「フォーラム」編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「止まりなさい!止まらないとこかす!」
警告を無視し走り続ける少年達に、郁の口からは舌打ちが漏れた。ここまでくれば、相手が未成年だろうが怪我をしようが、郁の知ったことではない。
郁は遅い方に狙いを定め、ぐんとスピードを上げる。振り返った顔が固まるのと郁が上体を捻るのはどちらが早かったか。
少年の軽い体はタックルされ呆気なく地面に倒された。
「置いて逃げるのかッ」
手塚の追撃に、走り続けていたもう一つの背中も、とうとう立ち止まった。
「…笠原一士より堂上二正へ。容疑者確保しました、2名です」
「"よし、よくやった。怪我はないか?"」
「ありません。でもあの…子供なんですけど、2人とも」
───数分前。
今日、図書館広場では"子供の健全な成長を考える会"の集会が開かれていた。特殊部隊の任務はその警備だった。
最近起きた少年犯罪が図書に影響を受けてのものではないかという報道のせいか、このところその手の集会も増えていた。
郁はくだらないと内心毒づきつつも特殊部隊として警備していた。今回も無事に終わるかと思われた時だった。
───パンッ!───
一発の大きな音に続き,広場一体に数発の乾いた破裂音が響き渡った。参加者たちが一斉に騒ぎ出す。
「銃声!?」
「違う!ロケット花火だ!」
打ち込まれた瞬間を見たらしい手塚と辺りを見回す。
「"笠原、確保!お前の後ろだ!"」
耳に付けた無線からの声にばっと振り返ると、図書館前の道路を走り去る影。
郁達はすぐにその背中を追いかけ走り出した。
───そして冒頭に至る。
犯人が子供だったという報告に堂上が息を呑んだのがわかった。
「"二人を連れて通用口から中に入れ。警備控え室で待ってろ。人目につかせるなよ。"」
指示通り控え室で二人を椅子に座らせているが、教官がなかなか来ない。
二人を落ち着かせるために一応、お茶を出してみる。
問いただせば二人とも市内の中学校に通う2年生で、郁が捕まえた方は木村 悠馬、手塚の方は吉川 大河。どうやら二人は友達同士らしかった
二人ともふて腐れたり開き直った様子はなく、寧ろ真面目で利発そうに見えた。
なぜこの子たちが?と首を捻っていると、どかどかと廊下を渡る足音が近づいてきた。
郁と手塚が顔を見合わせた瞬間、バンッと荒っぽくドアが開けられた。
「悪さしたガキはどれだ!」
ずかずか入ってきたのはなんと玄田で、その後ろで小牧が全開になったままのドアを閉めるのが見えた。どうやら堂上が呼んだらしい。
「お前らか!何考えてんだバカどもが!」
子供相手に本気で怒鳴っているわけではないのは郁にもわかった。だがそもそもが迫力のある玄田だ。少し声を荒げるだけでものすごい。堂上が彼を呼んだのも納得だ。が。
堂上あたりにでもこっぴどく怒られてせいぜい反省すればいいとは思っていたことは認めよう。
だが金縛りにあったように固まり、立て!と言われ怯え切った彼らは誰がどう見ても気の毒だった。
玄田はそれに気づいているのかいないのか。そんな玄田を見て郁は思わずぽつりと呟いた。
*
「え?なまはげって言っちゃったんですか?」
可南が目をぱちくりさせている間に、中途半端に挙げられた銀色のフォークから、するりとパスタが逃げた。
「笑えるでしょ?笠原にしては的確よね」
初対面を果たしたあの日と同じ店に、改めて食事に来た三人。
既にこの話を聞いたらしい柴崎が所々で茶々を入れていたせいで、ここまで話していた郁の顔は少し渋い。それも含めて心底面白そうに笑う柴崎に、可南も申し訳なさそうに、だが可笑しさを堪えきれずにはい、とつられて頷く。
「でも、小牧さんはそこにいて大丈夫だったんですか?」
「大丈夫って?」
「笑わなかったのかなって」
