「恋の障害」編
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小牧が連れ去られて早二日。法務部にも特殊部隊にも進展のないまま、金曜の夜を迎えた。
堂上はいよいよ表情が険しくなり、あの玄田でさえ迂闊に触れないほどになっていた。先日大激突した郁も、意地になって口を聞かない。だがそんな郁も含めた誰もが、今までにないほどの心地の悪さを抱えていた。
「そろそろリミットよね」
部屋でポツリと呟いた柴崎に、郁はびくりと肩を竦めた。
二日目という事は連れ去られた日から数えたら三日目である。帰って来ないのは持ちこたえているということだろうが、それだけ状態が悪くなっているということと同義である。
「……ねえ」
この三日間、郁にはずっと重苦しく胸の内を渦巻く思いがあった。それは一度は鎮めようと決めたもの。
あの大激突した日、堂上教官が部屋を出ていってしまった後、しゃくりあげる可南ちゃんを事務室の端の椅子に座らせた。ティッシュとゴミ箱を傍に据え、一人にさせることもできず柴崎と二人で付き添った。可南ちゃんは暫く鼻をぐずぐずさせていたが、気持ちを切り替えるように一度大きく息をついた。
『まあでも、これではっきりした感じはありますね』
『小牧さんもお兄ちゃんも、所詮そうなんだなあって』
『心配かけたくないからとか言い訳して、カッコつけたいだけというか』
『ほんと恩着せがましくないですか?自己保身にも程があるってんですよ』
『こっちがどれだけ傷つくかなんて、くだらないプライドしか守れない男には一生分からないんでしょうね』
すん、と鼻を鳴らす可南ちゃん。きつい口調と勝気な表情に、しかしどこか寂しそうな色で揺れる少女の瞳が郁にはつらくて仕方なかった。
『言わなくていい事が世の中には沢山あるってことも、わかってはいるんですけどね』
図書館の入口まで送ると、可南ちゃんはそう言って眉をへにょりと下げて、また迷惑を掛けてすみませんと謝って帰って行った。その表情が、彼女を見送ってから今もずっと頭から離れない。
待つ側の思い、きっとそれは毬江ちゃんだって同じはず。慕っている人が、大好きな人が傷つけられるなんて、
「そんなの許せない」
珍しく茶々を入れずにいた柴崎は、郁が顔を上げた途端に相変わらず乙女回路全開ねー、と少し呆れた調子で呟いた。しかしその顔は、柴崎がはっきりと考えを固めたときにする、独特の鋭さがあった。
「でも今回ばかりはその乙女理論に賛成。ハイティーン侮りすぎよ、あの男共」
せっかくのウォッチング物件にまで影響があったらかなわないし、と嘯くところはやはり柴崎らしいと思う。
「あんた、明日午後から半休取りな。あたしも取るから。毬江ちゃん家行くわよ」
「家分かるの?」
「小牧教官の実家近辺探せば見つかるわよ」
確かに中澤という苗字がその近辺だけ何軒も集まっているなんてことはないだろうが、柴崎にしてはざっくりした作戦だ。
「それにあの人、毬江ちゃんに言うななんて一言も言ってないしね」
頬杖をつき、自信満々な目線を寄こした柴崎は、実は仲間内で一番悪辣かもしれない。女狸は伊達じゃない、まるで子どもに戻ったような悪友の頼もしさに郁は久しぶりに笑った。
*
小牧の連行から四日目となった土曜日。
利用記録が残る、という点で初めは候補から外していた民間の貸し会議室や研修室も、最早そんなことは言っていられない状況になってきた。良化隊が少しでも関係している施設や機関を片っ端から洗い出し、防衛部の協力も得て随時偵察をしているが何ら進展がない。しらみ潰しに当たるにも思うように進まず、時間ばかりが過ぎていた。
昼を回って更に二時間ほど経ち、なんと手塚から小牧の居場所に関する情報が出た。情報元は言えないという手塚だったが、その顔は嘘をついているようではないと堂上は感じていた。完全に信用できるとは言えないものの直ぐ様上に報告し、玄田の判断を待っていたときだった。
「堂上教官ッ!」
休んだはずの声が、後ろから勢いよくドアをぶち破って来た。振り向くと、私服姿の笠原が扉を開け放って駆けてくる。そしてその後ろには、柴崎に伴われた制服姿の毬江が続いて入ってきていた。こんの馬鹿…!せり上がってきた怒りのまま口を開く。
「枕から頭も上がらないほどの生理痛はどうした!?」
