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異星人に飼育される兄妹④
2025/12/01 17:21異星人に飼育される兄妹
二人が飼育されていたこの空間を管理している巨体の異星人には、「ザー・キリシウム」という名があった。彼は種族の中でも高い地位を持つ研究者であり、リクとミナは、彼にとって単なる研究のための被験体だった。
ザー・キリシウムが二人を呼ぶのは、個体識別用の冷たい番号のみである。リクは「セブニ」、ミナは「テュオ」と、異星の言語で割り当てられていた。
ザー・キリシウムの種族は、極めて論理的で感情が乏しい。彼らは、地球人が持つ**「愛情」**という概念を、合理的な生存原則に反し、非合理的な行為を誘発する危険な要因として捉えていた。この「愛」を解明するため、兄妹であるリクとミナは飼育されていたのだ。
ある日の夕食の時間、その実験は行われた。
いつもの時間になっても、ザー・キリシウムが送り込んだ食事は、一人分、一食分のビスケット状の栄養食だけだった。ミナは五歳ながらも状況を察し、戸惑った表情を浮かべる。
その瞬間、リクの頭にテレパシーが直接響いた。冷たく、命令的な響きだった。
【被験体セブニ。直ちに供された全ての栄養食を摂取せよ。幼体テュオへの分配は禁ずる】
リクの体は、命令に従おうと反射的に動く。空腹を満たし、痛みを避けるという、制御された本能的な行動だ。彼は皿へと手を伸ばす。しかし、五歳のミナが、不安げに自分を見上げるのを見た瞬間、手が止まった。
ミナはまだ五歳だ。俺が全部食べてしまったら、ミナは今日の食事が無くなる。
「ダメだ……」
理性が、そして制御されてなお残る兄の愛情が、生存本能に真っ向から反旗を翻した。
【反抗を確認。直ちに命令を遂行せよ!】
テレパシーの警告と共に、制御された脳が激しい痛みを発する。頭蓋が割れ、脳が焼かれるような、あまりの苦痛にリクは全身から冷や汗を噴き出した。膝をつき、呼吸が乱れる。拒否の意思が強ければ強いほど、痛みのレベルは上がっていく。
それでも、リクは耐えた。
彼は震える手で、ビスケットを半分に割った。それは、命令に背くという、命を懸けた抵抗だった。彼は制御装置が発する痛みの濁流に溺れかけながら、無理やり言葉を絞り出す。
「ミナ……これを……半分、だ……」
リクは痛みに喘ぎながら、割ったビスケットの半分をミナの小さな手に握らせた。ミナは純粋に、兄の異常な様子を恐れ、「兄ちゃん、痛いの? 兄ちゃんも食べて」と、不安そうに首を振った。
リクは、ミナを抱きしめることで痛みを紛らわせ、残りの半分を急いで口に入れた。ミナが自分の分のビスケットを食べ始めたのを確認してから、リクは皿の前に倒れ込んだ。
ザー・キリシウムの巨体が、ガラスの外から静かに彼らを見つめている。彼のテレパシーは沈黙していた。自己の生存を脅かしてまで他者に与えるというこの非合理的な行動こそが、彼らが解明しようとする「愛」の表れなのだ。
リクは、命令に背いた代償として、身体を焼くような激しい頭痛と吐き気に苛まれながらも、ミナの無事な姿に安堵した。
この瞬間、彼は確信した。制御された道具となっても、ミナを守るという彼の意志は、異星人の制御機構をもってしても、完全に奪うことはできないのだと。