まほやく
食堂の扉を開けて入ってきたカインはその勢いとは裏腹に、わずかばかり張らない声で皆に呼びかけた。
「マラソン大会に参加する人は手を挙げてくれ!!」
◆◆◆
窓枠を揺らす風の鋭さが増す12月下旬、私たちは食堂でお茶を楽しんでいた。
まだ時間もさほど遅くはないのに、外は真っ暗で温かな光なんてどこにもない。
おまけに身体は冷え切っていて、厚手の羽織だけじゃ間に合わないようなそんな気温。
そうして震えていた者同士がいつの間にか食堂に集まってきて暖を求めた結果、お茶会が始まった。
思いおもいにカップを啜り、ネロが作ってくれたクッキーを摘み、側にいる人達と他愛もないおしゃべりをしていれば、外から入ってきたカインの声なんて耳に届かない。
「え?あれ?今、何か言いましたか、カインさん」
「カイン、なんて?」
明るい笑い声が響く中、ルチルと私が同時に声を上げていた。
賑やかといえば聞こえは良いが、悪くいえば少々うるさかった食堂。
たまたまカインが食堂に入って来たのが目に入った私と、小さな声も聞き逃さないルチルの気遣いが彼の声を拾ったのだ。
みんなの視線が一気にカインに集中すると、ネロが手招きをする。
「騎士さん、外にいたのか?鼻が赤くなってるよ。これ飲みな」
慣れた手付きでカップにハーブティーを注ぎ、机の上に置くとカインは鼻を啜りながら席についた。
「ちょっと走り込みをしてきてさ。ありがとう、頂くよ」
カップを口元まで持っていくと、湯気のせいで瞳が揺らいでいる。
どれくらいの時間、彼は走ってきたのだろう。
少しだけ赤い鼻と、わざとらしく「ふーふー」とお茶を冷ますカインを見て私は思わず笑みが溢れた。
「落ち着きましたか?カインさん、さっきはなんて言ったんですか?」
カインがお茶を飲みきり、赤い鼻も和らいだあと、ルチルが丁寧に探るように再び尋ねる。
ルチルの声色はいつもと変わらない。けれど、ほんの少しの優しさを滲ませているような気がする。
水面にインクを一滴垂らすかのように、じんわり広がっていくそれに気付かない人もいるだろう。
⋯⋯気付かなくても良いのだ。
きっと受け取る本人は安心する。たとえ本人すら気付かなくとも、本能は感じ取る。
その塩梅がルチルはとても上手いと私は思う。
(ルチルも気付いたんだ。だって、カインは何だか元気がない)
「あ、そうだった。えっと、良かったらマラソン大会をしないか?」
「ええ⋯⋯、こんな寒いのにか?」
「いつやる?」
「楽しそう!」
「遠慮させてもらう」
四方八方から飛んでくるさまざまな声。
参加意欲を感じられる声から、参加しないの声、戸惑いを隠せない声に私はカインを盗み見る。
当然のことだが、全部がぜんぶ良い返事ではない。
大丈夫かな⋯⋯、彼は傷付いていないだろうか?
次の瞬間、私は安堵した。
「出たい人だけで大丈夫だ。
予定は1月3日!!名付けて《新春マラソン大会》!!」
声高らかに宣言するカインに合わせてムルが大きな花火を打ち上げれば、盛り上がりは最高潮だ。
「んじゃまあ、俺は差し入れでも作るかな」
「ミチル、私たちも参加しようよ」
「給水ポイント作ったら面白いよね」
「若者は元気があって良いな。僕は応援でもしているよ」
私は一瞬口籠るも、カインに告げる。
「私も参加します!」
まっすぐに重なったカインの瞳は大きく瞬き、次の瞬間、星のように煌めいていた。
「ありがとう!一緒に頑張ろうぜ!」と笑いかけてくれれば、それだけで私は全身が暖かくなった。
けれども、喜んでいるのもつかの間。ここで大きな問題が生じるのだ。
それは、『私が走るのが苦手ということ』。
当日までどうしよう。とりあえず、走ってみる?
