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神に拾われる話④
2026/01/02 20:20神に拾われる話
扉の内側へ引き込まれた瞬間、世界は砕けた。
――いや、砕けたのは、了自身だった。
四肢の境目が失われ、内と外の区別が溶ける。骨が軋む感覚も、肉が裂ける痛みもない。ただ、自分という形が解体されていくという理解だけが、鋭い苦痛となって意識を満たした。
息ができない。
喉を開いても、肺を動かしても、空気という概念そのものが存在しない。
もがく。
だが、もがいている“体”がどこにあるのか分からない。
意識が引き伸ばされ、引き裂かれ、限界まで薄められた、その果てで――
どさり、と。
了は落ちた。
粘つく音とともに、ぬるりとした何かに包まれ、地に投げ出される。呼吸が戻った。腐臭を含んだ、重たい空気が肺に流れ込み、思わず咳き込む。
「……っ、は……っ」
視界が定まるにつれ、そこがどんな場所なのかが分かってくる。
壁は脈打ち、床は湿り、天井からは不定形な滴が垂れている。どこを見ても赤黒く、艶を帯び、生き物の内側にいるとしか思えなかった。
内臓。
あるいは、巨大な生物の胎内。
――ここが、澱神の神域。
そう理解した瞬間、了の中に奇妙な納得が生まれた。
「……ああ」
言葉が、自然と零れる。
「……なった、んだ……」
自分はもう、贄ではない。
すでに、眷属なのだと。
恐怖はあった。だが、それ以上に、抗うという発想が霧散していた。
意識の奥底から、静かな“導き”が流れ込んでくる。
――こちらへ。
足が、勝手に動く。
粘膜のような床を踏みしめ、了は空間の中心へと進んでいった。そこに座していたのは、肉塊としか言いようのない存在だった。
形は定まらず、境界は曖昧で、無数の触手と瘤が折り重なっている。顔も、目も、口もないはずなのに、確かに“見られている”と分かる。
抗えない。
怖い。
その感情すら、すでに遠い。
了は、その傍らにひざまずいた。
次の瞬間、降り注いだ。
黒く、重く、冷たい――穢れ。
液体でも、気体でもないそれが、皮膚を通して、骨を通して、魂へと染み込んでくる。身体が震え、歯が鳴る。それでも、拒絶はできなかった。
理解が、流れ込んでくる。
澱神は、穢れを溜める存在ではない。
穢れを“育てる”存在なのだ。
眷属たちは器。
人の世から集められた澱を受け止め、蓄積し、熟成させ――
やがて、食われる。
視界の端に、いくつもの影が見えた。
かつて人だったもの。
黒く染まり、原型を失い、触手に吊るされ、静かに“保管”されている存在たち。
声はない。
抵抗もない。
ただ、そこに在る。
「……俺も……」
言葉は、途中で意味を失った。
その先は、もう知っている。
理解してしまった。
眷属化したことで、了は“澱神の理”を知った。
そして知ってしまったがゆえに、自分が辿る運命から、もう目を逸らすことはできなかった。
震える身体に、さらに穢れが降り積もる。
肌の奥で、何かが静かに、確実に変わっていく。
――ここは神域ではない。
――巣だ。
人を喰らう、化け物の巣。
その中心で、蓮見了は、
次なる“澱”として、生きることを強いられていた。
――いや、砕けたのは、了自身だった。
四肢の境目が失われ、内と外の区別が溶ける。骨が軋む感覚も、肉が裂ける痛みもない。ただ、自分という形が解体されていくという理解だけが、鋭い苦痛となって意識を満たした。
息ができない。
喉を開いても、肺を動かしても、空気という概念そのものが存在しない。
もがく。
だが、もがいている“体”がどこにあるのか分からない。
意識が引き伸ばされ、引き裂かれ、限界まで薄められた、その果てで――
どさり、と。
了は落ちた。
粘つく音とともに、ぬるりとした何かに包まれ、地に投げ出される。呼吸が戻った。腐臭を含んだ、重たい空気が肺に流れ込み、思わず咳き込む。
「……っ、は……っ」
視界が定まるにつれ、そこがどんな場所なのかが分かってくる。
壁は脈打ち、床は湿り、天井からは不定形な滴が垂れている。どこを見ても赤黒く、艶を帯び、生き物の内側にいるとしか思えなかった。
内臓。
あるいは、巨大な生物の胎内。
――ここが、澱神の神域。
そう理解した瞬間、了の中に奇妙な納得が生まれた。
「……ああ」
言葉が、自然と零れる。
「……なった、んだ……」
自分はもう、贄ではない。
すでに、眷属なのだと。
恐怖はあった。だが、それ以上に、抗うという発想が霧散していた。
意識の奥底から、静かな“導き”が流れ込んでくる。
――こちらへ。
足が、勝手に動く。
粘膜のような床を踏みしめ、了は空間の中心へと進んでいった。そこに座していたのは、肉塊としか言いようのない存在だった。
形は定まらず、境界は曖昧で、無数の触手と瘤が折り重なっている。顔も、目も、口もないはずなのに、確かに“見られている”と分かる。
抗えない。
怖い。
その感情すら、すでに遠い。
了は、その傍らにひざまずいた。
次の瞬間、降り注いだ。
黒く、重く、冷たい――穢れ。
液体でも、気体でもないそれが、皮膚を通して、骨を通して、魂へと染み込んでくる。身体が震え、歯が鳴る。それでも、拒絶はできなかった。
理解が、流れ込んでくる。
澱神は、穢れを溜める存在ではない。
穢れを“育てる”存在なのだ。
眷属たちは器。
人の世から集められた澱を受け止め、蓄積し、熟成させ――
やがて、食われる。
視界の端に、いくつもの影が見えた。
かつて人だったもの。
黒く染まり、原型を失い、触手に吊るされ、静かに“保管”されている存在たち。
声はない。
抵抗もない。
ただ、そこに在る。
「……俺も……」
言葉は、途中で意味を失った。
その先は、もう知っている。
理解してしまった。
眷属化したことで、了は“澱神の理”を知った。
そして知ってしまったがゆえに、自分が辿る運命から、もう目を逸らすことはできなかった。
震える身体に、さらに穢れが降り積もる。
肌の奥で、何かが静かに、確実に変わっていく。
――ここは神域ではない。
――巣だ。
人を喰らう、化け物の巣。
その中心で、蓮見了は、
次なる“澱”として、生きることを強いられていた。