まほやく


靡く赤髪はまるで命を燃やす炎かのように熱く、金の瞳は虎視眈々と獲物を仕留めるためだけに光り、迷いのない剣先は瞬きの内に対象を切り裂いていく。

いつ見ても感心する。今の時代にもあんな奴が存在することに。
きっとあいつは生まれる時代を間違えた。
何が騎士だ。
あんなの一世代前の時代にいたのなら__

ただの《化け物》だ。

◇ ◇ ◇

《グラディアス・プロセーラ!》

まばゆい光が辺り一面を包み終えると、魔物は姿を消していた。
「ブラッドリー!大丈夫だったか!」
カインが剣を持たない左手で大きくこちら側に手を振っている。
「ハッ、誰に向かって言ってんだ。そっちこそ、その手そんなに振っていいのかよ」
「っ!?あー……なんだ、バレてたのか?」
いたずらが見つかったかのように、わざとらしくしまったという顔をするカインをブラッドリーは睨みつけ、吐き捨てるように言った。

「利き手じゃないからって囮に使ったな」
「大したことないさ。ま、フィガロに治してもらうよ」

カインは怪我をした左腕を隠すのをやめたようで、ぽたりぽたりと袖から血が流れ始める。
恐らく魔法を使って止血していたのだろう。
俺に隠す必要がなくなった今、そんなことどうでもいいのであろうか。

「おい、血」
「え、ああ。血、だな」
「さっきまで止血してたろ。なんで止めた」
「んー、痛みがある方が良いっていうか⋯⋯」
「はあ?」と言おうとして、喉が詰まった。

「魔法で痛みを無くしちゃうと、限界かどうか分からなくなるだろ」

笑顔で言いきったカインの腕は、思いのほか抉れていることにやっと気付いた。
普通の奴なら気を失っているだろう壮絶な痛みに、目の前の男は平然と「限界が分からない」と言う。
倒れなければ、問題なく戦い続けることを意味しているのだと俺は直感的に悟った。
いいや、もしかしたら倒れたとしてもそんなことはカインにとって気にするところではないのかもしれない。
四肢を失ってからようやく動きが止まるのだ。



腹の中を正直に曝け出すと、ぞっとする。



あんな若造がつい最近まで《人間》をやっていたことに。
さっさと魔法使いという枠組みに入れば今より割りかし楽だったろうに、奴は馬鹿正直に人間側のテリトリーにいた。
所詮、魔法使い。
人間の枠では収まりきらない。それなのに、カインは長らく収まっていた。
枠組みは大きく軋み、歪んでいただろう。
それをあいつも周りも気付いていない。
俺から見るカインはいつでも身を投げるような危うさがある。

カインは名誉なんてものはいらない。
欲なんてものもない。
ただ恐ろしいほどに愚直な信念だけがある。

きっと近い将来、奴は全てのものを投げ捨て、自身の誇りのために死ぬだろう。

俺からしてみれば死を怖がらないということは、抗わないということだ。
生きたい、死にたくない、殺してやる。
生き死にの願いってのは、その人間が本来持つ姿に違いない。

そしてカインは限りなく、《魔法使い》側の思考を持っている。
自覚があろうがなかろうが、そんなことどうでもいい。
ただ、自己犠牲、危うさ、全てが常人の範疇を越えているのは確か。
⋯⋯違うな、魔法使いでもないのかもしれない。

きっと自覚していないそれに、思わず冷や汗が背中をなぞり、シャツに滲んでいく。
(それは強さって言うんじゃねえ。愚かって言うんだよ)
そもそもオーエンに目玉を抉り取られたと耳にした時点で、正しく測られたと油断していた。
いつかの夜、ケルベロスに腹を喰われたあのときも、気付く機会は山程あったはずなのだ。

戦争でもないのにあんな地獄をいくつも体験してもなお、まだあいつは分かっていない。

この世に平等があるというならば等しく生者は正しく恐怖を味わう。
そして惨めったらしく命乞いをし、そこで命の重さを測ってはじめて己の《強さ》を知ることができるのだ。
少なくとも北の国では誰もが通る通過儀礼だと思っていた。
まあ、そもそも北での生き方しか俺は知らねえんだけども。
生まれも、生きた時代も違う若造の心配をするなんざ俺も随分腑抜けたもんだ。


枠組みから解き放たれた若い未熟な魔法使いは、加減を知らずに《化け物》に姿を変えようとしている。
それも無自覚に、着実に。
年十年、何百年、何千年の果てかは分からない。それまでカインの心が持つかどうかだ。


いつか誰かに心の臓を討ち取られる冒険譚になっちまうのか、はたまた自分で自分を刺し殺す喜劇になるのか未来は不確かなのは間違いない。
物語の登場人物でもない俺はただの読者で、口を挟む道理も義理もねえ。
けど、俺は案外その登場人物たちのことを嫌いではないのだ。
当然、真っ直ぐに生きている愚かな騎士ももちろん悪くねえ。
その正しさは誰もが出来ることじゃない。なろうと思ってなれるものでもない。
天性であり、そんなのまるで正真正銘の主人公だ。
その光に希望を見出し、生きる力を得る者も少なからずいる。
たまには天下のブラッドリー様だって、子供向けの童話に目を奪われることだってあるだろう。
化け物になるはずだった男がただの魔法使いになり、みんなと厄災を打ち倒す英雄譚。
そんな物語を目にするために、まずは何の劇薬から与えよう。
手っ取り早く恐怖?屈辱?瀕死?……いいや、こんなイカれ野郎に正攻法なんて通じるわけがない。

《自己防衛》を一切排除した立派な騎士様に効くのはやはりこれだ。

早速魔法舎に帰ったら、まず賢者を探してみよう。
そうして目の前で、血に塗れた腕を晒して見せつける。
きっとカインにはこれが一番効くのだ。自分で言うのもなんだが、俺の予感はよく当たる。

ああいう奴には足枷をはめるのが手っ取り早い。

アーサーじゃ駄目だ。賢者がいい。
忠誠心でも使命でも義務感でもない。純粋な愛から生まれる《生》に対する渇望。
カインだけじゃない。賢者もきっと同じくらい傷を負う。
でもそれはカインが悪いのだ。そうすることでしか、化け物は抑えきれない。

そしてこれも俺の予感だが、カインを担いで魔法舎に着く頃にはそんなことどうでも良くなって酒でも飲みに行っているに違いないのだ。

(終)
 
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