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神に拾われる話⑥

2026/01/02 20:21
神に拾われる話
帰りたい。
ただ、その一心だけが、了を動かしていた。

穢れを浴び、眷属として吊るされていた身体に、ふいに“意思”が灯る。
それは澱神の理に反するものだった。

――抗うな。
――従え。

澱神から流れ込む圧が、頭の奥を締めつける。
逆らうことへの嫌悪感。自分が自分でなくなるような、底知れぬ不快感。

吐き気に似た感覚が、魂を揺さぶった。

「……それでも……」

声にならない声で、了は叫ぶ。

触手が、彼の身体を絡め取ろうとする。
拒絶は、痛みとなって返ってくる。

それでも。

――母さん。
――父さん。
――ごめん。帰りたい。

その想いが、すべてを上回った。

がむしゃらに腕を振り、絡みつく触手を振り払う。
肉が裂けるような感覚が走っても、止まらなかった。
恐怖も、苦痛も、今は二の次だった。

ただ、進む。

道などなかった。
床も壁も、境界は曖昧で、どこが前でどこが後ろなのかも分からない。

それでも、了は“こちらではない”方向を、直感で選び続けた。

気づけば、あの腐臭に満ちた世界は遠ざかっていた。
脈打つ壁も、滴る穢れも、次第に薄れていく。

代わりに現れたのは――闇。

何もない。
上も下も、音すらない暗闇。

それでも、了は歩いた。
いや、這っていたのかもしれない。もはや分からなかった。

「……と……さん……」

喉が、かすかに震える。

「……かあ……さん……」

声は闇に吸い込まれ、返事はない。
それでも、呼ばずにはいられなかった。

涙が溢れ、止まらなかった。
黒く染まった頬を伝い、闇の中へ落ちていく。

「……帰りたい……」

それは、理屈でも、願いでもなかった。
ただの、子供のような叫びだった。

迷子になり、怖くて、誰かを求めて泣く――
そんな、あまりにも人間的な行為。

澱神の眷属でありながら、
了はその瞬間、完全に“人”だった。

闇の中を、ひたすら進み続ける。
どこへ向かっているのかも分からず、
それでも足を止めなかった。

家族のいる場所へ。
光のある場所へ。

その想いだけが、
彼を――まだ、この世に繋ぎ止めていた。

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