小牧の笑い上戸を知る一人である可南には、子供の手前、大っぴらに笑うことはしなかっただろうが、あの小牧が我慢できたとも思えなかった。その通りだったのか、郁の顔はますます渋くなった。
「…途中で出てったきり、」
これには柴崎だけでなく可南もとうとう堪えきれずに声を上げて笑ってしまった。
「だ、駄目じゃないですか…!小牧さん何しに来たの…!」
「ほんとだよ!なんなのあの笑い仮面!おかげで私が怒られたし…!」
「手塚も堂上教官もみんな笑っちゃったらしいわよ?」
「え、手塚さんもですか?あまりイメージ湧かないです」
「あいつはかっこつけてるだけよ」
柴崎の言葉に笑った郁は急に顔を顰めて見せる。そのわざとらしい沈痛な表情は手塚の真似らしく、それがまた可南をツボに入れた。
「でもさ、堂上教官も人の事言えないわよね!自分も笑ったんだからさ!」
「そんなこと言っても、今回のは職務妨害もいいところよ。堂上教官もお気の毒に。こんな困ったお姫さ──」
「ギャーーーーーーーーーーッ!?」
柴崎の発言にいきなり郁が叫び、可南はぎょっと目を丸くする。
鍛え上げられた腹筋からのそれは簡単に店内に響き渡り、三人のテーブルにフロア中の視線が集まる。
可南と郁は固まったが、柴崎はおでこに手を当て嘆息を漏らすと、音もなくすっと立ち上がる。
「うちのバカがご迷惑をおかけしてすみません。どうぞお気になさらず」
完璧なまでの営業スマイルに思わずぽーっとした可南だったが、はっとして立ち上がり、郁と共に店員さんをはじめとする店内の四方八方に頭を下げた。
顔が真っ赤だったりにっこり美人だったりの三人に、はじめは訝しげな視線を向けていた人も段々と各々の食事に戻り、何事もなかったかのように穏やかなBGMが店内を満たし始めた。
柴崎は最後まで笑顔を崩さず立った時同様にすっと腰を下ろした。それに続いた可南は、最後に力が抜けたように座った郁を睨んだ。
「もう、笠原さんしーーっ!!」
「見境ないのは堂上教官に対してだけだと思ってたけど。ただの非常識だったのね」
「誰のせいだと思って……!」
また吠えそうな郁に可南は慌てて諌める。それが柴崎の目にはサーカスの猛獣使いに映った。
「ところで…!その子達は許してもらえたんですか?」
「……まあ」
郁によれば、結局その気の毒な中学生二人は集会の会長に謝り、今度の『図書館の自主規制を考えるフォーラム』に出ることになったようだ。
それも"大人のケンカを教えてやる!"という玄田の突飛すぎる発言がきっかけだというのだから、図書隊らしいというかなんというか。
だが明らかにぶっ飛んだそれに、中学生二人が目を輝かせたというのだから、もしかしたら可南が思うほどは気の毒ではないのかもしれない。
むしろ願ったり叶ったりってことか、集会中に"抗議行動"をやってのけた彼らにとっては。
「お兄ちゃん、反対しなかったんですか?」「もちろん反対したわよ!そりゃあもう、すっごい勢いで」
「当然よね。子守を押し付けられるとしたら自分だって分かってたんだろうし」
「あー……」
想像に容易いのか可南は既に苦笑いだ。もう大変だったんだから、と愚痴る郁の顔は少し笑っている。
「玄田さん耳貸さなさそうですもんね」
「そーなのよ。ガキ帰してから延々ケンカ」
「あー目に見える。そんな報われない間抜けな生真面目さもステキ」
「ちょっと柴崎!」
「え?柴崎さん、お兄ちゃんのファンなんですか?」
「今のをどー聞けばファンだってわかるのか聞きたいんだけど?」
「え?違うんですか?」
「違わないけど」
「まあそれはさておき、問題は時間のなさね。只でさえ準備期間ないっていうのに…。学校の文化祭じゃないんだから」
柴崎はそう吐き捨て、デザートのティラミスを口に入れる。
もともと準備期間が短い催しなのに予定外の要素を突っ込んだことを怒っているのだろう。段取りを調整するのは、当然防衛部よりも業務部への負担が大きい。