手塚が横でぎょっとしたのがわかった。男が口にしづらい単語を力一杯怒鳴った自覚はあるが、この際どうでもいい。笠原は高い背をびくっと竦ませたが、すぐに開き直ったように向き直ってきた。
「ほんとは半休のつもりで、でもあたし巧く抜けられる自信なかったので。それならいっそ朝から病欠にしちゃおうと思って。それでまあ、一番突っ込まれにくい理由に」
「アホか貴様!誰もそんな事は訊いてない!」
笠原のアホさ加減に頭痛がする。柴崎は柴崎で、笠原の後ろで何食わぬ顔をしている。何関係ありません、みたいに立ってるんだ!片手で髪を弄っていた柴崎を睨め付けた。
「お前もだ柴崎!何やってるんだ!」
「お言葉ですが、建前に拘泥する男のほうが今回はよっぽどバカだと思いましたんで」
しれっと"バカ"を強調してきた柴崎に、米神に青筋が浮かびそうになる。
「小牧は言うなと言ったはずだ!」
「堂上教官は頼まれてたみたいですけど、あたしたちは頼まれてませんし?」
人を食った柴崎の受け答えは、笠原のバカさ加減よりも腹が立つ。また怒鳴り返そうと拳を握ったところで、毬江ちゃんが前に進み出てきた。いきなりの事に堂上が思わず二の足を踏むと、毬江ちゃんは俯いて携帯を叩き、画面を見せてくる。
『私は知らせてもらえてよかったです。だから怒らないでください』
既にいいだけ怒鳴ったので、補聴器でも十分聴こえたらしい。毬江に訴えられては、堂上も矛を引かざるを得ない。仕方ない、と顔に刻み込んで大人しくなった堂上に、玄田はにやりと笑った。
「やっと済んだか」
その一言で今しがたの労力が、全て茶番か何かのような扱いを受けていたと分かり、堂上は益々むすっとした。だが玄田が立ち上がり、ひとたび隊を見渡せば、皆の雰囲気はすっと締まった。
「敵は卑劣なやり口で小牧を奪った!我々は協力者の心意気に感謝しつつ、正しいやり口で小牧を取り返しに行こう!」
四日待たされてストレスのかかっていた隊を、玄田のその激が解き放った瞬間だった。
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Sub:non title
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To:可南
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可南の王子様を助けに行ってくる。
絶対に負けないから待ってて。
毬江
───────END────────
Fin.
*おまけ*
良化特務機関の査問会から小牧が奪還されて二日経った。小牧はたった一日の休みで衰弱から回復すると、早々に業務に復帰した。その上、その晩に酒持参で部屋を訪れたときには堂上も流石に呆れるしかなかった。
「タフだな、お前も」
「いやぁ、一昨日はどうもね」
「今日くらい大人しく寝とけよ」
「もうだいぶ前のことに感じるよ」
小牧が腰を下ろすと、堂上はいつものように割り勘のため財布に手を伸ばしたが、小牧に手振りで止められた。
「今日は俺の奢り、世話かけたからね」
「世話も何も、お前だってそうなるだろ」
「それはそうだけどさ、世話かけたことに代わりはないし」
小牧は笑って、その代わりと言ってはなんだけど、と広げたツマミを勧めながら堂上を見据えた。
「できれば俺がいない間のこと教えてくれるかな」
そう言われると、堂上は喉を突かれたように言葉に詰まる。聞かれるだろうとは思っていたが、できれば訊かれたくはない話だ。
「……酒代、俺が全部持つから勘弁してくれっていうのは」
「却下」
小牧から笑顔のままで、スパッと退けられ頭を抱える。
小牧が訊いているのは一昨日、奪還のあの現場に毬江が同行するに至った経緯にほかならない。連行されるとき暗に毬江に知らせるなと言ったにも関わらず、だ。
「その……お前の捜索が難航しててだな、」
「お前の考えだとは思えないからさ。笠原さんか柴崎さんか、はたまた二人ともか。その辺りだと思ってたけど、どう?」
目を逸らし言葉を探す堂上に、小牧はあっさり言い当てて見せた。そしてがっくりと頭を垂れた堂上を見て、ビール片手に苦笑した。
笠原達の所業を吐いてしまえばそれまでだ。だが結局の所、それを止められなかったことも事実であって、だから彼奴らを盾にするのも少し違う気がした。
「……俺の責任だ」
「俺、責めてないけど。むしろ感謝してるよ」
「いやでもお前、伝えるなって……」
「うん、確かに言ったけどね。でも結果オーライだったし」
