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神に拾われる話③

2026/01/02 20:19
神に拾われる話
了が家を出てから、三日が過ぎ、五日が過ぎ、それでも帰ってこなかった。

最初は、よくあることだと思っていた。
大学生なのだから、調査に熱中して連絡を忘れることもある。山間部なら電波も悪いだろう――そう自分たちに言い聞かせていた。

だが、一週間が過ぎた朝、母はついに台所で手を止めた。

「……おかしいわ」

炊きかけの米の音だけが、妙に大きく響いた。

父は黙ったまま、居間に置かれた携帯電話を見つめていた。了からの未読メッセージは増える一方で、既読になることはない。

その日の午後、蓮見家は警察に届けを出した。


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了の実家は、山裾に建つ小さな神社だった。
華美な社殿ではないが、代々この土地を守ってきた一族であり、父は宮司として日々境内を清めていた。

「行き先は、分かりますか」

警察官の問いに、母は首を振り、代わりに高校生の妹が携帯を差し出した。

「……兄と、ラインしてて」

画面には、数日前のやりとりが残っていた。

> ちょっと山奥の村に行ってくる
地図にはあんまり載ってないけど、文献に出てきた
夏休みのうちに調べておきたいんだ



「村の名前は?」

「……それが」

妹は唇を噛んだ。
確かに、村の名前は書いてあった。兄は、確かにそれを打ち込んでいた。
――なのに。

「思い出せないんです」

警察官は怪訝そうな顔をした。
だが、妹自身が一番混乱していた。文字として読んだはずなのに、頭の中でそれだけが抜け落ちている。

中学生の弟が、ぽつりと呟いた。

「……変だよ。兄ちゃん、本も持ってた」

それは、例の古びた宗教書だった。
家で何度もページを繰っていたし、出発前夜もリュックに入れていたのを、確かに見ている。

だが、警察が確認しても、家中を探しても――
その本は、どこにもなかった。

まるで、最初から存在しなかったかのように。


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捜索は難航した。

了が向かったはずの地域には、該当する村は存在しなかった。過去の地図を遡っても、廃村記録を調べても、名前は出てこない。

「……神隠し、ですかね」

若い警察官が、半ば冗談のように口にした言葉に、父の表情が強張った。

「……」

父は否定しなかった。

夜、神社の拝殿で一人、灯明を灯し、祝詞をあげる父の背中は、いつもより小さく見えた。
清めの鈴を振る手が、わずかに震えている。

母は、了の部屋を片付けられずにいた。
机の上には、書きかけのレポートと、読みかけの論文。脱ぎっぱなしの上着。

――帰ってくるはずだった日常。

それだけが、ぽっかりと欠けている。

妹は夜になると、ラインのトーク画面を開く癖がついた。
既読にならない最後のメッセージを、何度も何度も見返す。

弟は、夢を見るようになった。
暗い扉と、白い布に包まれた兄の背中。呼んでも、振り返らない姿。


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時間だけが過ぎていく。

捜索はやがて打ち切られ、了の名前は「行方不明者」として記録に残った。
だが、蓮見家の中では、彼は今も“どこかにいる”。

神社の裏山で、風が不意に止むことがある。
そのとき、父は必ず顔を上げる。

「……了」

答える声は、ない。

まるで、息子はこの世とあの世の狭間に連れ去られ、
澱の底に沈められたまま、戻る道を失ったかのように。

誰にも見えない場所で、確かに存在している――
そんな気配だけを残して、蓮見了は家族の前から姿を消してしまった。

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