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*welcome home!*
もうあと何日かで春休みも終わる。暖かい日が続いていて桜も綻び始めてた。
いてもたってもいられなくて。わたしは一つメールを打つと、家を出て電車に飛び乗った。
「---北海道?」
と、おうむ返しに訊いたのは去年の秋。小牧さんは「うん」と頷きながら眉を下げた。
「期末まで。やっぱり関東は中枢だし、地方の図書隊に比べて抗争もダントツだからね。特殊部隊同士で交換研修することがあるんだ」
この場合の期末は、学校の学期末とはわけが違う。
「…春、まで……」
「うん」
思わず呟くと、また短く頷いた小牧さんがわたしの髪をそっと撫でてくれた。
閲覧室の隅。書架の森の向こうから、心地好いかすかなざわめきが聞こえる。
めずらしく、
『今日、図書館に来られないかな? 小牧』
…なんて、お伺いのメールをくれたと思ったらこういうことだったんだ……。
わたしだって、これが小牧さんのお仕事で、最前線に立つ特殊部隊のレベル維持や向上に凄く大切なことだって解らないほど子供じゃないつもりだ。
…それでも自然と俯いてしまったのは、「逢いたいと思ってもらえた!」なんて、呑気に浮かれてたからだった。
(…だって、最近逢えてなかったし)
それは主にわたしの方に理由があったんだけど。
「ごめん、驚かせちゃったね」
申し訳なさそうな声に、我に返る。
「え!? ううん、確かにびっくりしたけど。でも、これが小牧さんのお仕事だもの。その間に、よそ見しないで受験勉強頑張ります」
「え。俺はよそ見なの?」
「ええっ、だって……!」
小牧さんのこと考えたら勉強なんて手につかなくなっちゃう! ……とか、そんな恥ずかしいこと言えるわけもなくて慌てて口をつぐんだ。絶対、今、わたしってば変な顔してる…!!
案の定くつくつ喉の奥で笑う小牧さんを、うーっと唸って睨む。そして、わたしは拗ねた素振りでそっぽを向いた。
「いつですか、出発」
「明後日」
返事はとても静かな声だった。…明後日……平日だ。お見送りもできない。
また俯きそうになった時、ふと小牧さんが辺りを窺った。
誰か来るのかな? と気が逸れたタイミングで、わたしは長い腕に捕まった。
やんわりと、弛い弛いハグ。
「メールも電話も、いつでもしておいで」
そう言ってから、「…違うな」と呟く。
「寂しくて、俺が耐えられないから。できるだけ、電話して」
「………………………はい」
胸が、きゅうっと締めつけられて息が苦しい。やっと吐息のように答えたわたしの額に、そっと温かなキスが降ってきた。
---梅雨のあの日以来、小牧さんは額や頬や瞼に時々優しいキスをくれるようになった。…嬉しい。凄く嬉しい。
(…でも)
本当のキスはいつもらえるのかな。
(そんなの二十歳すぎてからに決まってるでしょ)
欲張らないの! と自分を叱りながら電車を降りると、逸る気持ちのまま急ぎ足になる。
続きは卒業してからね。って小牧さんは言ってくれたけど。卒業しても、わたしはまだ未成年だから本当のキスはもらえない。……もしかしたら、今のキスだってアウトかも知れない。
だから、できるだけ我儘は言いたくなかった。
長い長いコンコース。駆け足にならないよう必死に足を宥める。その先に見えてきた改札の向こう、コートの裾を翻した長身が、スーツケースを引いて急ぎ足で改札機を抜けて来た。
「小牧さん!」
「驚いた。改札って、いったいどこの駅かと思ったら」
飛びついたわたしに、小牧さんは心底呆れたみたいだった。
『改札で待ってます』
わたしが打ったメールはその一文だけ。そして、小牧さんが抜けて来た改札の向こうはもう空港だ。
「だって、待ちきれなかったんです…!」
たくさんの人が、改札からホームに向かってコンコースを流れて行く。ぎゅうっとしがみつくわたしを、「こっちにおいで」と小牧さんが壁際に寄せた。
「どうしよう、すっごく抱きしめたい」
きっとジロジロ見られてる。困らせてるのは解ってたけど。
「ダメです。抱きしめていいのはわたしだけ」
これだって苦しい屁理屈だ。それでも小牧さんがわたしに何かしてるわけじゃないのは確かだから。
待ったをかけたわたしに、小牧さんが苦笑する。
「んー。何のガマン大会かな、これ」
「恨むなら法律を恨んで下さい」
言い放って、わたしはいっそう腕に力を込めた。
「志望校、合格しました。卒業式も終わりました」
「うん、おめでとう」
もうとっくに電話で話したことなのに、小牧さんは頷いてくれる。
だから、ちょっとだけ甘えたくなった。
「ただ、小牧さんだけが足りませんでした」
「………………うん。俺にもなまえちゃんが足りない。でも、電話ありがとう。かかってくるたび、凄く嬉しかった」
電話では我慢してた本音をこぼす。と、ずっと歳上の恋人は大きな手で優しく髪を撫でてくれた。
今この場では、これが小牧さんにできる精一杯の愛情表現だ。
「ただいま」
耳に降ってきた穏やかな声と掌の心地好いぬくもりに、わたしはうっとりと目を閉じた。
「おかえりなさい」
END