◆◆◆
思いの外、みんなの反応が良かったことに正直言うと安心した。
賛同を得られるかどうかの不安な気持ちはきちんと身体に出るもので、走り込みを終えて勢いのまま食堂の扉を開けたのは良いものの何となく声が思ったより出なかったことは自分でも理解していた。
だから賑やかな声の中で確かな意思を持たない声が耳に届かないのも仕方がない。
俺らしくもなく無かったことにしようとしていたのに、2人も気付いてくれた。
なんて幸福なことだろう。
「落ち着きましたか?カインさん、さっきはなんて言ったんですか?」
(⋯⋯、心配させてる気がする)
何となく分かった。ルチルは俺の様子が変なことを直感的に感じている。
その上で俺のことを気遣いながら、力になろうとしてくれているんだ。
(有り難いな⋯⋯)
今度は無意識の内にちらりと賢者様の顔を盗み見れば、心臓は大きく脈打ち、身体の奥底にじんわりと熱が広がっていく。
(⋯⋯あ)
彼女もまた、俺の異変に気付いていた。
心配そうにこちらを見つめる姿を見て、嬉しいと思ったなんて怒られるかな。
ルチルのときとは異なる感情の波を、自分はよく理解している。
でもこの温かな波を堪らなく愛おしく思うんだ。
寄せては返す波はときに穏やかに、ときに激しく心身を飲み込んでいく。
(でも、“恋”なんてそんなものだろ)
愛おしいの先に何を望むかなんて、今の自分には分からない。
きっと分かるにはもう少し時間が必要なんだと思う。
でも笑顔で答えてくれた彼女を想えば、その答えも直に分かる気がした。
早朝、いつも通りエントランスを潜ると誰かの気配があった__
息遣いが聞こえる。
その主はまるで気配を隠そうとしていない。
誰かを探しているかのようなウロウロ動き回っている足音を聞いてすぐに分かってしまった。
「賢者様!おはよう!」
「あ!カイン、おはようございます!」
向こうから駆け寄ってきて、そっと重ねられた手のひらの冷たさに少し驚いた。
彼女はいつからここにいるのだろう。
この時期の朝はまだ薄暗く、気温も低い。
外の景色と同じように薄暗かった自身の世界に、色がついたように賢者様が目の前に現れる。
鼻を赤く染めながら、時折り漏れ出る白い息は一段と濃く、長い時間この場に居たことを感じさせた。
「こんな朝早くからどうしたんだ?」
「ぐ、偶然ですね!良ければその、私も一緒に走って良いでしょうか?」
(あ、嘘ついた)
「ああ!もちろん、一緒に走ろう」
了承すると、賢者様は嬉しそうに顔を綻ばせ、ほんのりと血色感が宿った頬を見ると、思わず喉が鳴った。
本能が全身を熱くさせれば、もう彼女の目を見ることが出来ない。
(まずい。朝で気が抜けてたかも)
誤魔化すように咳払いをし、一瞬にして邪念を振り払えば、ストレッチを提案する。
二人で向かい合って軽くストレッチをすると、お互いソワソワしているのを感じた。
魔法舎の周りを走り始めれば、いつの間にか薄暗い灰色の空は少しずつ白くなり始めていたのに、そんなことは気にも留められなかった。
(何だかこそばゆいな)
ふたりともどこか浮かれている。
何となく、そう思った。
吐く息遣い、テンポよく地面を蹴る足音、細めた目尻。
自惚れていいだろうか。
多分きっとお互いに「ずっとこの時間が続けば良いのに」と願っているような気がする。
それほどまでに満たされる時間なのだ。
何故そう思うのかなんて__
(はあ⋯⋯、これはもう、誤魔化せないよなあ)
日に日に増していく賢者様への気持ちに、いつまで見ないふりが出来るのだろう。
ふっと彼女を見ると、何か言いたげなように口を開いては閉じたりを繰り返していた。
なんだろう、気になるな。
「ん?」と優しく首を傾げて見つめ返すと、賢者様は足を留めてこちらに身体を向ける。
「あ、あの、すみません。走るのが遅くて。その、私に合わせて貰っちゃって」
「なんで謝るんだ?一緒に走れて嬉しいよ。
それより、いつからあの場所にいたんだ?」
「え!?な、ん⋯⋯!?」
まだ静かな庭先で賢者様の声が響く。
最初は本当に純粋な問いかけだったのに。
白い空から太陽が昇るように、彼女の顔も赤くなっていくのを見たら気が変わってしまった。
唐突に生まれた欲。
顔をすぐ目の前に持っていくと、大きく見開かれた目をしっかり捉える。
そして耳元で、先ほどとは異なる少し低い声色で囁いた。
「俺を待ってた?」
彼女の肩が揺れ、震えるような息遣いが耳を掠めた。
(ああ、好きだなあ)
身体中から溢れ出す想いに反応するかのように、太陽の光が一筋、また一筋と白い空から降り注ぎ始める。
光の下に曝け出される愛おしい人の真っ赤な顔。
そんな彼女に、今度は安心させるようにとびきり優しく囁くのだ。
「寒かっただろ?
