贈り物
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*shape of happiness*
図書館正面入口から見える街路樹も少しだけ痩せてきた10月。だいぶ冷たくなってきた風は汗ばむ首を冷やすが、陽の暖かさがそれを和らげている。
「央さん!」
折角セットしたのだろうに、その長い髪を惜しげも無く揺らして少女は満面の笑みで駆けて来る。
「ごめんなさい、待った?」
「全然?」
特に言葉なくさらりと左手を掬えば、きゅっと握り返される。
「ごめんね、なかなか休みとれなくて」
「ううん、こちらこそ。忙しいのにいっぱい相談に乗ってもらってごめんね。これからは私が合わせられるから」
「気にしないで。頑張る毬江ちゃんを応援したかっただけだから。改めておめでとう。いよいよ毬江ちゃんも社会人かぁ」
「ありがとう。でもまだ半年あるもん!まだピチピチの女子大学生だもんねー」
「えー必死…。じゃあ残り数ヶ月、目一杯エンジョイしてくださいよ」
「央さんは一緒にしてくれないの?」
「……するよ、勿論」
「やった」
無邪気な少女の笑顔は、いつの間にか大人の色気を含んだ可愛い小悪魔になっている。こうして悪戯に仕掛けてくることも増えて、5歳年下の女の子に翻弄されている。偶にね、極々稀にだけどね。
電車を乗り継いで数駅。窮屈な車窓から飛び出した青色は、いわし雲を浮かべた空に仄かな潮の香りを運んでいた。
「んー。やっぱり良いですね、潮の香りって」
「ね、俺もこの匂い好き」
「……」
ちゃんと聞こえるように言った好きという言葉に仄かに染まる頬。真っ直ぐ沖を見たまま振り向かない毬江ちゃんに、こっそり笑う。まだまだ、うちの彼女は変なところ可愛いままだ。
*
央さんに此処だよ、と連れてこられたのはシャビー風の外装と癖のあるウェルカムボードが可愛い、今話題のお店だった。
「今日はお店で食べていい?」
「え?」
思わず聞き返した私に、央さんはすぐにゆっくりと口を動かし直して見せる。スマートな優しさは嬉しいけど、そういう意味じゃない。
央さんの声も口の動きも、もう大体わかるもん。
「ダメかな?」
黙ってしまった私の顔を覗き込むように目を合わせてきた央さんに、大丈夫だと首を横に振る。本当に?とでも言うように少し眉を下げた央さんの背をぽん、と叩いて前を向かせる。店員さんが困ってたよ。
確か午後から陽が陰り肌寒くなってくる予報だったから、テイクアウトよりも店内の方がきっとゆっくりできるだろう。毬江は残念な気持ちをおくびにも出さないように、微笑ってメニューを選んだ。
「窓際がいいよね」
道路に面した入口の反対側、店の奥は壁のほとんどが硝子張りになっていて、海が一望できる様になっていた。海を見ながらなんて、すごくお洒落。わくわくしているとちょうど真ん中の席が空いていた。運がいいなと思って椅子に手を掛けようとしたら、央さんに一番端のテーブルに引っ張られた。しかも海を見ながら食べたいねと言っておきながら、央さんはほとんど海が後ろになる方の席につく。訳がわからず、頭に沢山のはてなが浮かぶ。真ん中の方がいっぱい見られるよ?と携帯を叩こうとすると、央さんの手が画面を隠した。
「?」
「毬江ちゃん、このお店音楽が流れてるんだ。それにいい感じに賑やかだし、ほかの席とも離れてるから……よかったら、喋れないかな?」
「え、」
列に並んでいたとき、真っ先に見つけていたテイクアウトの文字。お洒落なカフェは大抵静かだと、可南から聞いていた。だからお喋りはできないだろうと。
『央さんと会えてる時は、本当はいつだって声で話したい』
だがいつ零したのか自分でもわからないワガママを、央さんは覚えていてくれた。じわじわ広がる嬉しさが、申し訳ないという気持ちを押し流していく。
「……これくらいの声で、大丈夫ですか?」
「うん、聞きやすいよ。俺とおんなじ大きさ」
そう何でもないように言って笑ってくれる央さんに、あぁ好きだなって改めて思う。この人が、私の運命の人になってくれたら。
