贈り物
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
*sunflower*
好きな人が恋人になるって、どんな感じですか?と聞かれたら、私はきっとこう応えたと思う。
───隣にいるとなんかくすぐったくて、何でもなかった日常が相手の一挙一動でときめきに変わったり…。とにかく相手と一緒なら何をしてても幸せなの。それで、心の奥があったかい何かで満たされる感じ、かな。なーんて。
……ま、そんな甘酸っぱい時期、とっくの昔に過ぎ去りましたけど。
ついでに言うと、子どもの頃は憧れという一言で塗り固められていた"お嫁さん"も、今は同居人とどっちが皿を洗うかで時々揉める以外は何の変哲もない生活としか思ってない私ですけど、何か?
「ねぇ、」
スマホを見つめたまま、私の枕になってる膝を叩いた。すると相手もテレビから目を離さず、ん?とだけ。
「…その番組面白いの?」
「んー、まあ?」
「ふーん、」
ま、いいけどさ。
「次の公休。小牧から海誘われた」
だから行ってくるね?
見上げるようにごろんと寝返りを打つと、そこにはなんだか不機嫌そうな顔が見下ろしてました。……お?
「駄目だ」
「……はい?」
What did you say?
なんて真顔でふざけてるうちに、篤の視線はテレビに逆戻り。いやいやいや、ちょっとまて。
「なんでよ。水着だってこの前買ったのに。」
「んな事は聞いてない」
何処の亭主関白よ!?
思わず飛び起きてつっこんでみるが、相変わらず篤の視線はテレビのまま。
「駄目なもんは駄目だ」
あーもー……。
テコでも動かんぞモード(私命名)に入っちゃったのね、わかります。わかりたくないけど。
「何よ、もー折角小牧も毬江ちゃん連れてきてくれるって言ってたのに」
皆ばっかり仲良くなってさー。わかるかい?この、同じ職場で働いてるはずなのに打ち解け具合に明らかな違いを見つけた時の疎外感。もう篤なんて知らない。
「……お前、仮にも元カレのだな──」
「え?何?」
「いや、……」
……なんだ?はっきりしないな。
「変な篤、」
あー、海諦めるかー。いや、でもやっぱ行きたいよなー。ぶすくれて雑誌に手を伸ばすと、隣からはわざとらしいため息。むっ、なんだよ。私はすっと雑誌を閉じ、篤の肩にゴスッと頭突きした。そのまま骨にゴリゴリと頭を擦り付けると、「いてっ」と篤がこっちをむいた雰囲気。
「おまっ」
視界の端っこで拳がつくられる。うぇえ!?そんなおこっちゃったの?このタイミングで!?ちょっ、まっ、
「っわ、私はただ、毬江ちゃんが海初めてだって聞いたから……い、一緒に楽しめたらいいかなって、思っただけなの」
……はい、嘘です。毬江ちゃんこの前海行ったって聞きました。…ダシに使って(?)ごめんね毬江ちゃん。
ほんとに、だめ?なんて、しおらしく肩口に顔を埋めてれば、ばっと出されかけていた拳が止まり、そっと頭に乗せられた。
「別に俺は遊びに行くなとは言わないぞ」
……お?なんかいけそう?何がって、そりゃあ、ねぇ?
サラサラと髪を撫でている手を掴み、目を(心なしか)潤ませる。
「…じゃあ何がダメだってのよ」
「いや、それは、……」
やばい、面白い。
困ったように眉を下げる篤が珍しすぎて、笑いが込み上がってくる。駄目だ、笑うな私。このまま海を、バカンスを(?)掴むんだ…!!
私は女優、私は女優、と言い聞かせていると、突然頭をガシッと鷲掴まれた。
「いっ!?」
「……口が笑ってんだよ、」
阿呆。
篤は米神に青筋を浮かべ、さらにミシミシと力を込めてくる。ちょっ、割れるッ!!
「ごめんって!ちょーし乗ったッ!!」
ぱっと掴んでいた手を離すと、篤もあっさり頭から手を離し、ふんっと鼻を鳴らしてキッチンの方へ立ち去っていった。
うぅー、どーしよ、すっごい痛い。
「もう信じらんない…」
これだから鍛えてるヤツは…!このチビゴリラッ!