「アンタのとこの隊長やっぱり奇天烈ね。理解出来ないわ。それに、堂上教官も堂上教官よ?あの人は変に小器用だから損するのよ。全く」
「あ、柴崎さんわかります?実はお兄ちゃんね、……」
可南も思い当たる節があるらしく、子供の頃の話をし始めた。そして案の定それに悪い笑顔で身を乗り出す柴崎に、またもや郁の顔が引き攣る。
「だから仮にもファンならもうちょっと他に言い方ないわけ」
「?本人が聞いてなければ良くないですか?」
「……あー」
きょとんとする可南に郁は思わず苦笑が漏れる。
兄貴に対してなんて何処もこんなものなのか、例え相手が"あの"堂上教官でも。
「……うん」
暫しの沈黙の後に出たのはたったの二文字。
郁は、本気で不思議そうに首を傾げる可南に共感しつつも、相手が相手なだけに苦笑いだ。そんな郁を見て、柴崎は白い指を組んで微笑む。
「あら何か?自分はクソ教官呼ばわりだったのに。人の事言えないのはあんたでしょ」
「いつの話よ!?」
「がっつり一年以内?」
「柴崎!」
「まあまあ!笠原さんもお兄ちゃんのこと好きだって十分わかりましたから!だから静かに──」
「好きじゃないッ!」
「笠原さんッ」
しれっとばらす柴崎と、可南にまで噛みつき出した郁と無意識に煽ってしまった可南と。
彼女らが再び周りの視線に気づくまであと少し。
*
兄妹ってこんなに似るものなのか。
小牧は全く同じ顔で対峙する二人を半ば感心しながら見守る。
だがそう思っているのが小牧だけではないことは、事務室全体の雰囲気でわかった。
二人を横目に奥のソファーで寛いでいる折口なんて、優雅にお茶を飲んでいるがその口元が上がっており、面白がっているのがバレバレだ。
「それで、なんで私が呼ばれるの?」
「だから、誰か見ててやらないと駄目だろう」
「そんなのお兄ちゃんがすればいいじゃない」
いつもより幾分低い声で交わされる会話。郁の椅子を借りている可南は不機嫌そうに腕を組んでおり、向かいの堂上は堂上で同じように腕を組み、盛大に眉間に渓谷を刻んでいる。
「お兄ちゃん、私が受験生だってこと忘れてない?」
「そういう時だけ受験生面するのやめろ。俺だって頼みたくて頼んでるわけじゃない」
「じゃあ頼まないでよ」
そう言って睨んでいる可南が制服のままなのは堂上からのメールで、図書館に真っ直ぐ来たためらしい。事務室に入ってきた時から、この兄妹はずっとこうなのだ。
「あいつらだけでは心配だろう」
「折口さんがいるじゃない。そのために呼んだんじゃないの?」
「違う。取材だ」
「どっちにしろその場にいるってことでしょ?ほら、彼らだけじゃないよ」
「あ、私はあくまで居ない体で進めてもらうつもりだから期待はしないでー」
折口からののんびりした言葉に、可南はきゅっと眉間にシワをつくる。
「もしかして年近いからとかそういう理由?あのね、女子高生と中学生って相性良くないの」
溜め息混じりにそうはっきり言い放った可南の顔には、口調とは裏腹に本当に不安そうな色が見えて、小牧は内心あららと零した。
「あ、若い人なら笠原さんがいるじゃない。そうよ、笠原さんと小牧さんに頼めばいいじゃない!」
名案!とばかりに目を輝かせてこちらに振り返った可南に、小牧は苦笑するしかない。それが出来ないから頼んでるのになぁ。そこに子どもが苦手な手塚の名前が出てこないのは、さすが柴崎と交流があるだけはあるが。
「これから警備だからね。中には居られない仕事なんだよ」
「え?でも笠原さん、今日はずっと内勤って言ってましたけど」
「あれ?笠原さん勘違いしてるのかな」
「え、それ大丈夫なんですか?」
「んー、早く教えてあげないといけないかもね」
ずっと傍観していた折口は、急にほのぼのとした雰囲気を纏った二人と、それに気づいていないのか相変わらず困り顔の堂上達を見てふーん、と独りごちる。
(ちょっと意外、って感じかしら?)