今度は迎えに行くから、部屋にいてくれ」
「⋯⋯っ」
顔を覗くと、思わず吹き出してしまった。
「顔、真っ赤すぎるだろ!」
「み、見ないでください⋯⋯!」
手で顔を覆い、俯く賢者様。
少しして落ち着いたのかしばらくしてから恨めしそうにこちらを見上げた先に「あ!」と明るい声を上げた。
「いつの間に!!」
「ん?ああ、陽が昇ってきたな」
「初日の出ですね」
「はつひので?」
「初日の出」と呼ばれるものは、1月1日に昇る最初の太陽のことらしく、新年の幸せを願ったりする縁起の良いものらしい。
来たる1月3日の新春マラソン大会のために1人で自主練習をしていた賢者様は、今日という日に“俺と”一緒に走りたかった。
それはまるで__
「カイン、明けましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いします」
新しい太陽の光を一身に浴びて告げる彼女は眩しくて堪らない。
でもとても心地の良い眩しさだ。
「初日の出、カインと一緒に見たかったんです!」
彼女は無意識なのかな?
こんな《特別》を真正面で受けたら、身を焦がしてしまう。
「……賢者様。
謹んで、新年のお慶びを申し上げます。
今年もあなたに俺の真心を捧げます」
だから精一杯応えるよ。
今年も変わらずよろしく頼む。
けれど近い内に必ず変わってしまうだろう関係に、精一杯の誠意と誓いを込めて__
(終)
「マラソン大会に参加する人は手を挙げてくれ!!」
◆◆◆
窓枠を揺らす風の鋭さが増す12月下旬、私たちは食堂でお茶を楽しんでいた。
まだ時間もさほど遅くはないのに、外は真っ暗で温かな光なんてどこにもない。
おまけに身体は冷え切っていて、厚手の羽織だけじゃ間に合わないようなそんな気温。
そうして震えていた者同士がいつの間にか食堂に集まってきて暖を求めた結果、お茶会が始まった。
思いおもいにカップを啜り、ネロが作ってくれたクッキーを摘み、側にいる人達と他愛もないおしゃべりをしていれば、外から入ってきたカインの声なんて耳に届かない。
「え?あれ?今、何か言いましたか、カインさん」
「カイン、なんて?」
明るい笑い声が響く中、ルチルと私が同時に声を上げていた。
賑やかといえば聞こえは良いが、悪くいえば少々うるさかった食堂。
たまたまカインが食堂に入って来たのが目に入った私と、小さな声も聞き逃さないルチルの気遣いが彼の声を拾ったのだ。
みんなの視線が一気にカインに集中すると、ネロが手招きをする。
「騎士さん、外にいたのか?鼻が赤くなってるよ。これ飲みな」
慣れた手付きでカップにハーブティーを注ぎ、机の上に置くとカインは鼻を啜りながら席についた。
「ちょっと走り込みをしてきてさ。ありがとう、頂くよ」
カップを口元まで持っていくと、湯気のせいで瞳が揺らいでいる。
どれくらいの時間、彼は走ってきたのだろう。
少しだけ赤い鼻と、わざとらしく「ふーふー」とお茶を冷ますカインを見て私は思わず笑みが溢れた。
「落ち着きましたか?カインさん、さっきはなんて言ったんですか?」
カインがお茶を飲みきり、赤い鼻も和らいだあと、ルチルが丁寧に探るように再び尋ねる。
ルチルの声色はいつもと変わらない。けれど、ほんの少しの優しさを滲ませているような気がする。
水面にインクを一滴垂らすかのように、じんわり広がっていくそれに気付かない人もいるだろう。
⋯⋯気付かなくても良いのだ。
きっと受け取る本人は安心する。たとえ本人すら気付かなくとも、本能は感じ取る。
その塩梅がルチルはとても上手いと私は思う。
(ルチルも気付いたんだ。だって、カインは何だか元気がない)
「あ、そうだった。えっと、良かったらマラソン大会をしないか?」
「ええ⋯⋯、こんな寒いのにか?」
「いつやる?」
「楽しそう!」
「遠慮させてもらう」
四方八方から飛んでくるさまざまな声。
参加意欲を感じられる声から、参加しないの声、戸惑いを隠せない声に私はカインを盗み見る。
当然のことだが、全部がぜんぶ良い返事ではない。
大丈夫かな⋯⋯、彼は傷付いていないだろうか?
