プロローグ
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「小牧二正」
「ああ、手塚おかえり」
「お待たせしてすみません。交代します」
「いや、急がせたみたいで悪いね。俺より笠原さんに次昼飯だって言ってくれないかな」
「はい」
"笠原さん"というワードに相変わらず固い表情を見せ、小走りで去って行く背中を見送る。
「笠原、次昼飯」
「ん?あ、はーい」
普通に言葉を交わし始める部下二人に、小牧はしみじみと頷き、返却された本のチェックに戻る。つい数週間前はもう見てるこっちが舌打ちしたいくらい酷かったのに。二人とも成長したなあ。
「あ、でも今ちょっと乗ってるからまだいーや」
ほんと、二人とも成長したなあ。
「乗ってるってお前、小牧二正が」
「じゃあ小牧教官に先行ってもらってよ」
「は?小牧教官がわざわざ譲って下さったんだぞ?」
「うん、だから、代わりに小牧教官に先に行ってもらってってば」
成長したなあ……。
「んなの自分で言えよ。俺を使うな。それにせっかくお前なんかに気を遣って言って下さったのにそれはないだろ」
「は?何よ今の。ちょっと聞き捨てならないんだけど」
「だから、俺は上官の親切くらい受け取れって言ってるんだ」
成長、………。
「はぁ!?ちゃんと受け取ってるじゃない!でももう少しやりたいから、小牧教官に先に行ってもらっていいって言ってんのよ!相っ変わらず頭固いのねッ!」
「はぁッ!?」
…………したんじゃないのかよ。
ぎゃんぎゃん言い始めた二人に小牧は思わず片手で顔を覆った。どうしてそうなる。この話題に揉める要素なんてあったか?
くだらない事この上ない。小牧は世話役の不在を恨み、溜め息をついて立ち上がった。
「笠原さん、」
「小牧教官!お疲れ様です!お昼お先にどうぞ!私、堂上教官来たら行きますので!」
「いや、堂上いつ帰ってくるか分からないし。また忙しくなる前にほんと行ってきな?俺のことはいいからさ」
「でも、」
「それとも、まだ二人に任せるのは無理だって言わなきゃ分かんない?」
自分の声に若干の苛立ちが滲んだことに気づきつつ、誤魔化すように首を傾げる。本を離さないとばかりに抱える郁だったが、小牧の諭す口調にしゅんとしてしまった。その顔にははっきりと"だって堂上教官が"という文字が書いてある。……堂上がいないとこんなに素直なのにね。
考えてることがここまで丸見えだと、もはや微笑ましいレベルだろう。小牧の顔にもついつい笑みが浮かんだ。
「堂上に任されて嬉しいのはわかるんだけどね?頼むよ」
小牧が茶化しにかかると、一瞬きょとんとした後、わかりやすくぼふんっと郁の顔が赤くなった。
「な、何言ってるんですか小牧教官!?」
「ん?違うの?」
「いや、違わな……そういう問題じゃなくて!」
一人でどんどん焦っていく彼女に、小牧は耐えきれず吹き出した。これは柴崎が郁を弄りたがるのも頷ける。
小牧に嵌められたと気づくと、郁はわなわなと震え詰め寄る。
「そんなんじゃないですから!」
「ほら、そんな可愛い反応じゃ、またからかいたくなるから」
「~~~っはぁ!?」
小牧相手にはぁ!?と噛み付いたせいで、隣の手塚にぎょっとしたように振り返られた郁。
笑い続ける小牧と、なかなか収まらない顔の熱に、郁は耐えきれず持っていた本を手塚に押し付けた。
「わかりましたよ!行ってきますよ!」
「うん、ついでに堂上連れ戻して来てね」
「~~わかりましたッ!!」
もうどうとでも言ってろと郁はバタンッとドアを叩きつけた。
昼時とあってカウンター内もいつもより少し眺めがいい。目当ての華奢な背中もすぐに見つかった。
「柴崎ー、お昼行けるー?」
「ええ、もう少ししたら行くわ。って今度は何やらかした」
「何ですぐそうなる!」
郁のどこか赤い不機嫌面を見た柴崎はチシャ猫のような笑みを浮かべる。
「じゃあ何、誑かされたか」
「だから!…ねぇ、そんなことよりさ、堂上教官見てない?小牧教官が連れ戻せって」
「ふーん、ならすぐそこの壁のとこにいない?」