「聞こえてるぞコラッ!」
ひゅんっと目の前を飛んできたのは皮を剥きかけのにんにく。私はドラキュラかッ!?
しかも剥きかけとか、ソファ臭くなるじゃんか!!てかそもそも、
私もテーブルの上のものをガシッと掴んだ。
「食べ物投げんなッ!!」
と投げたのは箱ティッシュだったようで。
パコっという小さな鈍い音の後、それはすぐにカウンターから投げ返された。それを回収し、代わりににんにくを投げ返すと、今度は難なくキャッチしたようだった。
……もう何も投げて来ないだろうな。
しばらく睨みつけていたが、トントントントンと規則的な音が聞こえてくる頃には、私は既にソファに腰を落ち着けていた。あ、小牧にメー…ルは毬江ちゃんの以外見ないな、アイツ。
「あ、もしもし小牧?私ー」
あっちも寮でちょうど一人で部屋にいたらしく、断りの連絡だけのはずが、普通に盛り上がってしまった。
「──ねー、そーなの!もぅ、いーじゃないねー、別にー。"俺以外の男に肌なんて見せんな!"とか思ってるんじゃあるまいし」
思っきり篤の声真似をしてやった。それに電話の向こうがツボに入った瞬間、ザクッという音が私の片耳を脅かした。
「え、」
何?どーかした?とツボに入ったまま聞いてくる小牧をそのままに、ちょっとゴメン!と、音のした方へ走った。
「ちょっと、大丈夫!?何今の」
不吉な音。と言いかけて慌ててキッチンを覗いた私は、次の瞬間、口をぽかんと開けてしまった。
「え、…何、切ったの?」
シンクに流れる水道の水に、赤が混じっている。
黙ってそれを見下ろす仏頂面も、眉間にしわを刻み込んだままほんのり紅く染まっている。
「え、何、…もしかして、さっきの、──」
「…だったら何だ」
図星だったの?と続くはずだったのをぶった切ったのは、そんなぶっきらぼうな言葉だった。
「え、うそ、だって水着だよ?それくらいもうどうってこと──」
「あるだろうが!」
篤はくわっとこっちを向いたが、すぐに口を引き結び、くるっと顔を背けられてしまった。
「そんなの、いつになったって見せていいなんて思う訳ねぇだろうが。しかも、……」
よりにもよって小牧になんか。
「いちいち言わせんな阿呆」
何それ……。
正直、驚いて声が出なかった。どういう事、それって、
「妬いてくれたの……?」
篤は相変わらず黙って指を水に当てている。心なしか小さく口を尖らせて。
何、それ……。
弛む頬を手の甲で隠すが、直りそうにない。でもバレてもまた面倒なので、わざとため息をつくことでごまかす。
「まったく、やれやれだね、あっくんは。」
バカにしたようなそれに、篤が何だと!?とぐりんっと振り向くのと、私が彼の胸ぐらを掴むのはほぼ同時だった。
私が目を瞑る瞬間、篤が突然のことに目を見開くのが見えて。
こんな隙ばっかで特殊部隊大丈夫なの?と関係ない事を考えて笑った。
「ほら手見せて。か弱いあっくんが貧血にでもなったら大変だからね」
唇を離してにっこり笑うと、篤の顔にはでかでかと"不満"と書いてあった。
「…お前調子乗んなよ」
視界を遮るように、無事な右手でぐしゃぐしゃと頭をかき混ぜられた。
「ちょっと!髪痛む!」
篤の手から逃げようとするが、繋いだ手は離れない。結局わちゃわちゃと騒いで救急箱を探し出す頃には、お互い笑ってて。
恋人が旦那になるって、どんな感じですか?と聞かれたら、私はきっとこう応える。
───隣にいても空気みたいに何も思わないくらい日常そのものになっていく。でも時々、恋人よりもずっとずーっと愛しいって思っちゃう。そんな、感じ。
『ヒマワリの花言葉』
───それは、愛慕。───
(2016/08/07 あるさんへ)