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神に拾われる話②

2026/01/02 20:18
神に拾われる話
白い布が、冷たく肌に触れた。

最初は水音だった。耳の奥でちゃぷり、ちゃぷりと反響する。誰かに抱えられ、桶の中で身体を洗われているのだと、遅れて理解した。
意識はある。だが、指一本動かせない。喉も、重く塞がれているようだった。

「……っ」

声にならない息が漏れる。
それを合図にしたかのように、村人たちは黙々と作業を続けた。

汗と土にまみれていた身体が拭われ、髪が梳かされる。爪の間まで念入りに洗われ、清水が何度もかけられた。
それは乱暴さの欠片もない、丁寧すぎるほどの扱いだった。

次に、白い着物が着せられた。
死装束にも似た、無地の、薄い布。

袖に腕を通され、帯を締められるたびに、了の胸は不規則に跳ねた。
逃げなければ、と思う。だが、身体はただの重りのようにそこにあるだけだった。

「……化粧を」

誰かの声がして、頬に柔らかな感触が走る。
粉がはたかれ、唇に色がのせられる。冷たい指が瞼をなぞり、顔を整えていく。

――やめてくれ。

心の中で叫ぶ。
だが、それは声にならない。

やがて、縄がかけられた。
手首、足首、そして胴。きつく、しかし無駄のない結び方だった。ほどける余地はない。

「……ん……」

喉がかすかに鳴る。
その音すら、誰も気に留めなかった。


---

ずる、ずる、と。

畳の上を引きずられる感覚で、了はようやく自分が移動させられていることを知った。視界は揺れ、天井の梁と、松明の火が交互に映る。

儀式の間だった。

低い天井。四方の壁に刻まれた、意味の分からない文様。
そして、正面に鎮座する――観音開きの扉。

黒ずみ、膨らみ、まるで呼吸しているかのように見える扉。

村人たちは円を描くように並び、低く、抑揚のない声で祝詞を唱え始めた。

「澱を鎮めよ」
「贄を捧げよ」

音が、頭の奥に染み込んでくる。
意識が遠のきそうになるのを、了は必死で繋ぎ止めた。

「……い、や……」

声が、出た。
驚くほど小さく、か細い声だった。

「やめ……て……」

唇が震える。舌が重い。大きな声を出そうとすると、喉が痙攣するだけだった。
薬のせいだと、はっきり分かる。

そのとき。

――ぎ、と。

観音開きの扉が、内側から開いた。

隙間から、腕が一本、ゆっくりと這い出てきた。
人のもののようでいて、関節の数も、動きも、どこかおかしい。

次に、二本。
三本。
無数の腕が、床を掻きながら、扉の外へと溢れ出してくる。

「……っ!」

了の呼吸が浅くなる。

腕は彼の足首に絡みつき、次いで胴に、肩に、首元にまで伸びてきた。冷たく、湿っていて、力は異様に強い。

「い……やだ……」

声は、もはや囁きにもならない。

「や……め……」

村人たちは、誰一人として動かなかった。
ただ、祈るように頭を垂れている。

腕は、了の身体を持ち上げた。
縄で縛られたまま、抵抗もできず、観音開きの扉の向こうへと引きずり込まれていく。

暗闇。
腐った匂い。
何かが、こちらを待っている気配。

扉が閉まる直前、了の視界に映ったのは、安堵したような村人たちの表情だった。

そして――
重い音を立てて、世界は閉ざされた。

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