相変わらず面白がる柴崎を睨み、カウンターからひょいっと身を乗り出してみる。
「──あ、いた 」
「ちょっと」
みっともない格好しないでくれる?と柴崎に横目で窘められ、渋々上体を起こす。だがその時、堂上が奥にいる誰かの頭を撫でた。腕の陰に見えたのは、
「ねぇ、」
「今度は何?」
「堂上教官と話してる子、誰?」
郁も何度か見たことのある、制服に身を包んだ少女だった。その子は手を腰に当てて堂上に何か言っているようだった。背を向けている堂上も表情こそ見えないが、親しげな雰囲気が伝わってくる。
「……」
「柴崎?」
なかなか返事をしない柴崎を振り返ると、何故か驚いたように郁を見ていた。
「それ本気で言ってる?」
「何が?」
「……あんたがそこまで情報に疎いとは思わなかったわ」
「だから何が!?それにさり気なく失礼だな!?」
思わず声が大きくなってしまい、知らない業務部の人たちの目線に若干の居心地の悪さを感じた。
対して元凶はというと「うるさいわね」と迷惑そうな目を向けてきたばかりか、そのまま背を向けた。
郁はむくれながらカウンターから出る。壁際からそーっと堂上達を窺うと、こちらに背を向けていたはずの堂上とぱちりと目が合った。
あっと思った瞬間、堂上の眉間に郁からも確認できる程の峡谷が刻まれる。
「笠原!ここでくらい静かにせんか!」
「すっ、すみません!」
郁はほぼ条件反射で片手を構えて叫ぶが、その声も響いてしまい堂上にまた睨まれる。これはつい普段の癖が出た自分を呪うしかない。
ただ、堂上教官こそ五月蝿いですと言いそうになったのをぐっと堪えた点では自分を褒めておこう。
「え?かさはらさん!?」
微かに郁にも聞こえた声に堂上が後ろを向く。するとその陰から先程の黒髪がひょこりと覗いた。声を上げたのはその子のようだった。
そして郁と目が合うと、ぱあっという効果音が似合う程に表情を明るくし、郁に向かって駆けてきた。目を輝かせる女の子に郁は何事かと目を瞬く。
「あっ、あの!"かさはら いく"さんですか……!」
「え、はい…?」
なんで名前を、とか、誰なのか、とか、聞きたいことはたくさんあるのに、郁の口から出たのは勢いに押された情けないくらいに困った色の応えだった。
いつの間に隣に来ていたのか、視界の端に腕を組んだ柴崎が映る。郁は助けを求めようとするが、益々目を輝かせた女の子に手を取られ叶わなかった。
「お会いしたかったです!」
「……は?」
「おい、可南!」
追いかけて来ていた堂上が少し慌てたように女の子の肩に手を置いた。それに振り向かされた女の子はどこか楽しそうだ。
これはどういう状況なのだろう。何か返さなくては、と郁は全く働かない頭を力ずくで動かした。
「……堂上教官ロリコン?」
「アホか貴様ッ!」
「痛ッ!」
混乱したまま導き出した答えは即座に堂上の拳で沈められた。どうやら郁は自分の思っていた以上に動揺していたらしい。言った瞬間にあ、と気づいたが遅かった。回避できなかった尋常でない痛みに郁は床に崩れ落ちた。
じわりと滲む視界に捉えたのは、笑いを堪えきれずに肩を震わせている女の子と、それに怒鳴っている堂上、もはや何かが振り切れたように爆笑している柴崎だ。
何なんだ一体…!
キッと見上げる郁と目が合った堂上はふんと顔を反らした後、未だ震えている女の子を軽く睨んだ。
「可南、まず謝れ。それに初対面の人にはまず名乗るもんだろう」
可南と呼ばれたその子はごめんなさいと笑った後、大丈夫ですか?と未だしゃがんでいた郁の手を引っ張った。
「突然すみませんでした。初めまして、堂上可南と申します。不束な兄がいつもお世話になってます。」
笑顔でお辞儀した可南に郁は、なんだ礼儀正しい子じゃないととりあえず安心する。
「大丈夫だよ。こちらこそよろしくね」
郁の言葉に可南はほっとしたようにへらりと笑った。
(あ、可愛い…。)
柴崎と出かけた時に見かけた、化粧に短いスカートの女の子達とはまた違った可愛さだなぁ。
そんなことを考えていた郁は、はたと固まる。いやいやいや、ちょっと待て。"堂上"?"兄"?
