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神に拾われる話⑫

2026/01/02 20:26
神に拾われる話
ゆっくりと、意識が浮上した。

柔らかな感触に包まれていることに気づき、了はそっと目を開ける。
視界いっぱいに広がったのは、清潔で、上質な布団だった。ほのかに香る木と白檀の匂いが、胸の奥まで染み渡る。

「……?」

身を起こそうとして、はっとする。

あれほど穢れにまみれ、濡れ、重くまとわりついていたはずの着物はなく、代わりに美しい白の単衣が身体にかけられていた。袖を通す布は驚くほど軽く、肌に優しい。

――着替えさせてもらったのだ。

状況を理解すると同時に、胸がきゅっと縮こまる。
こんな清らかなものを、自分が身につけていいのだろうか。

部屋を見渡す。
畳敷きの和室。だが、どこか見覚えがあるようで、思い出せない。懐かしさだけが、輪郭のない感情として胸に残る。

障子を開け、廊下へ出る。

そこは、一般的な日本家屋とは違っていた。
柱の配置、天井の高さ、廊下の伸び方――どれもが、神を祀るための建物のそれだった。

社殿。

そう呼ぶのが、最もしっくりくる。

清らかな空気が満ち、呼吸するだけで身体の内側が洗われていくような感覚がある。
それと同時に、了は強い居心地の悪さを覚えた。

――自分は、穢れの塊だ。

ここにいるだけで、この場所を汚してしまうのではないか。
息を吸うことすら、罪深い行為に思えてしまう。

それでも、あの銀色の人の姿を求めて、了はそっと歩き出した。


---

庭へ出ると、陽光が降り注いでいた。

美しく手入れされた庭木が並び、季節の花が静かに咲いている。
その一角で、銀色の髪を揺らしながら、庭木の剪定をしている人物がいた。

――いた。

胸が、少しだけ軽くなる。

だが、近づくにつれ、また別の感情が湧き上がる。
触れてはいけない。
近づきすぎてはいけない。

その人は、了の気配を感じ取ったのだろう。
手を止め、こちらを振り返った。

「起きたか」

穏やかな声だった。

剪定ばさみを置き、ゆっくりと了のもとへ歩いてくる。
その一歩一歩が、あまりにも自然で、清らかで、了は思わず後ずさりそうになる。

――だめだ。
――触れたら、いけない。

そんな了の心情を察したかのように、銀色の人は足を止め、柔らかく微笑んだ。

「そういえば、まだ名乗っていなかったね」

少しだけ照れたように、彼は言った。

「私はヨモツハネ。八百万の神の内の一柱だ」

その名を聞いた瞬間、胸の奥が微かに震えた。
理由は分からない。ただ、その響きが、身体の深いところに染み込んでくる。

「とは言っても」

ヨモツハネは、どこか自嘲するように肩をすくめる。

「いずれ信仰を失い、消えていく日を待つような、力のない神だけれどね」

了は、思わず首を振った。

――そんなはずがない。

これほど神聖で、清らかで、
穢れに塗れた自分を救い、抱き、守ってくれた存在が。

「……そんな……」

言葉にならない想いが、喉に詰まる。

ヨモツハネは、了の表情を見て、ふっと微笑んだ。
それは、どこか人間くさく、温かな笑みだった。

「私を祀ってくれている氏子のおかげだよ」

庭木を見渡しながら、静かに言う。

「小さくても、細々とでも、信じてくれる人がいる。
 それだけで、神は在り続けられるんだ」

その言葉は、了の胸に、深く落ちていった。

――信じてくれる人。

なぜか、その言葉に、胸が痛む。
思い出せない何かが、確かにそこにある気がして。

穢れを抱えたまま、
それでも、この神聖な庭に立つことを許された青年は、
静かに、ヨモツハネの姿を見つめていた。

これが――
彼の新たな居場所の、始まりだった。

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