「このお店、すごく好き」
「……よかった。海見ながらランチとか、お洒落だよね」
「うん、とっても」
さっきのお返し。思惑通り、"好き"の単語に照れる央さんにふふっと笑う。こういうところが相変わらず可愛い。でも自分はやってくるくせに、私がやると毎度あんまり照れくさそうにするから頭を撫でてあげたくなる。央さんの方が、ずっと年上なのに。
「……すき」
「……海そんなに気に入った?」
「あ、今警戒した?でも違うよ。央さんのことだよ」
「は、」
「好きです」
「きゅ、急にどうしたんだ」
「んふふっ」
偶には、真っ直ぐ伝えてみるのもいいよね。私は、貴方のことこんなに好きなんだよって。
私の顔には今、幸せだと書かれているのだろう。へらりと笑うと、わたわたしていた央さんは遂に首まで真っ赤にしてテーブルに沈んだ。
「大人を揶揄うなよ……」
やっと持ち上がった顔は、片手で覆っても朱さを隠せていない。恨めしそうな言葉も、心底困ったように寄せられた眉も、蕩けるような表情の前には只の照れ隠しだった。
「残念でしたー。私もう23になるよ」
「まだまだ大学生なんだろ。じゃあ子どもだろ」
「違うもーん」
「さっきと言ってること違うんですけど?」
そう鼻を摘まれて思わず笑う。
前の央さんは此方を恨めしそうに睨むことも、憎まれ口を叩くこともなかった。本当に優しくて、怒ったり不機嫌になったりもしなかった。でも只々優しかったときよりも、今の##NAME2##さんの方がずっとずっと好きだ。これからも一緒に居られたら、何れ喧嘩もするようになるかもしれない。喧嘩はしない方がいいのかも知れないけど、喧嘩できるくらい真っ直ぐ向き合えていたらいい。それくらい、いつもは穏やかでも、熱量のある想いが二人の間にあればいい。
「央さん、」
「何?変な声の毬江ちゃん」
「ふふっ、つぎはどこにいこうね」
「んー、山?」
「え!あんちょく!」
「なんだとー?」
何処に行ったって、何処にも行かなくたって、一緒に居られたらそれでいい。私の幸せは、きっと央さんの形をしてるから。
*
《おまけ》
毬江ちゃんが化粧室に立つと、後ろに気配を感じた。
「甘いねー」
ばっと振り返ると、同じく公休の──外出のステッカーが貼られていた小牧教官が、何ともいい笑顔で立っていた。
「こ、小牧教官、どうして此処に?まさか……!きょ、教官と言えど、これはストー」
「人聞きの悪いこと言わないでくれるか。休日を恋人とゆっくり過ごしているだけだよ。だから本当に偶然さ」
一息で言い切ったぞ、この人。恋人という単語を恥ずかしげもなく言い放つ様は相変わらずだが、それなら余計になぜ話し掛けてきたのか分からない。一緒に居られる時間を大事にしたらいいだろうに。俺の考えを読み取ったように、私服の教官が笑って指差す方に目をやって、あぁ、と納得する。いつの間に出てきたのやら──毬江ちゃんは可南ちゃんのテーブルにつき、思わぬ遭遇にひと時の会話を楽しんでいるようだった。
「という事だから、毬江ちゃんが戻るまで俺も失礼しようかな。よいしょ、……嫌だなぁ"よいしょ"だって。歳かなぁ」
「……貴方が歳なら俺だって同じようなもんじゃないですか」
「5つ違うだろう。若い若い」
「んなもん俺達くらいになれば同じです。職場の上下関係を除けばですけど」
「確かにね。あぁ、職場と言えば。誰が好きで自分の職場でデートするのかと思ってたけど、あの作戦は成程と思ったよ」
「作戦……?」
「ほら、沢多お前だいぶ前に貸し切ってたことあったろ?ミーティングルーム」
言わせんなよ、と微妙な顔で笑う小牧教官。何の事かと首を傾げて、頭に過ぎるのは麦わら帽子とシャーペンの落ちる音と柔らかな──思い出した途端はっとして息が止まる。
「喜んでたよ毬江ちゃん」
「は!?いや、そんな、え!?」
どうして知っているのだろうか。そんな気持ちを見透かしたように意地悪く微笑む小牧教官に、心臓が嫌な打ち方を始める。
「可南ちゃんだよ。君の公休をこっそり教えてあげたいって」
あれはもう3年も前になるのか?