本当にそう思っているのだろう、小牧の口調はなんとも清々しかった。その様子に、堂上は溜め息を一つつくと、ようやく口を割った。
「毬江ちゃんに知らせるべきだと最初に主張したのは笠原だ」
「やっぱり?で、堂上は烈火のごとく怒って却下したんだろ」
当たっている。堂上は気まずいあまり、ぐいっとビールを煽った。
「だがアイツも一度は引き下がったんだ」
そう言うと小牧は意外だという顔を隠しもせずに続きを促した。堂上は小さく息をついた後再び話し始めた。
「可南が……アイツ、笠原から聞き出したらしくて、仕事中に乗り込んで来た」
どうして教えてくれなかったのか。
なぜ毬江ちゃんにまで黙っているのか。と、怒りを露にして。
本人に何ら謂れのない問題の責任を問うつもりか。あの子のせいで小牧が連行されたとでも言いたいのか。
そう怒鳴った堂上に、可南に途中から郁も加わり2人は負けじとばかりに怒鳴り返してきた。
「……好きな男が自分を理由にされて窮地に落ちてるのに黙ってられる女なんかいるわけない、助けに行きたいに決まってるってな」
そう、と小牧は微笑した。
『だからそれが勝手なんだってばッ!何それ、心配かけたくないとか男のプライド!?そんなのクソ迷惑だ!さっさと捨てちまえッ!』
そう可南に啖呵を切られたところまで話すと、小牧が思いきり吹き出した。
「耳が痛いね」
堂上はむっつりと黙り込んだ。確かに耳が痛かった。そんなものは男の自己満足だ、と。堂上も心のどこかでは、勝手かもしれないと、そう思っている。だが見ないふりをしていたその柔らかい部分、それを剥き出しにされ、責められた気がした。
「でもそれ、限りなく可南ちゃんの本音なんだろうね」
存外軽いノリで呟かれた言葉だったが、それを聞いた堂上ははっきりと眉間の皺を刻み込んだ。職業柄、命の危険と隣り合わせなのは当たり前であって仕方のないことだが、家族や恋人の心配は絶えないだろう。
そして、可南に関しては10歳も下。堂上が図書大に入学した時点ではまだ小学生やそこらだった。
子どもよりは理解力がついたその頃、年の離れた兄姉のせいで年の割にしっかりしていた可南なら、親が少なからず反対するような職種に就くことがどういうことなのか、小さいなりに分かったはずだ。
そんな頃から心配かけていたら、いくら日頃口には出さなくても、積もり積もった思いがあることは分かりきったことだった。
「そして堂上はよく被弾したからね」
「……お前、そんなよく転んだよなみたいなノリで言うなよ」
誰も被弾なんてしたくてしている訳じゃない。堂上はそう言いながら少し温くなったビールを流し込んだ。
あたりまえでしょ。と小牧はツマミに手を伸ばした。相変わらずの正論で、少しの足掻きをも切られた堂上は、弁解を諦め、ケータイを手に取った。
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Sub:悪かった
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To:可南
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今度の土曜日、昼どこか食べに行こう
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《送信中…》
《メール一件受信しました。》
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Sub:Re:悪かった
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From:可南
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美味しいとこじゃなきゃやだからね
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その妹らしい返事に思わず笑みがこぼれた。
これからはあまり心配させないようにするかな。
(ま、アイツがいる限り無理だろうがな)
ドジを踏んで阿呆ヅラをしているアイツが浮かび無意識に笑ってしまった。
そして、微笑みから、明らかにお姫様を思い出しての笑いに変わった堂上を肴に、小牧はまたビールを空けた。
Fin.