FGO


目の前でマスターが倒れた。
彼女はいつもと変わらない笑顔で「大丈夫だよ」と俺に笑い掛けたあと、すぐにゆっくりと膝を折った。そのまま立ち上がることはなく、うつ伏せに倒れた体は床に溶けていくように沈んでいく。

「は?」

乾いた喉が張り付いて痛い。
理解するまでに数秒を要すると、大声で叫んでいた。

◇ ◇ ◇
無機質な部屋にベッドが一つ置かれている。その他の家具は必要最低限、部屋を彩るものは何一つない。ベッド脇に椅子を用意し、彼女を見つめた。
まだ年若い女はその容姿に似合わず、沢山の傷があり、眉間には皺が刻まれている。眠っている彼女は時々、うめき声を上げてうわ言で何か呟いているが、冷静ではない今の自分には聞き取れなかった。

(これ、起こすべきか?)

次第に彼女の額に汗が滲んでいくと、自身の鼓動も同じように大きくなっていく。だから思わず声を掛けてしまった。
「マスター!大丈夫ですか!」
音もないような部屋に自身の声が大きく反響すると、彼女は静かに目を開けた。
「⋯⋯あれ、私、なんで」
「覚えてないんですか。過労で倒れたんですよ」
「あ⋯⋯、そっか。また⋯⋯」
「⋯⋯また?」
「えっと、その⋯⋯迷惑かけてごめんなさい」
彼女は申し訳なさそうに笑うと、続けて「ありがとうございました」と零した。
あまりにも自然に。今、この瞬間何事も無かったかのように。そして俺の問いには触れもしない。

直感した。
きっと彼女はまた繰り返す。
何度も何度も何度も倒れるのだろう。

「大将」

彼女の肩が震えた気がした。
いつもと呼び方が違うからなのか、それとも怒っていることを隠さずに声に乗せたからなのかは分からない。この部屋に二人きりになって初めてようやく真正面から瞳がぶつかった。
(踏み込むなって訴えてんな……、でも――)
 
俺はゆっくりと問うた。
今度こそ彼女は肩を震わせた。

「これ、何回目ですか」

彼女は答えない。
いや、答えたくても分からないのかもしれない。
途方もない数を倒れているのだろう。

「俺、ここに来てからしばらく経ちますけど、もう聞き飽きましたよ」
「⋯⋯何を?」
「マスターの言う『大丈夫』って言葉にです。⋯⋯全然大丈夫じゃあないでしょうに」

否定も肯定もしない。彼女はもう何も口を開かなかった。せめて弱音くらい吐いてくれれば、掛ける言葉もあるだろうに。 
きっとこのまま彼女の言う「大丈夫」を信じ続けたら、俺はまた大事なものを失くす気がするのだ。
そこでやっと気付いた。
ああ、俺、怖がってんのか。また失うことに。

「あの、原田さん⋯⋯?」

名前を呼ばれてハッとすると、彼女の瞳が揺れている。けれども今度は真っ直ぐにこちらを見つめていた。倒れた自分よりも、突然黙って俯いた俺のことを心配しているのだ。全くもってとんだお人好しである。
(……でも、そうか。俺の大将は、こういう人なのか)
こちらも見つめ返すと、彼女は今度こそ逃げなかった。それはまるで真摯に向き合うことを誓ってくれるかのように。


「まったく……。
戦でもない日常で、命をすり減らさないでくださいよ」


俺はあと何回同じ事を言うのだろう。
溜め息混じりの懇願は伝わったのかまだ分からない。
それでも目の前の彼女は、小さく頷いて笑うのだった。

(終)
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