そう言って顎を触る小牧教官に内心突っ込む。いや、俺の質問に答えてください。だが、小牧教官は尚も微笑むばかりでまるで駄目だ。対して俺は喉がカラカラに渇き、目だけが泳いでいる気がする。はっと気づいた可能性に、思わず少女たちを見やる。すると此方と目が合って、にこっと可愛いらしく微笑むのは可南ちゃん。絶対あの子だ、犯人……。
あれっ、つまり此方に背を向けているのは毬江ちゃんで、もしかしなくてもこの会話は彼女の目にも、勿論耳にも入らないと。……狙ってこの話題振ったな!?ほんと怖いな、この人!
「俺達、忙しいから気を遣われたくなかったんだってさ、毬江ちゃん」
強調された部分にはっきりと悪意を感じたが、とりあえず置いておく。確かに毬江ちゃんは高校生の頃から心優しく、周りに気を配れる子だった。その気遣いが自分に向けられていたのだ。胸は苦しいのにそれがすごく甘い。あぁ、好きだなと思う。なかなか都合を合わせられなかった申し訳なさより、合わせようとしてくれていたことへの嬉しさの方がずっと勝っているなんて。こんなこと、もし教官にばれたら……いや、もうばれているか。
もう一度、少女たちを見やる。恋人の後ろ姿に、胸がきゅっと縮む。本当に可愛いくて仕方ない、何があっても絶対に守り抜きたい人。自分でもどうしていいか分からない程の愛しさが積もる。
「──、たまらなく可愛いよね」
「はい、すごく大事です。可愛くて優しくて、俺には勿体ないくらいです」
だからだ。可愛い妹分に相談されて嬉しかったけど、その内容が俺だったから腹立たしいという気持ちが容易く読み取れたのに、よりによって小牧教官にこんな返答をしてしまったのは。
「ぶはっ」
我慢できず、といった感じで吹き出した小牧に沢多は何事かと瞠目する。笑う要素はなかったはずだ。暫しテーブルに沈んでいたが、起き上がるとその目尻が光っていた。いや、泣く程か。
「沢多、お前俺のこと散々くさいことよく言えるって言うけど、人のこと言えないからな」
「はい?これは毬江ちゃんだからで、」
「そういうところだぞ、沢多」
「わ、笑わないでくださいよ教官」
「でもキスするなんて認めてないから」
「へっ!?何今の!顔変わるの早っ!怖っ!いや、そういうことではなくてですね、あ、あの、それはどういう」
「あのときまだ未成年だったの、わかってるよね?」
「いや、」
あんたこそしてないんだろうな?毬江ちゃんと同い年だぞ、あの子だって。
「可南ちゃん五月生まれだから」
「いや知らないし!?」
何が悲しくて上官のキスの時期を知らなくてはいけなかったんだ。いつも飄々として、正直理性で出来ているんじゃないかと思っていた頃が懐かしい。何処ぞの兄や父親のように、教官が向けてくる子供じみた敵意に似た感情に苦笑する。幼馴染みとして大事に大事にしてきたのだろう。俺には妹はないからわからないが、居たらきっと同じようになるのだろう。だが毬江ちゃんは教官の妹や娘ではないし、まして恋人は俺なんだから。今日こそ格好よく言い返そうと、きりっと睨むが微笑む小牧の静かな圧力に、その気合いもしゅるしゅると萎んでいった。そして残ったのは、無理に笑おうと引き攣る頬だけ。
「こ、小牧教官、めっちゃ怖い顔してますよ?」
しかし茶化しても、こういう時に限って表情が崩れない。なんでだよ!もうほんとやだこの人!
Fin.
*あるさんへ*
ゆめのあとさき4周年記念
心からの感謝を込めて
ゆめのあとさき4周年記念
心からの感謝を込めて