Library War
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*Happy birthday 2019*
電球色に染められたカウンターの木目に、艷めくパキラの葉とその鉢に転がしたビー玉。
ヴィンテージの棚に並べた、焼きもの教室に通って作ったお気に入りの食器たち。
色鉛筆で描いた、一枚一枚少しずつデザインの違うメニュー表。
キルトを乗せた本棚やカウンターの端には、色々なジャンルの本を少々。
小さな隠れ家風の木のぬくもりは、床や壁、扉や小窓に至るまで。
「お待たせしました、"お月見カレー雑炊"お持ちしました」
お盆を持って、テーブルの前で立ち止まる。
私の声に指先をぴくり跳ねさせた彼は、はい、と小さく返事をして、読んでいた本に栞を挟んだ。邪魔しちゃったな、とほんの少し微笑って、失礼します、と少し屈んで腕を伸ばす。この黒いどんぶりもお気に入りの一つだが、彼には重そうに見えるのか、すっと手を添えてくれた。
お礼を言えば、ひょいっと頭が小さく下げられる。伝票を裏返して軽く腰を折れば、チラリと目を合わせて彼もまた頭を揺らす。律儀な人だ。
「頂きます」
縦にに長い隠れ家を奥に十歩。カウンターに戻ったところで聞こえた声に、さり気なく後ろを窺って、こっそり微笑う。毎度のことながら、口許が小さく動くのも、机とほぼ同じ高さでひっそりと、しかし、きちんと合わせられた手もほんとに可愛い。
スポーツをしていそうな体躯を少し寛げ、本を覗き込む様も好きだ。彼の読んでいる本にアガサ・クリスティー代表作の一文を見つけたこともあったからミステリーが好きなのかとも思ったが、どうなのだろうか。図書館のバーコードがないときは、どの本にも几帳面にカバーが掛けられている。尚且つ、お盆を持っていくとすぐに仕舞われてしまうので、彼の本の趣味は暫く謎だった。
ただ、敬愛する当麻蔵人先生の、しかも少しコアな作品の一文を見つけてしまったときは思わず高揚してしまった。
「当麻先生、お好きなんですか?」
そう口にしてしまった後で、少し驚いたように見上げてくる彼の##RUBY##表情#かお##に失敗したなと内心眉を顰める。当麻先生の"作品"が好きだとしても、当麻"先生"と呼ぶ人など私のような同業者や関係者がほとんどだろう。
「あ、えっと、すみません。当麻蔵人の、」
「いや、大丈夫です。好きです、当麻先生の作品」
そう言うなり、少し粗忽とも言えそうな手つきでカバーを外して表紙を見せてくれた彼。そのときの顔は、同士を見つけた興奮にか少し紅潮していた。
何度か話してみて分かったことは、彼も当麻蔵人のファンだということ、図書大の学生さんだということ、そしてあまり話すのが得意ではないのかもしれないということ。口数が少ないことは、この店を訪れる客層の特徴のひとつだから置いておくとして。しかし、話しかけた途端に何処か居心地悪そうに目を泳がせられるのはちょっと悲しい。
でも、そんな彼は食べるときはまるで獣みたいに食べるものだから、あぁ男の人なんだなと思う。だからと言って粗雑とか乱暴とかそういうんじゃなくて、そう、例えるなら、
(くまさん、かな?)
ふと思い浮かんだそれはあまりにぴったりすぎて、自分で考えておいてにやにやしてしまう。
「よろしくお願いしまーす」
「あぁ、こんにちは。今日もよろしくね」
「なんかいい事でもあったんですか?」
エプロンをして出て来るなり問うてきたバイトくんに、ふふふと笑み返す。口元を手で隠しながら、そっと教えてあげた。
「ううん、ただ可愛い人を見てただけ」
「?あぁ、堂上ですか」
「あれ?名前、知ってたの?」
「知ってるも何も、俺、アイツと同級なんで」
「へー」
バイトくんの履歴書にも図書大とあったし、なんとなくお互いに知っているような雰囲気もあったが、まさか同じ学年とは。
驚きを隠さずバイトくんを見上げれば、しーっと人差し指を立てられる。揶揄うように細められた目に見下ろされて、此方も何となくむっと口が尖る。あざとい仕草をやってのける二十歳というのも憎たらしいが、今度の短編はこのバイトくんをモチーフにしてしまえばいいのでは。それにしても、
「堂上さんもハタチだなんて」
「いや、確かもう誕生日来たらしいから、二十一?」
「うそでしょう……?」
あの可愛さで21歳、だって?
バイトくんという名の壁を立て、陰からそっと覗くと、彼は──“堂上さん”は雑炊を食べ終えるところだった。のんびり話しすぎたと、慌ててハーブティーの用意を始める。
チラリと盗み見ると、やはりまた手を合わせた。その口許を見ると、癖なのか少し尖っている。どこまでも可愛いと思わせる仕草に、自分の眉間がきゅっと皺をつくる。
「あの可愛いくまさんが二十一……?年下だから許すべき……?」
「そんな驚くことじゃないと思いますけど。アイツそんな童顔じゃないでしょ。てか、熊?」
何それ。アイツはゴリラですよ。
そう言い放ったガキをばっと見上げると、ふんわり微笑んでいたが、その目には馬鹿にしたような色を見つけられた。
思いっきり顔を歪めて見せてやると、バイトくんはきょとん、と無害そうな顔をして見せる。先程まで顔を覗かせるために掴まっていた筋肉質な腕を、ぎゅむっと抓る。痛っ、という小さな叫びが聞こえた気がしたが、そんな気がしただけだろう。
「小牧くんって意外と言語センスないのね」
「心外です。事実なのに。アイツから一本取るの大変なんですから」
俺弱くないのに、とでも言うような高慢ともとれそうな表情に呆れ果てる。しかし、そっか。同級で同じ学科なら、授業も被るのか。
「一本って、この前言ってた授業の?」
「ええ、高崎さんの言う”帯巻くやつ”です」
「もうわかったから、蒸し返さないでよ…。小牧くん優勝したって言ってなかった?」
「しましたよ?でも昨日の実技で、とうとうアイツに負けたんです」
悔しそうに、でも心底愉快そうに打ったケツが痛いと続けるバイトくんに、開いた口が塞がらない。物静かで礼儀正しい、読書家の男の子。それが、三ヶ月間こっそり観察してきた私の中での彼の印象だった。
「すげぇ負けず嫌いの熱血野郎なんですよ。……吃驚しました?」
顔を覗き込んで悪戯っぽい微笑みを向けられたとき、木の椅子が床に擦れる音がした。驚いて振り向くと、話題の彼が立ち上がり、見たことも無い不思議な表情で此方を見ていた。
「お待たせして申し訳ありません、只今ハーブティーお持ちしますので」
「え、あ、いや……」
立ち上がったままで何か言いたげな顔に見えた堂上さんだったが、その目は言葉を探して泳いでいる。その上、首に手をあてる仕草や顰められた眉間から"困ってます"という気持ちがだだ漏れで。私まで何だか困ってしまう。
「何か……もしかして粗相を、」
「違います!」
突然尖った声に思わず肩が跳ねる。お客様の声に驚くなんて、この店を継いでから初めてだった。
しかし、やってしまった、と言わんばかりに眉を下げる堂上さんに流石に少し戸惑い、無意識にバイトくんの顔があるだろう斜め上を振り返り助けを求めてしまった。が、そこに小牧くんは居らず。
「さすがに、そこまで鈍いとは思いませんでした」
下からの声に吃驚して顔を下げると、カウンターに掴まって蹲っている肩が震えていた。
*fin.*
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