「えぇっ!?それじゃあ……!」
「はい、この堂上の妹です」
紛れもなく堂上を指して笑う可南と、人を指差すなと手を掴み咎める堂上。こんなこと有り得るのか。だが言われてみれば目や口元などは似てなくもない気もしてくる。
「やっと気づいたのね」
「やっとって、柴崎あんた何も、」
「改めてよろしくね、可南ちゃん」
「はい!柴崎さん!」
元々知り合いだったらしい柴崎は完璧な美人スマイルで無視を決め込んだ。だがその微笑みにはいつもより優しい色が滲む。
それに可南も頬を染めて笑う。その嬉しそうな顔は、自然と周りの人も笑顔にしてしまいそうだ。
「…こんな可愛い妹さんがいるなら、堂上教官も教えてくれればよかったじゃないですか。自分は人の兄について知ってるくせに」
「必要ないだろう。それにお前のは知りたくて知ったわけじゃない」
「それはそうですけど」
郁とて大して気にしている訳ではない。自分の兄達と同じ立場だった堂上に少し親近感が湧いただけだ。
「あの、柴崎さん達もお昼これからですか?」
「えぇ、そうよ」
「もし、時間があったらですけど、すぐそこに出来たお店に行きませんか?」
「勿論。私は大丈夫よ」
微笑む柴崎に対して郁はちらりと教官を窺う。目線に気づいた堂上は、反対するかと思いきや、郁の予想と違い少し困った顔をした。
「悪い、…付き合ってやってくれないか」
「いいんですか?その、」
可南の手前、郁は目線だけでちらりと時計を指す。混み合う時間まではまだあるが、そろそろ利用者が増え始める頃だ。
「…いい、実は今日行くはずだったのを俺が忘れたんだ。だから、お前らが構わないなら頼む」
堂上は眉を下げ、ばつが悪そうに頭を掻いた。その見たことのない様に、郁は面食らってしまった。
「それは勿論、構いませんけど」
向けられたいつもと違う視線がむず痒い。ぶっきらぼうになってしまった返答に、少し低い所からやった!と声が上がる。
「ありがとう!」
そう無邪気に笑った可南に、隣の堂上の目元が少し緩む。
(…あぁ、)
家ではいいお兄ちゃんなのだろう。そう郁には容易に想像できて、教官のときとの違いに驚きつつも微笑ましく思った。
「じゃあまた来るね!」
「ちゃんと勉強もしろよ」
「じゃあ勉強聞きにくる」
「いいから早く行ってこい」
「うん、行ってきます!」
笠原さん、行きましょう!と嬉しそうに歩き出す可南に、柴崎と郁も笑みを零した。
「…ああやって並んでると笠原さんと姉妹みたいだね」
「小牧…」
ぽん、と堂上の肩に手をかけた小牧は遠ざかる背中に柔和な笑みを浮かべていた。
「悪い、遅くなった」
「ほんとだよ。笠原さんに呼ぶようにって頼んだのに」
「は?それは聞いてないぞ」
「そんなことだろうとは思ったよ」
「大丈夫なのか、今」
「ほとんど当館リクエストはないから手塚に頼んできちゃったけど」
言葉を区切った小牧を見上げると、変わらず可南達の方を見つめていた。
「俺、昼飯抜きかなって本気で思ったんだけど?交代する前に次のラッシュ来そうだったし。誰かさんはお姫様達に甘いし」
相変わらず微笑んでいるのは変わらないのに、彼から発せられる声は段々と低く平坦になっていく。
「ね、王子様?」
お兄ちゃんも王子様も、振り返った魔王の絶対零度の微笑みには勝てるはずもなく。ぐっと喉が鳴った堂上は背中を冷汗が流れるのを感じた。
「すみません!笠原只今戻り……ました」
「ああ、おかえり笠原さん。楽しかった?」
「……はい」
午後復帰した郁が見たのは、百人いたら間違いなく七割以上の人が大丈夫ですか?と尋ねそうなほど疲れきった堂上だった。
*おまけ*
「柴崎、なんか飲む?」
「んー?じゃあココア」
「ほーい」
お湯を入れたカップから立ちのぼる湯気に、ココアの甘い匂いがほんのり部屋に広がる。
「…可南ちゃん可愛いかったね。私もなんか妹欲しくなった」
堂上から許可を貰ってはいたものの、あまり長居は出来ないなと思っていた郁。店のテーブルに座ったとき可南は「すみません、私食べるの早いんですけど…。引かないでくださいね」と笑ったのだ。
確かに柴崎よりは早かったが、その一言が郁や柴崎を気遣ってのものだということはすぐにわかってしまった。
ここに置いとくよ、とカップを置くと鏡越しに柴崎と目が合った。
「いい子よね。…あぁでも、私は妹はあんただけで十分よ」
「何それ」
「いや、やっぱりあんたが妹とかないわ」
柴崎はパックをしたまま器用にココアに手をつける。はいはい、と郁も自分のカップに口を付けたが、ふと気づいたようにまた離した。
「可南ちゃんって高校…」
「三年生よ」
「だとやっぱり堂上教官とだいぶ離れてるよね。私ですら五つ違う」
「そうよ?だから堂上教官もすごく可愛いがってるんですって」
見たでしょあの顔、とチャンネルを変えながらにやつく柴崎に適当に相づちを打っておく。
昼間も思ったが、知っていたなら教えてくれてもよかっただろうに。しかしこの同僚の情報網は本当に恐ろしい。
チャンネルを弄るだけ弄って鏡に戻って行った柴崎だったが、やっと手入れが済んだのか再びテーブルにつくと、今度は郁を覗き込んでにやにやしだした。
「な、何?」
「安心した?」
郁は頬杖をついた柴崎の笑みの意味が分からず、訝しげに眉を顰める。
「ただの妹さんで」
柴崎の言葉の意味を理解すると郁の顔が一気に渋くなる。柴崎はそれを見てまた笑った。
「………別に」
見つけた時少しもやっとしたのは気のせいだ。
たとえ教官の趣味がロリコンだったとしても郁には全く関係ないことなのだから。
郁の考えていることを読んでいるのか。カップを片手に尚もにやにや笑う柴崎に、郁はいたたまれずカップを酒かなにかのように仰ぎ、立ち上がった。
「まぁこれで外堀は埋まってきたわよね。元々問題なのは内堀がすっからかんで、本人達も埋める気が全くないことだけど」
「そんなんじゃないってば!」
郁はそう叫ぶなり、昼間のようにドアを叩きつけた。
Fin.