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神に拾われる話⑬

2026/01/02 20:26
神に拾われる話
了は、その日から同じ日課を繰り返すようになった。

社殿の裏手に連なる山道を、朝霧の残るうちに登る。
人の手がほとんど入っていないその山は、静かで、鳥の声と風の音だけが響いていた。やがて辿り着く清水は、岩の隙間から絶えず湧き出し、冷たく澄んでいる。

衣を脱ぎ、身を沈めるたび、身体が軋むような感覚に襲われた。
穢れは深く、簡単には剥がれ落ちない。水は肌を流れていくのに、内側にこびりついた重さだけが残る。

それでも、毎日続けた。

清水に身を浸し、両手を合わせ、何も思い出せないまま、ただ「祓われたい」と願う。
そうして社殿へ戻ると、ヨモツハネは決まって庭か廊下にいて、了を見つけると穏やかに微笑んだ。

最初の頃、了は去ろうとした。

――ここに留まってはいけない。
――穢れた自分が、神の傍にいるなど、許されるはずがない。

そう思い、荷になるようなものは何もないと知りつつ、社殿を離れようとした朝があった。

その背に、ヨモツハネは引き止めるでもなく、ただこう言った。

「もしよければ……孤独な私の、話し相手になってくれると嬉しい」

責めるでも、哀願するでもない。
ただ、少しだけ寂しそうに笑って。

その言葉に、了の足は止まった。

行く当てもない。
帰る場所も、思い出せない。

――ならば。

「……しばらく、お世話になります」

そう告げた声は、ひどく小さかったが、ヨモツハネは満足そうに頷いた。

それからだった。

了は次第に、彼を「ヨモツハネ様」ではなく、自然と「主様」と呼ぶようになった。
言葉にした瞬間、胸の奥が不思議と落ち着いた。

清めを終えたあとの時間は、すべて主様と共に過ごした。

衣の用意をし、布団を敷き、食事の支度を手伝う。
長い銀髪を梳かすと、櫛が通るたびにさらさらと音を立てて流れ落ちる。その光景を見るのが、了は好きだった。

「ありがとう、了。助かるよ」

そう言われるたび、胸がじんわりと温かくなる。

穢れの影響で変色した肌は、すぐには元に戻らなかった。
清水に浸かっても、薄れては、また戻る。
鏡を見るたび、現実を突きつけられる。

それでも。

朝に山を登り、
昼に主様の傍で働き、
夕暮れに社殿を掃き清め、
夜、静かな灯りの下で言葉を交わす。

その繰り返しの中で、了は少しずつ気づき始めていた。

――ここにいると、息ができる。
――生きていていいと、思える。

穢れはまだ、確かに身体に残っている。
だが、それでも。

この静かな神域で過ごす日々は、
了の心に、確かな安らぎと、ささやかな喜びを芽生えさせていた。

忘れてしまった過去の代わりに、
新しい時間が、ゆっくりと、彼を満たしていった。

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