゃないところ出身の人かな……。でもそんな事はどうでもいい。
正直言って、とてもかわいい。
触れられるほどの距離にまで来て、彼女は「新人さんったいね?」とこてんと首を傾けた。
「あ、はい。私今日からここに配属となった──」
「うんうん、やっぱりそうやよねぇ。話は聞いとるよぉ。じゃあ自己紹介するったい!」
にぱっと太陽のような笑みを浮かべて彼女は私の言葉を遮った。それを意にも介していないかのように悠々とあちらのペースで話が進む。
「アタシは『シャット』ってみんなから呼ばれとるにゃ! ここウルカグアリーにある組織『Guardian』の一員ったい! 所属は四番隊と、一応お手伝いとして『こういう風』な十番隊の管轄のところもやっとるにゃ」
一息で説明されても……。正直なんのことやらちんぷんかんぷんだ。私は確かに『Guardian ウルカグアリー支部』に配属されてここに来た。けど、まだ右も左もわからないひよっこ。
「……ええっと」
「ああ、んーと、いきなり言われたってわからんよにゃぁ。資料には確か研修生ってあったはずにゃ」
「そう、ですね。まだ何もわからなくて……すみません、お手数をおかけします」
思わずぺこりと頭を下げると、シャットさんは慌てたように手を顔の前で交差させて振った。
「きっ、気にせんでよかよぉ! アタシはそんなの気にせんったい。……まあちょっと面倒なんがおるけど……」
視線をあさっての方向に泳がせながらシャットさんはつぶやく。それから気を取り直してまっすぐに私を見つめた。
「誰だって最初はわからんことば、あって当然にゃ! だから一緒にがんばろ? アタシやここのえらい人たちも協力してくれるにゃ!」
「え、えらい人たち……それもそれで申し訳ない感じしますけど……精一杯頑張ります!」
「うんうん、その意気だにゃ! ……ってことで、ええっと……」
先ほどまでの空気はどこへやら、一瞬にしてしぼんだシャットさん。どうしたんだろう……。そう思って顔を覗きこむと同時に彼女が顔を上げた。
「ごめん! お名前教えてもろうてもよか? わ、忘れてしもて……」
シャットさんは申し訳なさそうに手をパチンと合わせて、またもう一度顔を下げた。耳も尻尾もへたりと下を向いてしまっている。
「ああ、全然いいですよ。もちろん」
「! ありがとにゃ! これがばれたらまぁた怒られてしまうとこやったにゃ」
危ない危ないと手の甲で額の汗をぬぐうような動作をする彼女に、ふふ、と思わず笑みをこぼす。
「私の名前はディアナです」
「ディアナちゃんやね。今度はちゃんと覚えたにゃ!」
目の前のかわいらしい猫は拳を握ってふんふんと意気込むような仕草をする。尻尾がゆらんゆらんと揺れている。
はたと彼女が気が付いたかのようにその動きを止めた。きょとっとした瞳で私を見て
「ここではみんな本名は使っとらんのやけど、ディアナちゃんのそれは本名かにゃ?」
「そうですね。……もしかしてやばかったですか?」
「んーん、そこは大丈夫やけど。一応決めとかにゃい? ちょちょっともじるだけでも大丈夫やから」
いわく、本名で呼び合わないのにはいくつか理由があるらしい。もちろんその人なりの線引きだとか、「もしも」のときのためだとか理由は多岐にわたるらしいけど。
人それぞれだそうだ。
「やから、本名の音そのまんまの子とかもおって……。ディアナちゃんはどうしたい?」
「んー……じゃあディアで。家族や友人はみんな私のことこう呼んでましたから」
「りょーかい! じゃあアタシたちもディアちゃんで呼ぶにゃ! 自己紹介んときはそれを名乗るんやよ」
よしよしというように頭を撫でられる。……え?撫でられる?
「わっ!! な、シャットさん!?」
「へ!? あ、もしかしてヤだったかにゃ……ごめんにゃ」
慌てて身を引くとシャットさんもびっくりしたのか、しっぽの毛を一瞬逆立てた。
「ごめんなさい、そういうのじゃなくて……急だったからびっくりして」
かあぁっと顔に熱が溜まっていくのがわかる。誰かの体温に触れるのが久しぶりだったから、いきなりでちょっと恥ずかしくなっただけで。
だからシャットさんは悪くないんだよ、って。
あたふたしながらもそう伝えると「そっかぁ」と少し物悲しそうな顔でシャットさんはつぶやいた。
「嫌じゃなかったんよね?」
「はい」
「じゃあこれから、いーっぱいディアちゃんのこと甘やかすったい、たくさん頼ってほしか」
「はい……え?」
流れで頷いたけど……。なんで?
「アタシたちはもう家族同然やからね」
穢れのないような純粋な笑みをシャットさんは浮かべた。
「はい。……改めてよろしくお願いします」
「うん、よろしくにゃ!」
私は頭を下げる。故郷の礼儀作法が身についてしまっているんだ。
「あっ! 長くお話ししすぎたにゃ!」
やばい、というように声を弾ませて彼女は「ディアちゃん!」と私に呼びかける。
「これから君がGuardianに慣れられるように、案内と説明を始めるったい! せやけどその前に適性テストを行うけん、ついてきてほしか!」
「わかりました!」
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