「どう?やっぱり駄目そう?中学生嫌い?」
「嫌いっていう訳じゃないんですけど。年下って中高の部活の子くらいで…。従兄弟にも年下がいないから少し不安なんです、どんなふうに話していいか」
そう素直に話す可南に、仏頂面だった堂上ははっと気づいたように小牧を見た。それを視界の端に捉えつつ、小牧はもう一押しとばかりににこりと微笑む。
「それなら折口さんと一緒だから大丈夫だよ。その場にいて、あれ?って思った時だけ少し手伝うくらいでいいからさ」
「でも……。これ完全に図書館の仕事じゃないですか。部外者の私が関わっていいんですか?」
「むしろ関係者じゃないからいいんだよ。図書隊が手伝うと、相手方は何かと煩いだろうから」
「………」
「可南ちゃんなら大丈夫だよ。子供同士、すぐに打ち解けられるよ」
「!」
(あら、)
穏やかな小牧の言葉にほんの一瞬だけ、可南の瞳が揺れた。
だがそれは遠くにいる折口にも雰囲気でわかってしまうほどに。折口は思わずあーあ、と溜め息をついてしまった。
“ただの”女子高生にしてもそれはないだろうに。
「………っ」
可南の唇が何か言いかけたように震えた。だがそれもすぐに閉じ、仕方ないなぁというように弧を描いた。
「わかりましたよ。これも何かの練習ですよね」
「お、おい、大丈夫か」
「うん、頑張ってみるよ」
「いや、そうじゃなくて、」
明らかに様子がおかしいのにとぼける可南に、堂上は眉を顰める。
「折口さん、お待たせしてすみません。そろそろ行きましょう」
「おい、可南、」
可南は最後まで堂上を無視し、失礼しましたと言い残して折口と共に事務所を出て行った。詳しくは聞こえていなかったらしい周りが、説得できたみたいだなと話しているのが聞こえる。
「小牧、あれは、」
ないだろう。
振り返った堂上は、言いかけた言葉を呑み込んだ。小牧は既に書類を手に取っていたが、閉まったドアから逸らされた目はどこか切なげに見えた。
「可南ちゃんだったわよね」
子供たちのいる公共棟の講義室に向かう途中、唐突に話し掛ける折口に可南はきょとんとしながらも、はい、と答えた。
「可南ちゃんは小牧くんが好きなの?」
「えっ、」
目を真ん丸にした可南の顔を見て折口は笑った。
「なんでわかったのかって顔ね」
結構わかりやすいわよとクスクス笑っている折口に、可南は困ったようにへらりと笑ってみせる。
「そんなにわかりやすいんですか?それは気をつけないとダメですね」
「別にいいと思うわよ。望みありそうだしね?」
「それはないですよ、だって小牧さんは……」
「子供だと思ってる?」
先を続ければ、可南はうっすらと笑みを張りつけたまま俯いてしまった。そんな可南をちらりと見下ろした折口は、密かに溜め息をついた。
折口は前を向いて暫く黙っていたが唐突に、でも、と呟いた。
「私にはそうは見えなかったわ」
「そんな、さっきだって子供同士仲良くねって、」
「だから」
少し鋭い口調で遮った折口に、可南は少し驚いたように顔を上げた。折口は横に立つ可南を見つめ、そしてきっぱりと言い切った。
「私にはそう見えなかったわ」
意味がわからないといった様子の可南に、折口は一瞬だけ綺麗に微笑んで見せた。
そして可南がそれを尋ねようと開きかけた口元に、すっと人差し指をかざす。
戸惑いながらも黙った可南に、折口は満足そうにもう一度微笑むと、何事も無かったかのようにまた颯爽と歩き出した。
廊下にローヒールの小気味よい音が鳴る。その遠ざかる音に、可南は慌てて折口を追いかけた。