次の瞬間、私は安堵した。
「出たい人だけで大丈夫だ。
予定は1月3日!!名付けて《新春マラソン大会》!!」
声高らかに宣言するカインに合わせてムルが大きな花火を打ち上げれば、盛り上がりは最高潮だ。
「んじゃまあ、俺は差し入れでも作るかな」
「ミチル、私たちも参加しようよ」
「給水ポイント作ったら面白いよね」
「若者は元気があって良いな。僕は応援でもしているよ」
私は一瞬口籠るも、カインに告げる。
「私も参加します!」
まっすぐに重なったカインの瞳は大きく瞬き、次の瞬間、星のように煌めいていた。
「ありがとう!一緒に頑張ろうぜ!」と笑いかけてくれれば、それだけで私は全身が暖かくなった。
けれども、喜んでいるのもつかの間。ここで大きな問題が生じるのだ。
それは、『私が走るのが苦手ということ』。
当日までどうしよう。とりあえず、走ってみる?
◆◆◆
思いの外、みんなの反応が良かったことに正直言うと安心した。
賛同を得られるかどうかの不安な気持ちはきちんと身体に出るもので、走り込みを終えて勢いのまま食堂の扉を開けたのは良いものの何となく声が思ったより出なかったことは自分でも理解していた。
だから賑やかな声の中で確かな意思を持たない声が耳に届かないのも仕方がない。
俺らしくもなく無かったことにしようとしていたのに、2人も気付いてくれた。
なんて幸福なことだろう。
「落ち着きましたか?カインさん、さっきはなんて言ったんですか?」
(⋯⋯、心配させてる気がする)
何となく分かった。ルチルは俺の様子が変なことを直感的に感じている。
その上で俺のことを気遣いながら、力になろうとしてくれているんだ。
(有り難いな⋯⋯)
今度は無意識の内にちらりと賢者様の顔を盗み見れば、心臓は大きく脈打ち、身体の奥底にじんわりと熱が広がっていく。
(⋯⋯あ)
彼女もまた、俺の異変に気付いていた。
心配そうにこちらを見つめる姿を見て、嬉しいと思ったなんて怒られるかな。
ルチルのときとは異なる感情の波を、自分はよく理解している。
でもこの温かな波を堪らなく愛おしく思うんだ。
寄せては返す波はときに穏やかに、ときに激しく心身を飲み込んでいく。
(でも、“恋”なんてそんなものだろ)
愛おしいの先に何を望むかなんて、今の自分には分からない。
きっと分かるにはもう少し時間が必要なんだと思う。
でも笑顔で答えてくれた彼女を想えば、その答えも直に分かる気がした。
早朝、いつも通りエントランスを潜ると誰かの気配があった__
息遣いが聞こえる。
その主はまるで気配を隠そうとしていない。
誰かを探しているかのようなウロウロ動き回っている足音を聞いてすぐに分かってしまった。
「賢者様!おはよう!」
「あ!カイン、おはようございます!」
向こうから駆け寄ってきて、そっと重ねられた手のひらの冷たさに少し驚いた。
彼女はいつからここにいるのだろう。
この時期の朝はまだ薄暗く、気温も低い。
外の景色と同じように薄暗かった自身の世界に、色がついたように賢者様が目の前に現れる。
鼻を赤く染めながら、時折り漏れ出る白い息は一段と濃く、長い時間この場に居たことを感じさせた。
「こんな朝早くからどうしたんだ?」
「ぐ、偶然ですね!良ければその、私も一緒に走って良いでしょうか?」
(あ、嘘ついた)
「ああ!もちろん、一緒に走ろう」
了承すると、賢者様は嬉しそうに顔を綻ばせ、ほんのりと血色感が宿った頬を見ると、思わず喉が鳴った。
本能が全身を熱くさせれば、もう彼女の目を見ることが出来ない。
(まずい。朝で気が抜けてたかも)
