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神に拾われる話⑪

2026/01/02 20:26
神に拾われる話
了が姿を消してから、まもなく一か月が経とうとしていた。

時間は、残酷なほど平等に流れる。
世界は何事もなかったかのように朝を迎え、夜を迎える。
――だが、蓮見家の中だけは、あの日からずっと止まったままだった。

母は、目に見えて憔悴していった。
食事の量は減り、夜もほとんど眠れていない。台所に立っていても、ふと手を止め、窓の外を見つめては、ため息をつく。

「……了……」

名前を呼ぶ声は、祈りのようでもあり、懺悔のようでもあった。

父は、多くを語らなかった。
だが、毎朝、境内を掃き清めたあと、必ず携帯を取り出す。

――ライン。

未だに、既読はつかない。

分かっている。
もう、返事が来ない可能性のほうが高いことなど、とっくに理解している。

それでも、指は無意識に画面を更新してしまう。

仕事が休みの日や、夕方に時間ができると、父は車を走らせた。
古い地図を頼りに、山道を辿り、廃村と呼ばれる場所を訪ね歩く。

人の気配のない集落。
崩れかけた家屋。
草に埋もれた社。

「……ここじゃ、ないか……」

何度そう呟いたか分からない。

了の足取りは、どこにもなかった。


---

弟と妹も、それぞれの形で不安を抱え続けていた。

高校生の妹は、学校とバイトを往復する日々の中で、ふとした瞬間に兄のことを思い出す。
帰宅して玄関の扉を開けると、反射的に「ただいま」と声を出し、すぐに後悔する。

返事が、ない。

それでも――

妹は、あることを決めていた。

「……いつか、帰ってくる」

それは、根拠のない確信だった。
だが、信じなければ、心が壊れてしまいそうだった。

バイトで貯めていたお金を使い、了が前から欲しがっていたゲームソフトや、続きが出るたびに買っていた漫画の新刊を、少しずつ買い集める。

「……ちゃんと、取っとかないと」

それらは、実家の了の部屋に、きれいに並べられた。

埃を払われた机。
そのままの本棚。
脱ぎっぱなしだった上着も、今は畳まれている。

――帰ってきたとき、困らないように。

妹は、誰にも言わず、そう準備を続けていた。


---

中学生の弟は、夜になると眠れなくなった。

電気を消すと、闇の中で考えてしまう。
兄は、今どこにいるのか。
寒くないだろうか。
怖い思いをしていないだろうか。

「……兄ちゃん……」

布団の中で、小さく呟く。

弟は、神社の裏山に行くようになった。
特に理由はない。ただ、そこに行けば、何か分かる気がした。

風が止まる瞬間、木々がざわめく音の中で、
――呼ばれているような気がすることがある。

だが、振り返っても、誰もいない。


---

家族は、皆、それぞれに祈っていた。

神に。
仏に。
そして、名も知らぬ何かに。

――どうか、生きていてほしい。
――どこにいてもいい。
――帰ってきてほしい。

その想いが、決して届かない距離にあるとは、誰も信じたくなかった。

了の部屋には、今日も変わらず、夕日が差し込む。
買い足されたゲームと漫画が、静かに並んでいる。

まるで、
「ここは、まだ君の居場所だ」
と告げるかのように。

そしてその頃――
銀色の神域のどこかで、
蓮見了は、まだ眠りの中にいた。

家族が、必死に祈り続けていることを、
今はまだ、知らないまま。

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