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神に拾われる話⑭

2026/01/02 20:27
神に拾われる話
ヨモツハネにとっても、了の存在は救いだった。

穢れを神域に持ち込むことは、本来、神にとって忌むべき行いだ。
ましてや、澱神に触れ、その穢れを身体と魂の奥深くに刻み込まれた者など、本来ならば近づけることすら許されない。

それでも――。

いずれ信仰を失い、静かに消えゆく定めの自分が、
最後にたった一人でも、彷徨う魂を救えるのなら。

ヨモツハネは、そう自分に言い聞かせて、了を受け入れた。

だが、それだけではなかった。

この神域で、彼は数百年ものあいだ、ただ一人で過ごしてきた。
季節は巡り、社殿は朽ちかけ、氏子の数も減り、祈りの声は細くなっていく。

それでも、彼はそこに在り続けた。
誰かが来ることもなく、声をかけられることもなく。

孤独は、痛みとしてではなく、静かな空白として積もっていた。

了が来てから、その空白に、少しずつ色が差した。

朝、山へ向かう足音。
清めを終えて戻ってくる、少し誇らしげな表情。
拙いながらも丁寧に行う世話。
夜、灯の下で交わす、他愛のない言葉。

それらが、確かにヨモツハネの中の孤独を、癒していた。

――気づけば。

了は、彼にとっても、かけがえのない存在になっていた。

だが、それには、もう一つ理由があった。


---

夜更け。

社殿は静まり返り、虫の声だけがかすかに響いている。
布団に横たわる了は、穏やかな寝息を立てていた。

その寝顔を、ヨモツハネは静かに見下ろしていた。

「了……」

眠る彼に届くことのない声で、ヨモツハネは呟く。

「君のご両親は、君を心配しているよ……」

銀の瞳が、わずかに揺れる。

「毎日、君の無事を……私に祈るんだ……」

それは、夢でも幻でもない。

――ヨモツハネは、蓮見神社の祀る主神だった。

了の父と母が、社の前で手を合わせるたび、
必死に息子の無事を願う声は、確かに彼のもとへ届いていた。

その祈りは、弱く、震え、切実だった。

神として、それを知らぬふりはできなかった。

「……返してあげられたら、よかった」

小さく、悔やむように呟く。

だが、神の力をもってしても、それは叶わない。

了は、あまりにも穢れを溜め込みすぎた。
そして何より――すでに神の眷属として作り変えられてしまっている。

澱神の刻印は、魂の奥深くにまで及んでいる。
その影響で、了は人間の住む世界から、わずかに、しかし決定的にずれてしまった。

今の彼は、人でもなく、完全な神でもない。
神の世界に足を踏み入れた、境界の住人。

「……君は、もう……」

人の世へ、戻れない。

その事実を、ヨモツハネは誰よりも理解していた。

眠る了の額に、そっと手をかざす。
触れれば、彼の穢れが伝わる。
それでも構わず、静かに、慈しむように。

「せめて、ここでは……」

声は、祈りのようだった。

「……君が、安らかでいられるように」

神としての務めと、
一人の存在としての情。

その狭間で、ヨモツハネは、静かに了の眠りを見守り続けていた。

やがて訪れるであろう、
澱神の執念と、避けられぬ別れの時を、まだ知らぬままに。

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