誤魔化すように咳払いをし、一瞬にして邪念を振り払えば、ストレッチを提案する。
二人で向かい合って軽くストレッチをすると、お互いソワソワしているのを感じた。
魔法舎の周りを走り始めれば、いつの間にか薄暗い灰色の空は少しずつ白くなり始めていたのに、そんなことは気にも留められなかった。
(何だかこそばゆいな)
ふたりともどこか浮かれている。
何となく、そう思った。
吐く息遣い、テンポよく地面を蹴る足音、細めた目尻。
自惚れていいだろうか。
多分きっとお互いに「ずっとこの時間が続けば良いのに」と願っているような気がする。
それほどまでに満たされる時間なのだ。
何故そう思うのかなんて__
(はあ⋯⋯、これはもう、誤魔化せないよなあ)
日に日に増していく賢者様への気持ちに、いつまで見ないふりが出来るのだろう。
ふっと彼女を見ると、何か言いたげなように口を開いては閉じたりを繰り返していた。
なんだろう、気になるな。
「ん?」と優しく首を傾げて見つめ返すと、賢者様は足を留めてこちらに身体を向ける。
「あ、あの、すみません。走るのが遅くて。その、私に合わせて貰っちゃって」
「なんで謝るんだ?一緒に走れて嬉しいよ。
それより、いつからあの場所にいたんだ?」
「え!?な、ん⋯⋯!?」
まだ静かな庭先で賢者様の声が響く。
最初は本当に純粋な問いかけだったのに。
白い空から太陽が昇るように、彼女の顔も赤くなっていくのを見たら気が変わってしまった。
唐突に生まれた欲。
顔をすぐ目の前に持っていくと、大きく見開かれた目をしっかり捉える。
そして耳元で、先ほどとは異なる少し低い声色で囁いた。
「俺を待ってた?」
彼女の肩が揺れ、震えるような息遣いが耳を掠めた。
(ああ、好きだなあ)
身体中から溢れ出す想いに反応するかのように、太陽の光が一筋、また一筋と白い空から降り注ぎ始める。
光の下に曝け出される愛おしい人の真っ赤な顔。
そんな彼女に、今度は安心させるようにとびきり優しく囁くのだ。
「寒かっただろ?
今度は迎えに行くから、部屋にいてくれ」
「⋯⋯っ」
顔を覗くと、思わず吹き出してしまった。
「顔、真っ赤すぎるだろ!」
「み、見ないでください⋯⋯!」
手で顔を覆い、俯く賢者様。
少しして落ち着いたのかしばらくしてから恨めしそうにこちらを見上げた先に「あ!」と明るい声を上げた。
「いつの間に!!」
「ん?ああ、陽が昇ってきたな」
「初日の出ですね」
「はつひので?」
「初日の出」と呼ばれるものは、1月1日に昇る最初の太陽のことらしく、新年の幸せを願ったりする縁起の良いものらしい。
来たる1月3日の新春マラソン大会のために1人で自主練習をしていた賢者様は、今日という日に“俺と”一緒に走りたかった。
それはまるで__
「カイン、明けましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いします」
新しい太陽の光を一身に浴びて告げる彼女は眩しくて堪らない。
でもとても心地の良い眩しさだ。
「初日の出、カインと一緒に見たかったんです!」
彼女は無意識なのかな?
こんな《特別》を真正面で受けたら、身を焦がしてしまう。
「……賢者様。
謹んで、新年のお慶びを申し上げます。
今年もあなたに俺の真心を捧げます」
だから精一杯応えるよ。
今年も変わらずよろしく頼む。
けれど近い内に必ず変わってしまうだろう関係に、精一杯の誠意と誓いを込めて__
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