AI
異星人に飼育される兄妹⑤
2025/12/01 17:23異星人に飼育される兄妹
ザー・キリシウムによる残酷な愛情の実験は、その後も何度も繰り返された。
「セブニ、そちらの栄養食を全て摂取せよ。テュオには与えるな」
「セブニ、テュオが泣き止まない。幼体の頬を打て。秩序を乱す者を黙らせる行動を体得せよ」
リクはその度、命令に背いた。自らの生存を脅かし、激しい苦痛の奔流に身を置きながらも、彼はミナを優先した。痛みは耐えるうちに、慣れ、あるいは麻痺していった。頭蓋を焼くような激痛の中でも、ミナの小さな手を握り返す力だけは、決して緩めなかった。
そして、その反復的な苦痛の体験が、リクの中に固い決意を植え付けた。
逃げなければならない。
この白い檻の中で「愛」を証明し続けることは、ミナをさらなる実験の危険に晒すことと同義だ。ミナの心が制御される十二歳になる前に、この束縛の世界から脱出する、その機会を虎視眈々と待った。
絶好の機会は、飼育スペースの定期清掃の際に訪れた。
部屋の環境管理を担当する別の異星人が、巨大な扉を開けて入ってきたのだ。体格はザー・キリシウムほどではないが、それでもリクの二倍はある。しかし、リクにとって、それはただ一つの突破口だった。
【清掃作業の妨害を禁ずる。所定の位置に留まれ】
異星人のテレパシーがリクに命令するが、リクは無視した。その瞬間、脳に激痛が走る。だが、今回はそれに構っている暇はない。
「ミナ!」
リクはミナを寝台の影に押しやり、全身の筋肉を震わせながら、清掃担当の異星人に向かって跳びかかった。
異星人は予期せぬ反抗に一瞬ひるんだ。リクは、命令に背くことによる痛みを最大限に受け入れ、その爆発的なエネルギーを全て行動に変換した。彼は異星人の関節を狙い、体をよじ登るようにして、その巨体をねじ伏せた。それは、制御装置が許容する限界を超えた、命を削るような反抗だった。
異星人が床に倒れ込み、持っていた清掃機器を弾き飛ばした隙に、リクはミナの手を引いた。
「行くぞ、ミナ!」
脱出は成功した。白い飼育部屋のドアは開かれたままだ。
施設内部の廊下は、リクの知る建物とはかけ離れた、無機質な金属の迷路だった。五歳のミナを抱え、彼は全力で走った。
しかし、その自由は短命に終わった。施設内に警報が鳴り響き、複数の異星人が迷路のような廊下から姿を現し、リクたちの退路を塞いだ。
追い詰められたリクは、ミナを背中に隠した。異星人たちが彼に迫り、拘束具を準備する。
「来るな……!」
言葉での抵抗は無意味だと悟り、リクは本能的な行動に出た。彼は拘束しようと伸ばされた、最も近くにいた異星人の腕に、渾身の力で噛み付いた。
ギュッ、ギュウウウウッ……!!
噛みつきという、動物的な、究極の反抗。それが制御装置の閾値を完全に超えた。
その瞬間、リクの脳から、これまでの激痛とは比較にならない、強制的な信号が全身の運動神経へと送られた。
【緊急従属措置:運動野の強制停止】
激痛は消失した。しかし、代わりにリクの体から、完全に力が失われた。腕も、足も、首の筋肉も、まるで電源を抜かれたかのように、完全に動かなくなったのだ。
彼は、体が機能しているのに、意思で動かせないという、最悪の状況に陥った。地面に崩れ落ち、ただ目を大きく開いて、目の前の光景を見つめることしかできない。
「リク兄ちゃん!?」
ミナの悲鳴が響く中、動かなくなったリクは、異星人たちによって冷たく拘束され、再び施設内部へと連行されていった。彼の頭上には、無感情なザー・キリシウムのテレパシーが、静かに響いていた。
【被験体セブニ。反抗行動を確認。罰則措置の開始】